【講演レポート #07】やりっぱなしから脱却しよう、 "見える"食育で活動の場の拡大を
2019/08/29
「2019年度全国栄養士大会」講演レポート ♯07
講演名:乳幼児期から成人までの食育〜食育の実践と評価について〜
講師:野口孝則氏(上越教育大学大学院学校教育研究科臨床・健康教育学系教授)
国は、乳幼児から高齢者まであらゆる世代において食育は必要であると、食育基本法(2005年制定)で定めています。管理栄養士・栄養士がかかわるすべての現場―保育所、学校、保健所、病院、福祉施設、地域など―で、食育的な視点を用いた業務が求められています。では実際に、管理栄養士・栄養士は「食育」として何をしていますか?
どんな食育をして、どのような効果があったのかを、他職種や保護者などに伝えられますか? 本講演では、全国で管理栄養士・栄養士を対象に、食育的視点や技法を取り入れた教育に取り組まれている野口孝則氏が話されました。
食育の記録もカルテのように
食育は、食や栄養に関する知識を教育するだけにはとどまりません。対象者が持つ健康課題の解決をめざすとともに、生命の尊厳や道徳に関する教育をし、地域の自然や文化を伝え、農水産業や食品加工業など地域産業の活性化につなげるなど、実にさまざまな役割があります。
「食育は、従来の管理栄養士・栄養士が担ってきた範疇にとどまらない幅広い内容を含んでいます。この幅の広がりは、将来の管理栄養士・栄養士の活動の場の拡大を意味しています」と、野口氏は期待を込めた声で語り始めました。
しかし、実際に食育を担う立場に立ってみると、管理栄養士・栄養士の中には、「具体的に何をすればよいのかわからない」、「毎年似たような内容の授業になってしまう」、「周囲の協力が得にくい」と困惑している人も少なくありません。その悩みの数を示すかのように、講演会場は部屋の外にまで参加者があふれるほど。野口氏の言葉を逃すまいと、懸命にメモを取る姿が目立ちました。
対象者の興味がわくような食育を実施するためには、「具体的な食育計画書が必要だ」と野口氏は主張します。
「まずはエクセルなどで表を作成して、誰が、いつまでに、何を、どんなふうに実行するのか、細かく目標を決めて、書き込んでいきましょう。たとえば、『好き嫌いをなくす』と書くだけではなく、『子どもたちが興味がわくように、食材の切り方や盛り付け方を工夫する』と書くことが大切です。さらに、どんな切り方や盛り付け方にするのか、いつ始めて、いつまでに改善させるのか、と具体的に記入していくことが大事です」
日々の業務が忙しいと、毎年同じ企画を繰り返してしまうこともあるでしょう。しかし、一人ひとりが違うように、年齢や学年、地域、環境が変われば、それぞれの対象者が持つ食に関する課題や食の意識、嗜好も異なります。過去に反響がよかった企画だったとしても、他者にも同様に効果的かどうかはわかりません。必ず今回の対象者に合わせた企画とその計画書になっているかどうかを確認してから実施しましょう。
「作成した計画書をもとに食育を実施していることとは思いますが、食育をやっただけで終わらせるのではなく、必ず記録をとることです」と、野口氏は語気を強めます。
「医療の現場では、管理栄養士が実施した栄養管理や栄養指導とともに対象者の状態や変化をカルテに書き留めておき、他職種と共有するのが常識です。その他の現場であっても、実施した食育とその後の変化をカルテのように記録することを習慣にしていかなければなりません」
そして、ここで大事なのは、「行動」と「思考」の2つを記録すること、と野口氏は言います。計画書通り実施できたかどうか、実行したことで管理栄養士・栄養士の自分は何を思ったか。行動と思考の両方を記録することで、改善点が見えてきます。計画書の中にも、あとで自由に書き込める「記入欄」や「備考欄」をあらかじめ作っておくとよいでしょう。
「記録というと、数値的評価やグラフを連想しがちですが、もっとも重要なのは『観察力』です。『笑顔が増えた』、『食事を楽しみにしている発言が増えた』などの変化を大切にしていきましょう。いきなりアンケートなどの数的評価をしようとせずに(保育や教育の現場では難しいことが多いので)、食育の前と後の対象者(子どもたち)の変化を観察によって得ていくことが大切です。ここにこそ、管理栄養士・栄養士の専門性が発揮されます」
担任や保育士に喜ばれる一言とは?
