【講演レポート #02】「液体ミルク」、被災地での災害支援活動に新たな選択肢を
2019/08/16
2019年度全国栄養士大会」講演レポート ♯02
講演名:災害時の乳幼児の食・栄養支援〜赤ちゃん防災プロジェクトへの取り組み〜JAPAN PROTECT BABY IN DISASTER PROJECT〜
講師:下浦佳之氏((公社)日本栄養士会常務理事・災害支援チームJDA-DAT総括)
大規模自然災害発生時、もっとも支援が必要となる要配慮者(災害弱者)の一人が、乳幼児と妊産婦および授乳婦です。日本栄養士会災害支援チーム(JDA-DAT)は、乳幼児と妊産婦および授乳婦の支援を目的とする「赤ちゃん防災プロジェクト」を2018年に11月に立ち上げ、被災地で乳幼児の栄養源となりうる液体ミルクの周知活動をスタートさせました。本講演では、本会常務理事でJDA-DAT総括の下浦佳之氏が、設立経緯と赤ちゃん防災プロジェクトを中心に、JDA-DATの活動を報告しました。
東日本大震災の教訓を活かした活動
「JDA-DATの設立目的は、災害による間接死を防ぐこと」と、冒頭で下浦氏は訴え、JDA-DATのこれまでの歩みを紹介しました。
JDA-DAT(The Japan Dietetic Association-Disaster Assistance Team)は、(公社)日本栄養士会が、国内外の大規模自然災害発生時の約72時間以内に、人的・物的支援活動および他団体との連携などにより、被災者の栄養と食生活支援を行う目的で設立。契機となったのは2011年に発生した東日本大震災で、災害派遣のための管理栄養士・栄養士を初めて募集し、組織として初の人的対応を実施しました。全国で専門研修を終えたJDA-DATリーダー620人、JDA-DATスタッフ2,117人の管理栄養士・栄養士で構成されています(2018年11月21日現在)。
災害発生後、所有する災害支援医療緊急車両JDA-DAT号(河村号、トーアス号など)に企業などの賛助会員や支援者から寄せられた物資を積みこみ、被災地に向かいます。
現地ではすぐさま被災地の行政栄養士の指揮下に入り、被災者の方々へ食と栄養の面における人的・物的支援を開始します。下図は、北海道胆振東部地震発生後の連携の様子です。
「最近では、被災地での災害発生後の食事内容は、パンやレトルト食品、カップ麺だけでなく、炊き出しや弁当提供のスピードが早まってきましたが、栄養バランスの面で言えばまだまだ課題が多く、改善の余地があります。加えて、要配慮者に対する、食物アレルギー除去食、離乳食、介護食などの特殊栄養食品が必要とされることも多くあります」
東日本大震災では、特殊栄養食品が被災地に支援物資として届いたにもかかわらず、その他の物資と混在して保管されたことで、必要とする被災者になかなか行き渡らないという事態が発生しました。
こうした教訓から、JDA-DATは2017年の関東・東北豪雨災害から、被災地で特殊栄養食品の調達、在庫管理、配送調整などを行う「特殊栄養食品ステーション」を開設。被災地が広範囲にまたぐ場合は、サテライトも併設するようにしています。下図は、これまでの災害支援の取り組みの抜粋です。
「赤ちゃん防災プロジェクト」発足
「関東・東北豪雨、熊本地震、平成30年7月豪雨(西日本豪雨)、北海道胆振東部地震など、JDA-DATが活動してきたなかで見えてきた課題の1つが、乳幼児と妊産婦および授乳婦への支援です」と、下浦氏は続けます。
JDA-DATエビデンスチームが中心となり2013年に全国1,789自治体を対象に行なった調査(1,272自治体が回答)によると、特殊栄養食品の備蓄率は、乳児用粉ミルクが22.8%、アレルギー対応食品11.8%、ベビーフードが2.6%と、乳幼児への対応が不十分であることが明らかになりました。
液体ミルクに関しては、東日本大震災発生後、ミルクを求める乳幼児の家族の切実な姿が度々報道されたことで、(公社)日本栄養士会としても、液体ミルクの国内承認に向け、関係機関に対して要望したという経緯があります。
2018年8月8日に食品衛生法の「乳及び乳製品の成分規格等に関する省令」の一部が改正されて乳児用調製液状乳(液体ミルク)の規格基準が策定され、消費者庁において表示許可基準が改正されました。
