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【講演レポート #10】フレイル対策に求められる行政、配食サービス、栄養ケア・ステーションの連携

「2019年度全国栄養士大会」講演レポート ♯10

講演名:地域高齢者の食と栄養を支えるための食環境整備
講師:前田佳予子氏(武庫川女子大学生活環境学部食物栄養学科教授)、諸岡歩氏(兵庫県健康福祉部健康局健康増進課保健・栄養指導班長)、齋藤貴子氏(ひまわりメニューサービス(株)チーフマネージャー)

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 「住み慣れたわが家で、最期まで暮らしたい」。多くの人がそう願っています。自分らしい暮らしを続けるために欠かせないのは、やはり「食べること」。地域に住む高齢者向けの食事サービス支援の一つに、配食サービス事業が挙げられます。本講演では、在宅訪問栄養食事指導の長年のキャリアがある武庫川女子大学教授の前田佳予子氏が管理栄養士・栄養士が配食サービス事業に関わる意義を唱え、行政の立場から配食サービス事業の仕組みを考案した兵庫県の諸岡歩氏と、配食サービス事業者であるひまわりメニューサービス(株)の齋藤貴子氏が、それぞれの取り組みを報告しました。

地域で求められる栄養管理、配食サービスとは

 「在宅医療での食事は、待った無しなんです。住み慣れた地域で支えていく地域包括ケアシステムの鍵は、言うまでもなく栄養です。すべての根底となる栄養がしっかりしていなければ、運動も社会参加もできません。今日は皆さんに、管理栄養士・栄養士が地域で何をすべきかをしっかりと考えていただく機会にしたい」と開口一番、前田氏は強調しました。
 超高齢社会のニーズを受け、配食サービス事業の市場規模は2009年から2014年の6年間でも1.8倍となっています(厚生労働省発表)。各地域の医療法人や社会福祉法人、社会福祉協議会やNPO法人などにかぎらず、全国規模の民間企業も配食サービス事業に幅広く参入するようになり、地域で暮らす高齢者の食事の一端を担っています。
 しかし、配食サービス事業の拡大によって、全国で高齢者のフレイル(虚弱)や低栄養状態が減っているかというと、そうとは言えません。
 「2025年には国民の3人に1人が高齢者、5人に1人が後期高齢者になります。さしあたって、これからの10年、管理栄養士・栄養士は在宅医療をどのように支えていくのかを考えなければなりません。地域で本当に求められている栄養管理、配食サービスとはどんなものなのでしょうか?」
 前田氏は、「高齢者は急にフレイルになって虚弱な状態になるわけではありません。その背景には、社会参加が減ったり、配偶者や友人などの死別を経験したりして、まず心のフレイルが起こり、次に栄養面のフレイルが生じ、そして身体面のフレイルへと続いていきます。私たち管理栄養士・栄養士は、高齢者一人ひとりが栄養面のフレイルに陥る前に、その進行を食い止めなければいけません」と示しました。前日の飯島勝矢氏による特別講演「健康長寿 鍵は"食力"―国家戦略としてのフレイル予防―」で解説があったように、フレイルには可逆性という特性があり、適切な介入をなせば、さまざまな機能を取り戻すことができるからです。
 「だれかが注意をしてあげれば、高齢者が健康を維持してフレイルを予防し、住み慣れた地域での生活を続けていけます。栄養面のフレイルを防ぐには、誰が高齢者を気にかけてあげればいいでしょうか? それは、管理栄養士・栄養士。私たちが地域へ出ていかなければならない、そうですよね?」。前田氏は、こう会場に投げかけました。

配食サービスは誰がどのように食べているのか

 前田氏の調査によると、平均年齢約86歳の高齢者を配食サービス利用群と配食サービスを利用していない群で分けると、MNA-SFⓇ(簡易栄養状態評価表)での栄養状態の評価に双方で有意差はなかったものの、咬合力(食べ物を噛む力)は配食サービス利用群のほうが低いという結果が出ました。さらに、配食サービス利用群の男性では、握力も年々低下しているという結果でした。なお、配食サービス利用群は独居や夫婦のみの世帯が多いという傾向があります。
 前田氏はこの結果から、「配食サービスを利用していても、個々への食事の配慮ができていないと考えられます。家族や誰かが食べ物の大きさや硬さを適切にしてあげなければ、届けられた食事を食べることができない可能性があるのです」
 実際に、前田氏が配食サービス利用者に調査した際の「配食サービス業者へお願いしたい工夫は何か?」という質問では、一番多い回答が「食材の硬さの調節」でした。続いて、味つけ、量の調節、治療食の希望、メニュー表示の改善と続きます。中には、「栄養士さんと話したい」という声もあったといいます。
 「配食サービス事業にかかわる管理栄養士・栄養士は、誰がどのようにして食べているのかを確認しなければなりません。デイサービスに届けている食事だとしても、高齢者が誰とも話さずに一人黙々と食べているようなら、それは"孤食"と言えます。とにかく、高齢者が食べているところを見てみる、そして、声を聞くことです」2019090503_03.jpg

