【講演レポート #01】フレイル予防の第一人者が指南する、管理栄養士・栄養士が今と未来にすべきこと
2019/08/16
「2019年度全国栄養士大会」講演レポート ♯01
講演名:健康長寿 鍵は"食力" ―国家戦略としてのフレイル予防―
講師:飯島勝矢氏(東京大学高齢社会総合研究機構教授)
「市民の手による、市民のための簡易フレイルチェック」をはじめ、フレイル予防のための対策を生み出している大規模高齢者コホート研究「柏スタディ」。中心となって進めているのは東京大学教授、医師の飯島勝矢氏で、フレイル予防の第一人者。安倍首相率いる一億総活躍国民会議のメンバーとして、フレイル対策を国の重点事項の一つに掲げ、柏スタディを基に全国で取り組みを仕掛けています。フレイル予防施策という国家戦略の中で、管理栄養士・栄養士が今すべきことを、特別講演の場で語っていただきました。
管理栄養士の言葉は伝わっているのか?
一対一での栄養相談や、集団を対象にした栄養教室など、管理栄養士・栄養士は日々、さまざまな人に栄養の重要性を伝えています。しかし、その言葉は相手の耳に入り、心に響き、それぞれの行動変容につながっているでしょうか?
特別講演中、飯島氏はこう話しました。
「先日、ある都道府県の自治体に講演で呼ばれ、住民の高齢者の皆さんにフレイルの話をしてきたんです。散歩は毎日しましょうね、食事では一口30回は噛みましょう―、と。しかし、誰もメモをとる人なんていない。『何でメモしてくれないの?』 と聞いてみたら、『もう、わかってますから。やらないけど』って。これは、当たり前のことをいくら言っても、何も伝わらないということです。情報があふれている今の社会で、国民は私たち専門職に何を求めているのでしょうか?」
飯島氏は、運動、栄養、社会参加といったフレイル予防、すなわち健康にとって大切なことは、過去もこれからも"常識"であり、多くの人は"常識"はもう何回も聞いて知っているにもかかわらず、"自分事"だと痛感しなければ、ほとんど行動変容には至らないと指摘します。
「高齢者が2週間も動かないで寝たきりの状態でいると、筋肉を7年分も一気に失ってしまうんです。このように聞いたらどうですか? 『ええっ、こわい!』と、聴衆のほとんどが前のめりに話を聞くようになります。科学的根拠のある話を、難しいグラフなどを見せるのではなく、いかにわかりやすくして、国民の心に届くようなインパクトのある情報に表現してあげるだけで、多くの人は一気に"自分事"に意識が切り替わり、気をつけよう、家族にも伝えなきゃと、思いを新たにするのです。この話を聞いて、管理栄養士・栄養士の皆さんは、明日から何を伝えていきますか?」
高齢者が高齢者に伝えるフレイル予防
飯島氏が中心になって進めている大規模高齢者コホート研究「柏スタディ」は、千葉県柏市在住の自立および要支援の高齢者2,000人超を対象とし、身体の機能、活動、社会参加、認知機能など約260項目のデータを計測・解析し、プレフレイル(前虚弱)への気づきと自分事化をうながしながら、いち早く介入することを重視して、2012年度から始まりました。
超高齢社会では、フレイル予防の対策を医療や介護の専門職だけでやるのではなく、地域住民の手で地域住民のために実施することが最適と考えた飯島氏は、高齢の市民サポーター「フレイルサポーター」を養成しています。講演中、お揃いの黄緑色のシャツを着た高齢者が、フレイルチェックに参加した一般の高齢者の手足の筋肉量を測定したり、滑舌のよさを機器を使ってチェックしたりと、イキイキと活動している写真をスライドに映しました。
「元気シニアの皆さんが、『(1秒に何回タタタタと言えるかの)テストが4.6でしたね。6回より少ないと赤シール(フレイル兆候あり)になっちゃうの。でもね、私もね、最初は赤シールから始まったんですが、半年間かけて赤から青シール(フレイル兆候なし)になったのよ。ここにいるみんなも頑張っているから、あなたも頑張ってね!』と、"ツヤのある言葉"を参加した高齢者にかけてくれるんですよ。半年後にまたフレイルチェックに来よう、次回までにより元気になろう、そういう気持ちになる声かけが大事です。フレイルには可逆性という特徴がありますから」
