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公認スポーツ栄養士として世界を舞台にする選手を支えたい

トップランナーたちの仕事の中身#090

林田あやさん(第一生命グループ女子陸上競技部、管理栄養士)

20240501_01.jpg左:林田あやさん 右:松本奈々選手

 中学2年生のとき、シドニーで開催された世界的なスポーツ大会における高橋尚子選手の金メダル獲得をきっかけにスポーツ栄養士の道を目指した林田あやさんは、今年、パリでの同大会の女子マラソンに出場する選手をサポートするチームの一員となりました。キャリアの積み上げ方、トップアスリートへの栄養サポートについて伺いました。

中学2年生でスポーツ栄養への道を決意

 管理栄養士の林田あやさんは、第一生命グループ女子陸上競技部(以下、第一生命女子陸上部)の専任管理栄養士として所属選手 13人の栄養サポートを行っています。第一生命女子陸上部は名門チームとして知られ、2024年パリで開催される世界的なスポーツ大会女子マラソン代表の鈴木優花選手も所属しています。
 「選手は全員寮生活ですので、寮の三食の献立作成(昼食は希望者のみ)をはじめとする日常の栄養管理、選手個人への栄養サポートが主な業務です。いずれもエビデンスに基づいたサポートを心掛けていますが、寮の食事は選手の楽しみにもなっているので疲労回復を促すように栄養バランスを考慮しながら、季節感のある料理や行事食、選手のリクエストメニューを取り入れる等の工夫をしています。こうした対応は、選手と日常をともにする専任管理栄養士の強みだと思います」

 林田さんが「将来、スポーツ栄養士になろう」と決意したのは中学2年生でした。
「2000年にシドニーでの世界的なスポーツ大会の女子マラソンで高橋尚子さんが金メダルをとったのを見て、日本選手が世界の大舞台で勝てることにとても感動しました。その後、報道で高橋選手のサポートチームには、コーチだけでなく管理栄養士が加わっていることを知り、栄養と食事が選手を支える力になることに衝撃を受けました。もともと料理に興味があったこともあり、管理栄養士として世界に挑戦する陸上長距離選手をサポートしたいと決意しました」

 この日から夢をかなえるための準備の日々が始まります。中学・高校は陸上の基本を知るために陸上部に所属し、長距離選手として練習に励みます。
 「中学で長距離の練習を始めたばかりの頃、軽い貧血が出ました。初めてスポーツ栄養の本を購入して食事を振り返ると、鉄の多い食品を食べていなかったことや汗と一緒に鉄が失われることを知りました」

 大学は管理栄養士資格の取得を目指し、管理栄養士養成校へ進学。当時はスポーツ栄養の講義数は限られていましたが、教授に相談して個人で指導を受ける等して知識の吸収に努めました。一方で中学・高校に続いて陸上部に入部。しかし選手ではなく、選手を支える経験をするためにマネジャーを志願しました。
 「当時、陸上部の寮では夕食のみを提供していましたが、大学 1、2年のときに陸上部の監督に頼んで 3週間ほど20人分の朝食の提供をさせてもらいました。大量調理は初めての経験で大変でしたが、朝食を取るようになってからコンディショニングが良くなったと選手たちに喜んでもらえました。私自身、この経験を通して食事環境を整えることがパフォーマンスのアップにつながることを実感することができる経験となりました」

転職のたびに、必要なスキルを身に着ける

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 就職活動ではスポーツ栄養の現場を希望しましたが、新卒での募集がありませんでした。そこで林田さんは「大量調理の経験は、スポーツ栄養関係の現場に就職した際に必ず役に立つ」という理由で保育所への就職を決めます。保育所が休みの土日には、地方の研修会にも足を延ばす等、スポーツ栄養を中心に勉強を続けながら4年間がたつと、知人から大学の柔道部の専任管理栄養士の仕事を紹介されました。柔道は「テレビで試合を見たことがある程度」となじみの薄い競技で不安はありましたが、スポーツ栄養の現場で働きたい強い気持ちで、転職を決めました。

