日本人が抱える"栄養障害の二重負荷"を解決に導く 3つの取り組みに「84 selection 2019」を授与
2019/10/18
(公社)日本栄養士会では2017年より、現代の栄養の諸問題と向き合い、未来にわたって日本を元気づけたり、人々の暮らしを下支えしている管理栄養士・栄養士および組織の活動を、「84 selection(栄養セレクション)」として表彰しています。本年の「84 selection 2019」では、栄養の日・栄養週間2019の統一テーマ「栄養障害の二重負荷の解決に向けて取り組む1団体、2人を表彰しました。
栄養障害の二重負荷とは、栄養過剰が懸念されている人(肥満や生活習慣病と、その予備群)と、栄養不良が心配される人(やせ、拒食、低栄養など)の両方が、同じ地球上に、同じ国に混在していることを指します。また、一人の人生の中でも、壮年期、中年期は生活習慣病や肥満症を患いながら、老化とともにフレイル(虚弱)や低栄養状態となってしまうことも栄養障害の二重負荷であると言われています。
こうした栄養障害の二重負荷を解決へと導く、素晴らしい取り組みをしている管理栄養士・栄養士および組織として表彰されたのは、一般社団法人Luvtelli(ラブテリ)、認定栄養ケア・ステーション 杉浦医院/地域ケアステーション はらぺこスパイス管理栄養士の奥村圭子さん、長崎リハビリテーション病院管理栄養士の西岡心大さんです。
7月28日(日)、神戸で開催した2019年度全国栄養士大会開催中の神戸国際会議場で、「84 selection 2019」表彰式と、それぞれの取り組みについての事例発表が行われました。
働く女性の不調をなくして
次世代の健康の底上げをしたい
一般社団法人Luvtelli(以下、ラブテリ)は2009年に発足し、予防医療の中でも母子の健康に注力して、妊娠前~出産後の女性と次世代の健康支援を目的に活動しています。今回は、これまでの活動「まるのうち保健室」、「京都保健室」や調査報告書「働き女子1,000名白書」などが評価され、受賞となりました。
代表の細川モモさんは、「若い女性のやせの二次被害とも言える低出生体重児(2500g未満で生まれた赤ちゃん)は将来的に肥満や生活習慣病のリスクが高まるため、どのようにしたら女性のやせを予防して、次世代の健康を底上げできるのかを考え、取り組んできました」と説明し、特に妊娠前の女性への健康介入の必要性を強調しました。
ラブテリが全国の主要都市で開催している、主に働く女性を対象にした「保健室」では、参加者に食事調査を実施するとともに体組成やヘモグロビン値、骨密度などを測定し、その結果に基づいて、管理栄養士からアドバイスを行い、食習慣、生活習慣の改善へとつなげています。ラブテリの調査によると、働く女性の36%が朝食を欠食しており、その影響で1日の摂取エネルギーと栄養素(特にたんぱく質、鉄、カルシウム、亜鉛など)が不足してしまい、やせを助長させていると指摘します。また、残業が多い女性ほど、飲酒の量や脂っこい食事が増え、朝食欠食率が高まる傾向があるといい、「働く女性の中には、見た目はスリムでも体脂肪率が高い"隠れ肥満体型"の方が少なくありません」という細川さんの指摘に、会場の管理栄養士・栄養士は深くうなずいていました。
このように、参加者が測定し、学びながら"気づき"が得られるイベントを開催して働く女性のデータを集め、その調査結果をエリア別にまとめて健康課題を顕在化させた「働き女子白書」として公表しています。また、イベント参加後も参加者が生活習慣を改善し続けられるように、女子栄養大学と協力して健康習慣をチェックできる「保健室オリジナル手帳」を開発して配布したり、コンビニエンスストアや飲食店と連携して働く女性がとりいれやすいお弁当やメニューを開発したりするなど、社会的な動きにつなげています。