下浦氏は、「この改正により、災害時において乳幼児を守るために、液体ミルクについて、我々管理栄養士・栄養士がしっかりと学ぶ必要がある」と話し、JDA-DATでは昨年11月に「赤ちゃん防災プロジェクト」を発足させたと説明しました。その活動として3つの柱を掲げ、災害時にまず母乳育児を保護・推進・支援すること、そして母乳が提供できない場合は代替栄養(粉ミルク・液体ミルク)が安全に使われるように、備蓄の推進と適切な提供について、特定非営利活動法人日本防災士会などと連携した周知活動を開始した、と報告しました。
2019年1月末、国内メーカーで初めて江崎グリコ株式会社、株式会社明治の2社の液体ミルクが承認されました。現在、JDA-DATでは、厚生労働省、消費者庁と連携し、管理栄養士・栄養士、防災士、防災担当者、医療従事者、行政担当者を対象に周知活動を始めています。
液体ミルクの種類を理解しておく
これまで被災地で使われる母乳代替食品は粉ミルクだけでした。粉ミルクは調乳のために、粉ミルクを溶くための清潔な水、その水を70℃以上に加熱するための熱源や器具を必要とし、さらに溶かしたミルクを冷ます水、清潔な哺乳瓶と乳首の衛生管理も必須です。それに対して、液体ミルクは紙パックや缶を開封するだけで飲ませることができるのが大きな利点。保存期間は製品によって6〜12か月程度で備蓄も可能です。
液体ミルクは、殺菌方法の違いにより2つのタイプに分かれます。充填後に120℃で4分間以上レトルト殺菌を行う「レトルトタイプ」と、135〜150℃で数秒間加熱殺菌後に無菌充填密封をする「無菌充電タイプ」です。使用方法は同じですが、色や保存期間に若干の差があります。
JDA-DATでは、こうした液体ミルクの特徴を含めて、災害時における母乳代替食品として粉ミルクと液体ミルクの正しい使い方を広めるため、管理栄養士・栄養士や医療従事者向けに「災害時における乳幼児の栄養支援の手引き」と、一般生活者向けに「災害時に乳幼児を守るための栄養ハンドブック」を作成し、当会ホームページでの公開や研修会などでの配布をしています。
特にこれまで日本には存在しなかった液体ミルクについては、よく振って撹拌すること、開封後は速やかに飲むこと、飲み残しは捨てること、常温保存で温める必要はないことなどの注意点のほか、海外製品の期限表示の読み方についても説明が書かれています。
「JDA-DATは日本防災士会と連携をとり、防災士会会員や医療従事者などに向けた研修会を企画して開催したり、地域防災計画の中でベビーフードや母乳代替食品を備蓄するように呼びかけをしたりしています」
講演後半には、液体ミルクの試飲が行われました。会場からは「甘い」、「粉ミルクよりさらっとしている気がする」などさまざまな声があがりました。管理栄養士・栄養士から注目を集めたのは、液体ミルクを衛生的かつ簡単に哺乳瓶などに移し替えられる専用ストローや、災害時に哺乳瓶や乳首の確保が困難な際にも赤ちゃんにミルクを提供できるコップなどを用いたカップフィーディングの方法です。
下浦氏は、全国のJDA-DATメンバーと管理栄養士・栄養士に向けて、液体ミルク=母乳代替食品として、適正な使用方法や母乳代替食品の販売流通に関する国際基準(WHOコード)の遵守などの周知活動に協力を求めて、講演を終えました。
乳児の最良の栄養源が母乳であることには変わりありません。しかし、被災によるストレスや疲労によって母乳が一時的に止まってしまったり、減ってしまう場合もあり、また、避難所で授乳スペースが確保できない、母子が離れ離れになるなど、粉ミルクおよび液体ミルクによる授乳が必要になる状況が起こりえます。JDA-DAT、管理栄養士・栄養士としては、液体ミルクを非常時の新たな選択肢のひとつとして、その知識と理解を得ておくことが必要です。
また、会場では新たにトーアス株式会社より寄贈された2台「トーアス号」を含む、JDA-DAT号3台が展示されました。いずれも災害支援医療緊急車両でキッチンボックスを搭載しています。どんなときでも、あたたかい食事提供と支援ができるように、平時においても各都道府県でのJDA-DAT活動やイベント、研修会で利用されています。
講師プロフィール:
下浦佳之氏((公社)日本栄養士会常務理事・災害支援チームJDA-DAT総括)
1981年、神戸学院大学栄養学部卒業。兵庫県に入庁。福祉部、こども病院、がんセンター、尼崎総合医療センターなどでの勤務を経て、現在は(公社)日本栄養士会常務理事。災害支援チームJDA-DAT総括・運営委員会委員長。厚生労働省、消費者庁、文部科学省などで各種検討委員会の委員を務める。