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研究と教育の両輪で目指す、栄養学発展への貢献

トップランナーたちの仕事の中身#067

桒原晶子さん(大阪公立大学生活科学部栄養学科教授、管理栄養士)

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 2022年の春に、大阪府立大学と大阪市立大学が統合してできた大阪公立大学。それまで大阪府立大学の総合リハビリテーション学類栄養療法学専攻で准教授を務めていた管理栄養士の桒原晶子さんは、新しい大学の生活科学部食栄養学科の教授に就任しました。
 桒原さんは、大学教授として学生たちの講義やゼミを受け持つ教育と、自身の研究を深めていくという、"両輪"を動かす毎日を送っています。

広くわかりやすく伝える、研究者の力

 桒原さんの研究は主にビタミンDとビタミンKについて。いずれも骨の健康と強く関わるもので、特にビタミンDは日本人だけでなく、世界でもその不足や欠乏が多い栄養素です。
 桒原さんはすでにこれまでの研究で、成人の男女に利用できる「日本人のためのビタミンD欠乏リスク判定簡易質問票」を開発しています。この質問票では性別や年齢、運動習慣、ビタミンDを多く含むサケやイワシ、サンマ、カレイなどの魚の摂取の頻度を尋ねることに加えて、判定材料として重要な位置付けにしているのが、季節や日照の機会、そして日焼けの経験、日焼け止めの使用の有無です。
 ビタミンDは食事からの摂取だけではなく、日照により紫外線に当たることで、皮膚でその多くが産生されます。ところが、とりわけ女性は顔や手足に日焼け止めを塗り、日傘をさすなど紫外線対策に熱心な人が多いため、皮膚でのビタミンDの産生もあまり期待できないことが、ビタミンD不足のリスクに拍車をかけているのです。
 若い女性のビタミンDの不足状態が妊娠時の妊娠高血圧症候群や妊娠糖尿病などのリスクになったり、低出生体重児が生まれるリスクになることが明らかになっていることから、桒原さんは若い女性たちが早くにビタミンD不足に気がつき、自分自身だけでなく次世代の健康までを考慮して生活習慣を改められるように、若い女性に特化した簡易的な質問票を新たに作り出し、広く普及させたいと考えています。

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 桒原さんのこの取り組みは、「日本人若年女性における血中ビタミンD欠乏判定の予測モデル開発研究」という名称ですでに進められており、国立研究開発法人日本医療研究開発機構の健康増進・生活習慣病発症予防分野で、重要な研究として採択されています。
 
 「女子大生の血液中のビタミンDの濃度は、施設で暮らす高齢者のビタミンDの濃度と同じ程度であることがすでに明らかになっています。頭の先から足の指先まで日焼け止めを塗るような若い女性の美容意識が、自分と将来の子どもたちの健康を損ねるリスクとなってしまうことを認識して頂くことが必要です」
 桒原さんはこれまでの研究結果を学会誌などに論文として発表するだけでなく、一般の方に向けた講座などでも伝える取り組みをしています。同じように社会課題を解決しようとする熱意ある研究仲間との協力や、一般の人たちに広くわかりやすく伝えていくことも、研究者としての力量です。 
 「私は管理栄養士だからこその強みを活かして、社会実装に繋がる研究をしていきたいですね」と桒原さん。さまざまな現場で働く管理栄養士・栄養士たちと協力しあい、人々の健康に役立つエビデンスを多く作り出していきたいと考えています。

基礎と実践の両輪を意識したカリキュラム作り

 新しい大学の管理栄養士養成課程のカリキュラム作りで、実践分野科目の担当者として桒原さんがこだわったのは、ほとんどの管理栄養士養成校では2〜3年次に学ぶ「応用栄養学」の講義を1年次のうちに設定すること。生化学や解剖生理学といった栄養学の基礎となるものと、応用栄養学のような栄養学の実践につながるものを同時に学ぶことで、管理栄養士の仕事は基礎と実践の両輪で成り立っていることを、栄養学を学び始める段階で理解してもらいたいという桒原さんの考えからでした。

 桒原さん自身、大学生のときに臨地実習で訪れた大学病院の栄養部で、管理栄養士が病院の仕事と並行して大学院で研究している姿を目の当たりにしたことで、応用である臨床の場と基礎の研究を続けることの大切さを実感しました。卒業研究では、特別な環境に挑戦してみたいと考え、医学部の研究室に国内留学をして、医学分野の基礎研究にかかわった経験もあります。
 自身が学生時代から感じてきた基礎から応用までの栄養学のおもしろさや奥深さを、学生たちが1年生のうちから共有できるような講義や実習を組み立てているのです。

想像の上をいく学生を育てる

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 桒原さんが担当する応用栄養学の講義で主軸となっているのが、「日本人の食事摂取基準」についてです。
 日本人の食事摂取基準とは、健康な個人や集団を対象として、国民の健康の保持・増進、生活習慣病の予防のために参照するエネルギーや栄養素の摂取量の基準を示すもので、国内の栄養学の専門家が集まって検討して5年ごとに改定され、厚生労働省が発表しています。
 最新の2020年版では、「〜誰もがより長く元気に活躍できる社会を目指し、高齢者のフレイル予防のほか、若いうちからの生活習慣病予防に対応〜」というサブタイトルが付けられており、この基準が日本人のあらゆる世代の健康にとっても重要な基準であることが示されています。

 桒原さんは、この日本人の食事摂取基準について、学生たちが卒業後に管理栄養士となり、それぞれが考えて各々の現場で使うことができるように、応用栄養学の講義で何度となく繰り返し解説をしています。その中でもとりわけ力を入れて解説するのが、食事摂取基準の各指標(推定平均必要量、推奨量、目安量、耐容上限量)を理解するための概念図です。
「推定平均必要量の不足のリスクの線はなぜ点線なのか? 目標量についてはなぜ書かれていないのか? こういったことを学生たちに繰り返し考えさせながら、指標の概念を理解してもらいます。そして、設定された数値そのものではなく、なぜこの数値に決められたのか、その根拠や厳密さの程度をしっかりと理解したうえで、それぞれの現場で自分の頭で"考えて"使えるようになってほしいのです」
 講義では一方的に教えるだけでなく、レポートを書かせたりして、桒原さんは学生たちの理解度を確認します。授業中の発言や提出されたレポートには、想像を超えるキラリと光る考察が見受けられることが多々あり、その瞬間に立ち会うと、桒原さんはその学生の将来や栄養学の今後の展開にワクワクし、とてもうれしくなるといいます。
 桒原さんにとって学生たちは、今は指導をする立場ですが、将来的には栄養学を共に切り拓いていく同士でもあります。「学生たちのキラリと光るものを見つけて伸ばしていきたい」と話し、彼らの可能性が楽しみでならないのです。
 管理栄養士・栄養士の未来を切り開くために、桒原さんは研究と教育を日々推し進めています。

プロフィール:
2005年京都女子大学家政学部食物栄養学科卒業、2010年京都女子大学大学院家政学研究科生活環境学専攻博士後期課程修了、博士(家政学)。同年より大阪樟蔭女子大学学芸学部講師、2015年より同健康栄養学部准教授。その後、2018年大阪府立大学総合リハビリテーション学類栄養療法学専攻准教授に就任し、2022年より大阪公立大学生活科学部食栄養学科教授。管理栄養士。

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