柏市から始まった地域高齢者がフレイルサポーターとしてフレイル予防に関わる取り組みは、現在、全国で63自治体にまで増えたと、飯島氏は報告しました。東京都内のある地域では、88歳の男性が半年単位でのフレイルチェックにしっかりと参加、継続し、1年をかけて3枚の赤シールを青シールに変えたという報告があったといいます。
「このおじいちゃんに、どんな気持ちが灯ったのでしょう? 漫然と情報が伝わったのではなく、何かが胸に響いたんですよね」
そして飯島氏は、「時代とともに、国民も高齢者も進化している」と話し、「社会参加がフレイル予防には大事だと理解している高齢者が、『SNSで100人とつながっているから、外出しなくても大丈夫だよ』と言ったら、皆さんはどう答えますか?」と、会場に質問を投げかけました。
また、メタボリックシンドロームへの関心の高さから、中肉中背の70代、80代であっても体重を減らしたほうがよいと誤解している人が決して少なくないことを指摘し、「年齢を重ねるほど、筋肉量が減少しやすく、増えにくい。この話をエビデンスをもって、誰がどのように伝えていくのか。前のめりになって、それは大変だ、私も気をつけなければと自覚するような話し方で。これを伝えられるのは、管理栄養士・栄養士の皆さんではないのでしょうか」と、期待を寄せました。
国は管理栄養士を必要としている
元気な高齢者が地域の高齢者のフレイル予防をお互いに気にかけ、チェックし合えるような社会になったとしても、管理栄養士・栄養士がフレイル対策について何もしなくていいということはあり得ません。
飯島氏は最後に、来春(2020年春)からスタートする「高齢者の保健事業と介護予防の一体的実施」について解説しました。従来は、保健事業と介護予防事業はそれぞれ医療保険・介護保険の別制度であり、財源も異なっていたため、全国的にバラバラ感が強かったと説明しました。そして、飯島氏は、「"一体的に"ということは、国はフレイル対策を意識して、健康寿命を延伸させる取り組みをしてほしいということだ」と指摘しました。
出典:厚生労働省「高齢者の保健事業と介護予防の一体的な実施に関する有識者会議報告書」
「各自治体(市町村)で一体的に実施されていくようになる際に、そこに携わる専門職種としてまず挙げられているのが保健師、管理栄養士、歯科衛生士の皆さん。ここ(上図右上)にそう書いてあるんです」と、厚生労働省が提示するイメージ図を見せながら、飯島氏は強調しました。
時代が急速に進んでいくなかで、管理栄養士・栄養士には次々と新しい役割が生まれてきています。一方で、人工知能(AI)がより発展した2045年頃になると、現在ある職業の約4割はかなりAI化されてくるという予測も出ています。
「これから小学校に入って管理栄養士・栄養士になりたいと言っている子どもたちが、実際に管理栄養士・栄養士になり10年くらい経ったとき、そのとき彼らは何を仕事にしているのでしょうか? 今から管理栄養士・栄養士の皆さんが情報を常に更新して、時代に適したパフォーマンスをし、国民にどのように情報を伝えていったら、世界から注目を集める超高齢社会を乗り越えて、AI時代にも管理栄養士・栄養士が生き残れるでしょうか」
飯島氏の講演は、フレイル予防が主のテーマでありながら、専門職としての「伝えること」の重要性を示唆した内容となりました。エビデンスのあるデータを得て情報を日々アップデートすることは、専門職として当然のこと。それをわかりやすく伝えるだけでなく、危機感を伴った"自分事"ととらえてもらえるように相手の心に響かせるには? 一方通行で自己満足にしかなりかねない栄養指導・栄養教育は、これからの時代には受け入れられないでしょう。
講師プロフィール:飯島勝矢氏(東京大学高齢社会総合研究機構教授)
1990年、東京慈恵会医科大学卒業。専門は老年医学、老年学。特に、健康長寿実現に向けた超高齢社会のまちづくり、地域包括ケアシステム構築、フレイル予防研究などを進める。内閣府「一億総活躍国民会議」有識者民間議員、厚生労働省「高齢者の保健事業と介護予防の一体的な実施に関する有識者会議」構成員などの役職を務める。