 前田氏は、管理栄養士・栄養士がこのような役割を果たすためにも、さらなる認定栄養ケア・ステーションの充実を訴えます。認定栄養ケア・ステーションの目的として、①管理栄養士・栄養士の活動拠点であること、②地域密着型であること、③栄養ケアを提供する仕組みがあること、④栄養ケアを提供するための拠点であることの4つを挙げ、「住民たちは、病院や施設と自宅で変わらない、切れ目のないシームレスな食環境の整備を望んでいます。病院の看護師たちは、入院時にこの患者さんが退院後にはどう生活するかをいつも考え、訪問看護師につなげています。管理栄養士・栄養士はどうでしょうか? 病院や施設から在宅への栄養管理のプランニング、栄養ケアの継続はできていますか?」と問題点を挙げて、在宅での栄養管理の基盤となる認定栄養ケア・ステーションの強化を訴えました。
 さらに、前田氏は、実際に在宅訪問栄養食事指導で使っている、自身が作成にかかわった「明石 おたっしゃ健康手帳」の内容を紹介しました。手帳の中には「私の情報」として、高齢者の身長や体重、血圧などの計測値だけでなく、高齢者自身の好きな主食、主菜、副菜というように好みの食事を記録しておく欄が設けてあると言い、加えて「人生の最後に食べたいものは何か?」を聞き出していると説明しました。「お元気なときに聞き出しておかなければ、最後の一口に何を用意してあげたらいいかがわからないから」が理由です。
 訪問看護師とともに、ある高齢男性の「食べ納め」に赴いた際には、奥さんに濃く入れてもらったコーヒーをバニラアイスにかけて、男性の希望どおりのコーヒーフロートを用意して喜ばれた、というエピソードも紹介しました。
 「地域にかかりつけ管理栄養士がいるからこそ、自宅で好きな物の"食べ納め"も叶います。あの人に頼めばやってくれる、そんなかかりつけ管理栄養士・栄養士になろうではありませんか!」と、前田氏は会場の参加者に呼びかけました。
 配食サービス業者と認定栄養ケア・ステーションで提携を結ぶことによって、おかかえ管理栄養士付きの「健康支援型の配食サービス」が可能になると、前田氏は訴えます。これは、今年(2019年)5月に厚生労働省から発表された「健康寿命延伸プラン」でも求められていることです。

2019090503_04.jpg出典 第2回2040年を展望した社会保障・働き方改革本部資料(令和元年5月29日 資料1)

 前述したように、配食サービスを利用していても、硬さや大きさが合わずに食べられなければ意味がありません。「お腹の調子が悪いときは、届いたご飯と水を1:1で電子レンジにかければやわらかいご飯にできますよ」、「鶏肉が食べにくいときは、このように調理用のハサミで小さく切れば食べやすくなりますね」、「届いたプラスチック容器のままではなく、ご自分の使い慣れた食器に移し替えれば、食事の楽しみが増えますね」などと、配食サービスの食事が届けられて高齢者が喫食する際に、こうした声かけをするだけで、フレイルの予防につなげていくことができると前田氏は説明します。 「在宅関係者からお呼びがかかるのを待つのではなく、自分で出ていくこと。自分から積極的に手を伸ばして、自分の地域で暮らす高齢者の食環境を管理栄養士・栄養士が率先し整備していきましょう」

配食サービス事業者に県が率先してアプローチ

 前田氏に続き、兵庫県健康福祉部健康局健康増進課保健・栄養指導班長で管理栄養士の諸岡歩氏が、「健康支援型配食サービスを活用したフレイル対策~行政の立場から~」を報告しました。

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 諸岡氏はまず、今年(2019年)6月12日に厚生労働省保険局が発表した「2040年を展望した社会保障・働き方改革本部のとりまとめ」から、「2022年度までに専門職と事業者が連携した配食サービスの活用について、25%の市町村、70拠点の栄養ケア・ステーションでの展開を目指す」という国の目標を挙げました。そして、兵庫県においても、地域の共食の場などを活用して、高齢者のフレイル予防を積極的に推進している状況であると話しました。
 その一つに、兵庫県ではフレイル予防・改善を目的とした「歯と食からはじめる健康寿命延伸プロジェクト」をスタートさせています。市や町ではなく、県が音頭を取っている理由として、「配食サービス事業者は市や町をまたいで展開している場合が多いため、県が率先して動くことで、市や町でのフレイル対策が進みやすいと考えられるから」と話しました。
 このプロジェクトは、高齢者の通いの場やサロンなどに管理栄養士や歯科衛生士といった専門職と、配食サービス事業者にもかかわってもらい、高齢者の口腔機能の向上と栄養状態の改善に向けた取り組みを強化するというものです。
 県として、配食サービス事業者には、栄養バランスに配慮した食事(1食当たりの概ねの基準)を用意してもらいたい旨を伝え、①主食(ご飯)、主菜1品以上、副菜2品以上が揃った食事であること、②野菜を100g以上使用していること、③主菜には魚60g以上または肉50g以上を使用していること、④かみごたえのある食品が入っていること、の4つを条件に挙げました。
 諸岡氏らが調べたところ、県内には90社近い配食サービス事業者があり、このプロジェクトに協力できるかを調査したところ、高齢者の通いの場などへ条件を満たした食事を提供できる事業者が26社、個人宅への配食ができる事業者が37社あるとわかりました。そして、このリストを県内の各市町に送り、市や町が配食サービス事業者と連携して、地域の高齢者の通いの場などで、歯と食の観点から高齢者のフレイル対策に取り組めるようにした、と報告しました。
 また、このプロジェクトは県が考案した「兵庫県版 フレイル予防・改善プログラム」の一部分であり、同プログラムは2018年の1年をかけて、県医師会、歯科医師会、栄養士会、歯科衛生士会、言語聴覚士会、介護支援専門員協会、配食サービス事業者、市町の担当者とともに検討してきたといいます。
 実際に、モデル事業で取り組んでみた地域では、「フレイル予防教室」として高齢者を集め、歯科衛生士による口腔機能向上のための話、管理栄養士による低栄養予防のための食事のとり方の話、そして配食事業者からのメニュー説明をしたうえで、上記の4つの条件の揃った食事を皆で会食。フレイル予防を普及するための冊子も渡しました。
 諸岡氏は、「栄養バランスに配慮した食事を高齢者の通いの場などで共食する機会を作ることは、共食の効果に加えて、その食事自体がフレイル予防のための教材にもなります」と、効果を伝えました。

