【栄養ケア・ステーションの最前線 #02】個人事務所から認定栄養ケア・ステーションへ、12万5,000人の栄養課題の解決に奔走する
2020/02/14
栄養ケア・ステーションの最前線 #02
認定栄養ケア・ステーション「とよみ管理栄養士事務所」
「地域のなかで、管理栄養士ができることのすべて」がモチベーション
山形県鶴岡市、およそ12万5,000人の街に、認定栄養ケア・ステーション「とよみ管理栄養士事務所」があります。
運営するのは、株式会社とよみ代表取締役で、管理栄養士の小川豊美さん。認定栄養ケア・ステーションの運営も、実働も、小川さん一人です。
(公社)日本栄養士会の認定栄養ケア・ステーションとして活動する以前の2009年から、小川さんは個人で管理栄養士事務所(合同会社)を立ち上げ、主に鶴岡市内の栄養に関係するさまざまな仕事を引き受けてきました。
管理栄養士事務所を立ち上げる以前は病院勤務だった小川さん。当時、(公社)山形県栄養士会の鶴岡地区の栄養士会役員も務めており、地域住民に糖尿病患者が増えていく状況に「何とかしなければ」と危機意識があったといいます。
「独立すれば、糖尿病の予防にも携われる。摂食・嚥下障害のある方を地域でフォローできる体制も作りたい。自由にいろいろな企画ができて、仕事の優先順位も自分で決められる」、そんな思いでフリーランスとしてスタートし、病院やクリニックで非常勤の管理栄養士を引き受けながら、在宅訪問栄養指導、市民を対象にした健康教室や料理実習、他職種・同職種との地域NST(Nutrition Support Team:栄養サポートチーム)に参画するなど、「管理栄養士ができること」を発信し続け、依頼があった際には決して断らない心意気で、地域での管理栄養士の仕事の幅を広げてきました。その結果、現在では病院、高齢者デイサービス、有料老人ホームの患者および利用者の栄養管理、病院、クリニックでの栄養相談、在宅訪問栄養指導、居宅療養指導、地域健康教室の講師、相談、地域NST(Nutrition Support Team:栄養サポートチーム)への参加、各種研修会の講師、企業および他職種との商品開発などと、幅広い活動を見せています。小川さんが管理栄養士事務所の頃から培ってきた職務の幅広さ、奥深さは、認定栄養ケア・ステーションの潜在的な可能性を示してくれています。
(公社)日本栄養士会で栄養ケア・ステーション認定制度が始まる2018年には、すでにその礎はできており、すぐに登録して、認定栄養ケア・ステーションとなりました。
「鶴岡市は、県の中心である山形市からも山を隔てて離れており、病院や高齢者施設などの社会的資源が限られています。そのような状況で、個人で取り組んでいた管理栄養士事務所から、認定栄養ケア・ステーションとして公的に認められた存在になったことは、バックに母体ができたという感じがして、とても心強く、周囲からの信頼が厚くなりました。実際に、行政からの業務依頼も増えています。その一方で、(公社)山形県栄養士会の看板の一つを背負っているという責任も感じています」
小川さんはこのように話し、(公社)日本栄養士会が認定し、山形県内だけでなく全国にその名の事業所がある「認定栄養ケア・ステーション」という看板を付けたことは、従来から共に仕事をしてきた医師や他職種にも喜んでもらえたといいます。
健康教室では、対象者が"できる"実演を
個人事務所から認定栄養ケア・ステーションとなり、行政からの依頼で増えている仕事に、鶴岡市内での健康教室があります。各地区には自治会組織があり、取材にうかがったこの日は櫛引地区の中の「黒川下区元気の会」から、健康教室の依頼でした。鶴岡市から各地区に介護予防のための健康活動に補助金が出ていて、歯科衛生士や理学療法士などさまざまな職種が講座を担当しています。小川さんはこうした健康教室での講師を1時間8,000円で引き受けています。管理栄養士・栄養士による講座は、試食があったり団欒の時間があることもあって、人気があり、市内のあちこちから声がかかるといいます。市内とはいえ、今回の櫛引地区は市町村合併によって鶴岡市に加わった地域のため、小川さんの事務所からは車で30分ほど離れています。小川さんは自分の軽自動車の荷台に、配布する資料のほかに炊飯器と試食で使う食材も積み込んできました。
黒川下区の集会所には、70歳代~90歳代のお年寄りが15人ほど集まり、椅子に座って身体を動かし、口の開閉や発声、飲み込みの練習をDVDを見ながら実施する「いきいき百歳体操」を始めていました。いきいき百歳体操は、鶴岡市が普及しているもので、週1回5人以上で集まって実施するように呼びかけています。
