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高齢者施設における食の演出とコミュニケーションを通じた楽しみと喜びの創造

トップランナーたちの仕事の中身#064

北野尚美さん(医療法人厚生会介護老人保健施設若草園 栄養課長、管理栄養士)

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 奈良県安堵(あんど)町にある介護老人保健施設若草園では、栄養科の管理栄養士・栄養士たちが中心になって作り上げる「弁当シリーズ」が毎日を施設内で過ごす利用者に大好評。朝食の際に、職員が配膳しながら「今日のお昼には有名人が来てくれるみたいですよ〜」と呼びかけると、一人の女性が「え、氷川きよし君?」と一言。「それはないやろ」と周りからツッコミが入り、笑い声が広がって、期待がさらに高まります。

 昼食時にやってきたのは、黒い装束を身にまとい、手に笏(しゃく)を持った管理栄養士の北野尚美さんが扮する聖徳太子。利用者の皆さんには「聖徳太子⭐︎法隆寺五重塔弁当」が配られました。
 お弁当の中身は、海老、油揚げ、鰻、玉子、サーモンの5つの押し寿司がまるで五重塔のように縦に並んでいます。五重塔はもちろん法隆寺をイメージ。若草園からも近く、利用者には馴染みの深い建造物です。 
 若草園では2001年に「日本列島縦断・駅弁の旅」というタイトルで、毎月の行事食に弁当シリーズとして取り入れ始めました。利用者の一人が「外出もできないからなぁ...」とつぶやいたその一言を見逃さず、少しでも旅行気分を味わってもらえるようにと企画し、全国各地の駅弁を模倣した食事を提供してきました。
 その年の第12回全国老人保健施設東京大会では、この駅弁シリーズを発表した若草園栄養科の演題が最優秀演題賞として表彰されるほど、当時としては画期的な試みとして注目され、20年以上たった今も継続しています。

栄養科全員で企画する「弁当シリーズ」

 駅弁のテーマは「東海道新幹線こだまで行く東海道中」や、「山陽新幹線のぞみで行く瀬戸内」などと名付け、利用者が過去に旅をした記憶を思い出したり、ネーミングからその地方を思い浮かべたりしてもらえるように工夫し、2006年までに94駅の駅弁を作って提供してきました。
 駅弁シリーズの後は「石垣と城紀行の旅」をテーマに47都道府県の47城、「湯けむりの旅」をテーマに47都道府県の47温泉、「古今東西 歴史と伝統お祭りの旅」をテーマに80の祭りを取り上げました。これらは駅弁と違って見本となる弁当がないため、その土地で生産される特産品や郷土料理を調べたり、その風土をイメージした料理にしたりして、管理栄養士・栄養士のアイデアを詰め込んでいます。
 現在のテーマは「現代日本を築いた偉人」。各偉人ゆかりのある土地の郷土料理や、特産品に見立てたものだけでなく、その偉人自身の印象を献立で表現するなどしてお弁当を作成しています。 
 北野さんが担当した「空海 お遍路弁当」では、頭に菅笠を被り、白衣に和袈裟。手には金剛杖を持って、利用者の前に登場しました。職員に作ってもらった「お遍路さんの顔ハメパネル」で利用者に顔を出してもらって写真を撮ると、一緒にお遍路として巡っているような気分にもなります。献立は四国をイメージしたもので、鯛ごはん、鶏肉の南蛮焼き、いもけんぴ、あおさのかき揚げ、白菜サラダ、夏みかんゼリー、讃岐うどんという内容にまとめました。
 この偉人シリーズは、約4年間で67人もの偉人を取り上げてきました。卑弥呼に始まり、紫式部、源頼朝、徳川家康、吉田松陰、坂本龍馬、宮沢賢治、野口英世-。利用者の中には、その偉人が "推し"の人もいて、それぞれとても盛り上がったそうです。
 2022年7月からは、「絶景」をテーマに新シリーズを展開。第一回目は"洞爺湖"を取り上げ、華やかなお弁当に仕上がりました。kitano_02.jpg