「記録をもとに、自分がしたことが正しかったかどうかを『評価』することができます。評価をする際は、自分が実施したことと、対象者の変化、2つの軸に対して行いましょう。『会話をしながら食事をするようにうながしたことで、対象者が食事を楽しむようになった』、『個人に合わせて目標を設定することで、食事に積極的になった』など、実施内容と対象者の変化を記録しておくと、適切な評価材料になります」
記録は、他者とシェアできるという強みがあります。病院ならカルテを医師や看護師と共有するように、保育の現場なら園長をはじめ保育士との連携が可能になりますし、学校では校長をはじめ担任や養護教諭に記録を見せて、状況を共有することによって、改善につながる意見をもらえます。さらに、記録を重ねることで、研究成果として論文のかたちで発表することも可能になります。
記録の重要性とともに、野口氏が繰り返し伝えたのが、他職種との連携です。
「管理栄養士・栄養士は、食育を実践するうえで中心的役割を果たす司令塔になるべきです。そのため、一緒に働く他職種の人に積極的に声をかけてください。忙しいのはお互いさま。忙しそうだからと声をかけずにいると、双方の距離が縮まることはありません」
たとえば学校では、給食中の声かけが大事だとはわかっていても「何を言えばいいのかわからない」という教員たちは少なくありません。そここそ、栄養教諭や学校栄養士の出番です。
「それぞれの学年の先生に、その日の献立のポイントを一つ伝えるだけで十分です。1年生の先生には『トマトは夏野菜で旬です』、5年生の先生には『社会見学で行った工場の醤油を使っています』という些細な一言でも、担任の先生たちには助け舟になります」
適切なアドバイスをするためには、どのクラスでどんな授業が行われているかを知っておく必要があります。ここでもやはり「観察力」が問われます。教員や保育士など他職種の仕事を把握して、それぞれの先生に声かけをする習慣をつけると、管理栄養士・栄養士が足を運ばなくても現場の状況を伝えてくれるようになったり、喫食者の率直な感想を教えてもらえたりと、情報交換がスムーズになってきます。
残さず食べた日こそ、量が十分かの確認を
「保育や教育の現場では、野菜の収穫や調理といった"体験型"の食育に目がいきがちですが、こうしたイベントはあくまできっかけづくり。大事なのは、いろいろな食材や料理と触れ合うことができる『日々の給食とおやつ』です」
栄養バランスを考慮した給食をしっかり食べてもらうこと。それこそが食育の基本であると、野口氏は強調します。そして、子どもたちの保護者に家庭での食事の重要性を理解させることも、食育の基本として重要であると指摘しました。
さらに、野口氏は給食に関する意外な注意点を挙げました。
「給食の目標は、100%喫食ではなく、"過不足なく"食べさせること。残さず食べたそのときこそ、給食の量が十分であったのか確認が必要です」
給食後の午後の授業中にお腹がすいたという子どもがいたら、給食の量が足りなかったということ。保育の現場では補食(おやつ)でカバーできますが、学校はそうはいきません。教員や保育士に子どもたちの喫食率とその後の反応をヒアリングし、給食の内容の改善に活かしましょう。
野口氏は最後に、「食育は、子どもたちの前で、周囲の大人が食に興味を持っているという姿勢を示すことが大事です」と話ました。「お腹すいたね」、「今日の献立は何だと思う?」、「4時間目が終わったら給食。待ち遠しいね」などの声かけは、すぐにでもできることです。
「あまり難しく考えずに、子どもたちに接し、よく観察することで、どんな食育が彼らにあてはまるかという気づきが生まれるはずです」と、野口氏は肩の力を抜いて取り組むことの大切さも伝えてくれました。
管理栄養士・栄養士が携わるどの現場においても、一人でも多くの対象者に食育の定着を図ること。そのためには、まず実践者として率先して食育を楽しむべきです。「おいしいですね」、「楽しいね」、「季節の恵みは本当にありがたいですね」などのポジティブワードを口にして、周囲の人々の食への興味と関心を高めていきましょう。
講師プロフィール:野口孝則氏(上越教育大学大学院学校教育研究科臨床・健康教育学系教授)
1996年、神戸学院大学栄養学部卒業。2001年、京都大学大学院人間・環境学研究科文化・地域環境学専攻環境保全・発展論講座博士後期課程修了。理化学研究所にて研究員を務め、神戸学院大学、福岡女子大学、厚生労働省、帝塚山大学を経て、2015年より現職。新潟県立看護大学、新潟食料農業大学で非常勤講師を務める。
次回講演レポートは、9月5日(木)に掲載を予定しています。