 「勤めてみるとスポーツ栄養の教科書どおりではない、大学生のリアルな食事を知ることができて新鮮な驚きと発見がありました。食事の時間が不規則だったり、カップ麺を頻繁に食べたり、自己流の減量、増量方法を行っていたりと驚くことばかりでした。話をしてみると食環境の事情やこれまでのルーティン等、選手のこれまでの食事に対する考えを知ることができました。もちろん、管理栄養士として訂正が必要な点はあります。しかし、こうした背景を知ったことで、栄養サポートを行う際に、選手の意思を尊重することを忘れてはいけないと思うようになりました。また、選手の意思を尊重することで、選手はより耳を傾けてくれると思います」
 「柔道部の専任栄養士として6年間を過ごすうちに、体重別競技で重要となる体重の増量、減量のコントロール等、競技特性ならではの栄養管理がおもしろくなっていった」という林田さん。チーム一丸となることにも充実感を感じていました。大学時代の知り合いから、第一生命グループ女子陸上競技部の栄養スタッフの仕事を紹介されたのは、ちょうどその頃でした。「柔道部の仕事への未練はありましたが、念願の陸上部の栄養スタッフの仕事に就けることは、やはりうれしかった」と振り返ります。

海外合宿にも帯同

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 第一生命女子陸上部はチーム専用グラウンドやトレーニングルーム、全天候型トラック等、競技に専念できる環境が整っており、練習に専念できることが強さを支えています。加えて、長距離選手の場合、貧血や疲労骨折のリスクが高く、女子選手の競技力アップに栄養サポートが欠かせないことにも以前から注目し、実践しているといいます。
 「チームでは定期的に選手に血液検査を行って貧血傾向がないか等を確認しながら、練習メニューの検討や栄養サポートを行い、体調不良やけがを未然に防ぐようにしています。それでも強度の高い練習メニューをこなす夏合宿後には、貧血傾向が見られる選手が出てきます。その場合は監督、コーチを交えて練習や試合スケジュールを考慮しながらフォローを計画していきます」
 選手との接し方には、前職の大学柔道部での経験が役に立っています。「選手とは、身体の感覚や食事の選び方等を全部聞いた上で、管理栄養士として伝えることを考えます。先に理想的な話をすると『分かりました』とは言ってくれますが、行動に移すとは限らないからです。伝えるタイミングについては監督、コーチと相談します。選手の気持ちやコンディションによっては『対応は少し遅れるが、今は何も言わずに見守ったほうが良い』と判断することもめずらしくありません」

 林田さんの重要な仕事に、海外合宿の帯同があります。国内での合宿は、宿泊先にしている常宿の食事メニューを事前に入手し、栄養の観点から修正希望を伝え、原則として帯同はありません。「海外合宿は一軒家を借りて自炊合宿のため帯同します。乾物等は日本から持参し、宿泊先に着いたら1時間ほどかけてアジアンスーパーでまとめ買いをし、近所のスーパーで買い足しながら 1日 3食を作ります。1〜2カ月の長期間なので体力を使いますがやりがいを感じます」
 高地合宿は標高が高く、乾燥しやすい地域で行うため、スープや汁物のように水分が取れる料理を取り入れる、高地に来てしばらくは体調が乱れやすく、気圧の影響で消化吸収がしにくくなるため、消化しやすいように煮込み料理にする、肉はひき肉を使う、食後の練習で予定した内容ができなかったときは、消化の可能性を考え、選手から話を聞いて食事内容を再検討する等、緻密なサポートが要求されます。

 「世界を目指す選手は、選手自身が栄養と食事について最新情報を調べていることが多く、『この方法を試してみたい』と言われ、相談にのることもあります。より専門的なことを学ぶために2019年に公認スポーツ栄養士の資格を取りました。業務のあいた時間や休日には研修会に参加し、国内外の研究情報をチェックして、情報収集をしています。パリでの世界的スポーツ大会の事前合宿にも帯同しますが、選手の目標達成のためにしっかりサポートしていきたいと思います。

プロフィール:
2009年関東学院大学栄養学部管理栄養学科卒業。卒業後、保育所、大学柔道部に管理栄養士としての勤務を経て、2018年から第一生命グループ女子陸上競技部所属。埼玉県栄養士会所属。

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