 北野さんが指揮を執る栄養科は管理栄養士8人、栄養士2人で構成されており、全員が有資格者。弁当シリーズは分担して回しています。弁当の献立作りは決まったメニューがある訳ではないので、担当する管理栄養士・栄養士のリサーチマインド、つまりは研究熱心さにかかっていますと北野さんは言います。
 北野さんたちの利用者さんを楽しませたいという熱意は介護職員や事務職員などのほかのスタッフにも伝わり、弁当の日に管理栄養士・栄養士が身につける偉人の衣装や小道具については他の職員たちも率先して作ってくれています。

応援される管理栄養士・栄養士に

 北野さんは、「利用者の皆さんにとって、応援したくなる存在でありたい」と考えています。
「スポーツ選手が努力をしたり、頑張って結果を出す姿を見ると勇気をもらえる、と言う人がよくいますよね。利用者さんから『あなたが頑張って作ったご飯だからおいしい』とか、『あなたたちの楽しそうな姿を見ていると元気をもらえる』とか、お祭りの出し物でダンスをすると『近くで踊って』と言ってもらえることがあります。管理栄養士として日々の給食の提供や栄養ケアをきっちりこなすことはもちろんですが、私たちがそうあり続けられるようにと思います」  

 北野さんは「管理栄養士・栄養士はとても誇りに思える職種だと感じている」と言います。ただし、「何事もやらされている状態では誇りも芽生えません。新しいことや少し難しい課題にも挑戦することの楽しさを経験してから、誇りとやりがいが持てるようになりました」と自身の経験を語ります。
 北野さんは現在30歳代半ばにもかかわらず課長の役職であり、部下に11人もの管理栄養士・栄養士を抱えています。栄養科全員が管理栄養士・栄養士の資格を持っているため、全員が同じ基礎知識を持ったうえで仕事をこなせることが強みで、とりわけ衛生管理でその威力を発揮できていると自負します。
 新入職員が一人前として仕事をこなせるようになるまでは、育成には時間をかけています。上述の弁当シリーズが担当できるのは、新人にはまだ先のこと。まずは、厨房業務の中でも盛り付けと洗い物に専念、利用者個人の好き嫌いなども反映させた食札の見方をしっかりと覚えてもらいます。その後に、献立と発注。これらがこなせるようになったところで、ようやく行事食や弁当シリーズを担当できるようになります。

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 北野さんが後輩の管理栄養士・栄養士に大切なこととして伝えているのは、「足」を使うこと。新人や若手は厨房業務だけでなく、配膳の仕事で利用者の顔と名前をしっかり覚えてくるように伝えます。そして、食事中の利用者だけでなく、フロアの担当の介護スタッフなどともコミュニケーションをとってくること。毎日の食事時間帯だけでなく、「これはどういうこと?」と、疑問点や確認したいことがあれば、園内の電話で済ませずに、顔を見て直接聞いてくること。そのために、後輩たちには「フットワークは軽く」と呼びかけています。
 北野さん自身もポケットにメモとペンは必需品で、フットワーク軽く出向いた先で聞いた話、利用者さんが何気なく言った言葉や食事の感想、小さいことでも書き留めるクセをつけていて、日頃から集めているその小さい情報の積み重ねを献立や栄養管理に役立てています。
 学生時代は病院勤務に憧れていたという北野さんに、高齢者施設で管理栄養士の仕事を続けてこられた理由を尋ねると、「皆さんと長く付き合えるから、辞めどきがなかったんですよね」「利用者さんの栄養ケアをとおしてお一人ずつの経過を見ていると、私がまだまだずーっと担当していたいという思いが募り、それが重なり続けて今に至ります」と笑顔で答えてくれました。
 北野さんをはじめ栄養科一丸となった食の楽しみの提供は続きます。

プロフィール:
2011年同志社女子大学生活科学部食物栄養科学科卒業。同年、医療法人厚生会介護老人保健施設若草園栄養科入職。2013年リーダー、2015年主任、2018年介護支援専門員資格取得、2020年課長に就任。2021年JDA-DATリーダー取得。地域ケア会議にも参加し、施設の管理栄養士・栄養士だけでなく、地域との関わりも積極的に行っている。

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