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 さらに、フレイル予防を効果的に進めていくためには、配食サービス事業者と管理栄養士、歯科衛生士が連携して、通いの場の参加者の栄養アセスメント(評価)やフォローアップ(継続支援)をする必要があり、栄養ケア・ステーションの管理栄養士が"配食アドバイザー"として参画することが理想であると話しました。
 最後に、参加している行政栄養士に対し、「行政の管理栄養士は、栄養バランスに配慮した食事や、疾病や嚥下状態に対応した食事に対応できる配食サービス事業者を把握しておき、住民や専門職からの問い合わせに応えられるようにしておきましょう」と呼びかけました。

高齢者が苦手な食材も完食する"共食"の効果

 最後に、諸岡氏が紹介したプロジェクトに参加した配食サービス事業者として、ひまわりメニューサービス(株)チーフマネージャーで管理栄養士の齋藤貴子氏が登壇し、その取り組みを報告しました。
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 同社は配食サービス事業を20年以上手がけており、齋藤氏は主に高齢者向けの食事、病態に対応した食事の献立作成を担当しています。ここ数年で利用者の栄養の偏りや栄養不足がより顕著にみられること、また、近所同士の声かけといった地域コミュニティの劣化が目立ってきている現状を、配食サービス事業者の視点で紹介しました。
 そして、諸岡氏が説明した「兵庫県版 フレイル予防・改善プログラム」の検討会に、齋藤氏は配食サービス事業者として参加し、モデル事業として川西市の高齢者の通いの場に食事を提供したと報告しました。
 上記の条件に合う食事として、「①ご飯145g、②野菜134g、③鶏肉60g、④噛み応えのある食品としてししゃもと昆布巻き」を用意し、1食分でエネルギー521kcal、たんぱく質26.2g、塩分2.9gの献立を作成しました。
 「当社のデータから、高齢者で苦手な方が多い鶏肉とカリフラワーを献立に入れましたが、鶏肉は全員が完食され、カリフラワーも9割の方が召し上がっていました。自宅で一人で食べるのと違い、私たち関係者も一緒になって皆で輪になって食べることで、楽しい気持ちになって喫食されたのだと思います。まさに、共食の効果ではないでしょうか」

2019090503_08.jpg関係者も一緒にとった昼食

高齢者の通いの場などに栄養バランスの整った配食サービスの食事が届き、近所で誘い合って参加するようになれば、栄養面のフレイルだけでなく、身体面、社会面でのフレイルの予防にもつながります。どこの、誰が旗を振って、地域にこの流れを作っていくのか? 今まさに、その役割が行政、在宅、配食サービス事業者の管理栄養士・栄養士に回ってきています。

講師プロフィール:
前田佳予子氏(武庫川女子大学生活環境学部食物栄養学科教授)
栄養教育、在宅訪問栄養食事指導、高齢者の栄養管理を専門に研究。(一社)日本在宅栄養管理学会理事長を務める。

諸岡歩氏(兵庫県健康福祉部健康局健康増進課保健・栄養指導班長)
1994年、大阪市立大学生活科学部食物栄養学科卒業。同年、兵庫県に入庁。2017年より現職。2014~2017年、(公社)兵庫県栄養士会理事、2016年~、(公社)日本栄養士会公衆衛生事業部企画運営委員を務める。

齋藤貴子氏(ひまわりメニューサービス(株)チーフマネージャー)
1996年、賢明女子学院短期大学食物専攻科卒業。同年、ひまわりメニューサービス(株)入社。1997年、管理栄養士資格取得。2018年~、(公社)兵庫県栄養士会理事を務める。

次回講演レポートは、9月12日(木)に掲載を予定しています。

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