百歳体操が終わると、小川さんの出番。この日は、炊飯器を利用したパッククッキングを実演しました。これは、福島県の管理栄養士、田村佳奈美さんから教えてもらったものを、地域の食材とやり方へアレンジした内容です。
まず、マチの無いポリ袋に、皮をむいただけのじゃがいも、殻を洗った卵をそれぞれ入れて結び、米2合と水を加えた炊飯器に入れました。さらに、さんまの缶詰とほぐしたしめじ、少量の塩昆布を炊飯器に入れて米と混ぜ、実演していきます。
「かたくってしっかりした袋は爆発するでの、やっこい(やわらかい)ので。あとは炊飯器さんが頑張ってくれるでの」
小川さんがひと手間ずつ解説しながら進めていくと、参加したお年寄りの中には覗き込んでみたり、メモをとる人、「すんごい省エネだなぁ」と感心する男性も。
炊飯を始めて調理がひと段落すると、小川さんは冬の時期のお風呂の入り方、転びにくくなるための足首の体操、歯磨きのときに舌も磨くとよい理由など、今日からすぐに取り入れられそうな介護予防のあれこれを、自ら身体を動かし、参加者にも一緒に試してもらいながら説明していきました。
そして、小川さんが地元の酒田米菓(株)と「噛む大切さ」を考えて共同開発した米のグラノーラ「Happycome(ハッピーカム)」をトッピングしたにんじんサラダを試食に出しました。炊飯器を使ったパッククッキングでできた、さんまの炊き込みご飯、じゃがいも、ゆで卵とともに、試食はどれも好評で、参加した80歳代の女性は「今日の話はすんげいよがった。話すのうまい先生でね」と、感想を話してくれました。
しっかり咀嚼することの大切さを説明した小川さんは、「皆さんが来週また体操するときには、"よく噛んでるかぁ?"とお互いに聞き合ってみてくださいね」とまとめ、後片付けをささっと済ませて黒川下区を後にしました。
「こうやって地域の介護予防活動に出かけて来られる人はいいほうです、在宅にはもっと困っている人がたくさんいますから」と、小川さんは話します。その思いがあって、小川さんの会社では認定栄養ケア・ステーション業務にとどまらず、高齢者デイサービス(通所定員25名)と有料老人ホーム「ひいらぎ」(入所定員18名)を運営しているのです。
地域の、潜在的な栄養のニーズを掘り起こす
黒川下区からの帰り、市内の中心部に戻る途中で、「ここのクリニックでも栄養指導を担当しているんですよ」と小川さんが指さしたのは、すこやかレディースクリニック(特定不妊治療費女性制度認定施設)。不妊治療に取り組む女性を対象に栄養指導を担当しています。
不妊症の栄養指導は診療報酬の対象ではないにもかかわらず、栄養指導の依頼が来るのは、斎藤憲康院長から「しっかりとした母体をつくってほしい」と頼まれているから。低体温や肥満のために妊娠しにくい女性が少なくないといいます。小川さんは、「糖尿病のように検査データが見える化しやすいものではないため、不妊症の栄養指導は2、3年継続している方もいます。デリケートな面もあるため栄養指導は難しく、プレッシャーがあります」と話し、それでも引き受けているのは「地域での管理栄養士への期待に応え、それぞれの人が抱える栄養の課題を解決する力になりたい」という強い思いがあるからです。
「鶴岡市内の病院や高齢者施設で頑張っておられる管理栄養士さんはたくさんいて、栄養ケアのニーズも掘り起こせばもっとたくさんあると思います。しかし、うちの認定栄養ケア・ステーションでほかの管理栄養士の方を常勤で雇用するほどの力がまだなくて、私一人で対応しているのが現状です」
在宅訪問栄養指導は月に5件ほど。依頼先のお宅が山間部の場合は、移動を含めると半日がかりになってしまうこともあります。ほかに病院1つ、クリニック3つで外来栄養指導を引き受け、地元企業との打ち合わせ、地域在宅NST「南庄内・たべるを支援し隊」の活動など、小川さんはほぼ毎日のように日中は車を走らせ、出先で仕事をしています。認定栄養ケア・ステーションに依頼されるものは、すべて一人で引き受けていますが、一人ではどうしても対応できないときは、鶴岡市から約40km離れた新庄市の認定栄養ケア・ステーションD-june(だ、じゅね)の管理栄養士、柿崎明美さんらに応援を依頼しています。
「地域住民の皆さんをフォローする役割を担えるのは、認定栄養ケア・ステーションだからこそ。認定栄養ケア・ステーションも、それぞれの地域で求められるものが違うと思います。管理栄養士が今、何をやらなければならないのか、目の前にはいろいろな課題がありますが、地域の管理栄養士・栄養士、他職種の仲間にも課題を共有し、共に助け合いながら進めていくという意識が大切だと感じています」