「女性の社会進出によって、朝食の欠食による栄養不足だけでなく、運動不足や睡眠不足が生じて、不定愁訴を感じる女性が少なくないのはとても残念なこと。女性が仕事によって健康を損なわないような社会をつくり、不妊症の予防や、次世代の健康につなげていきたいです」という細川さんの抱負に、会場から多くの拍手が送られました。
行政や医療の手が届きにくい地域在住高齢者に
「栄養パトロール」を実施
愛知県の認定栄養ケア・ステーション 杉浦医院/地域ケアステーション はらぺこスパイスを運営する管理栄養士の奥村圭子さんは、健康の社会的処方による低栄養予防「栄養パトロール」事業の取り組みが評価され、受賞となりました。
現在、はらぺこスパイスは管理栄養士13人で活動しています。2015年から三重県津市と愛知県大府市で、行政側からの「住民の低栄養やフレイルを予防したい」という声を受け、共にスタートしました。今では愛知県常滑市の食生活課題のある地域や被災地の復興公営住宅などにも活動の場を広げています。
「訪問してみると、低栄養状態どころか、すでに口から食べることが難しい状況の方もいます」と奥村さんは冒頭で話し、在宅への訪問栄養指導の潜在的な需要の高さを語りました。
訪問先では、入院や要介護状態を防ぐために、市の健康診断や医療受診の有無を問わず地域在住高齢者を対象にMNAⓇ-SF(簡易栄養状態評価表)を使用して栄養状態のスクリーニングやその他客観的評価、さらに本人の将来の希望とライフスタイルを聞き出して、「セルフ栄養ケアプラン」を一緒に考えていきます。たとえば、「今の生活を続けたい」、「子どもにだけは迷惑をかけたくない」という将来の希望があれば、長期目標として健康的な生活を続けることを掲げ、短期目標としてフレイルを予防するためにも畑仕事を毎日することや「3食バランスよく、しっかり食べる」を挙げて、健康づくりの実践につなげます。また、栄養課題に対し管理栄養士だけで解決しようとせずに、管理栄養士だけで改善に導けるか、他職種・他機関に依頼するかの判断をし、地域の他職種・他機関との連携を重視しているといいます。
2016年と2017年の栄養パトロールの介入効果について、低栄養リスクを減少させることができたと報告しました。「5年間のさまざまな栄養パトロールの活動を経て、どの地域にも食生活に課題がある高齢者は存在し、医療依存度が高いにもかかわらず病院に行けない人・行かない人、社会的に孤立した人、つまり社会的処方の必要な人が多くいることが分かりました。低栄養リスクのある高齢者も3~4割ほど存在します。食の支援をするためには、それぞれの暮らしの背景を理解したうえで、根拠をもって専門職や専門機関につなげる必要性を感じますが、栄養パトロールを管理栄養士など専門職だけで実施するには限界があります。今後は"セルフ栄養ケア"の支援を広げていくことが大事だと考えています」
奥村さんの発表に対し、会場からは「行政とはどのような流れで依頼を受けて連携を始めたのか?」という質問があがりました。奥村さんは、「地域診断等による食生活課題を行政専門職から教えて頂き、そのうえで外部の管理栄養士は何ができるかを具体的に示したことで、行政側と連携ができました」と答え、管理栄養士・栄養士の潜在的なニーズを掘り起こして活動の幅を広げていくには、時に自らの専門性のアピールも必要であることを伝えました。
診療報酬の改定につなげた
回復期リハビリテーション病棟での栄養管理
長崎リハビリテーション病院の管理栄養士、西岡心大さんは、2018年の診療報酬改定の際に評価された「回復期リハビリテーション病院における管理栄養士の参画による効果および管理栄養士病棟配置の推進への貢献」が、受賞の決め手となりました。
回復期リハビリテーション病棟は、約20年前の2000年の診療報酬で創設された、比較的新しい病棟です。脳血管疾患や大腿骨の骨折、頭部の外傷などの病気やケガで急性期を脱しても、まだ医学的、心理的なサポートが必要な患者に対して、決められた期間内に集中的なリハビリテーション(リハ)を行い、ADL(日常生活動作)を向上させて心身ともに回復した状態で自宅に退院できるようにすることを目的としています。しかし、2018年春まで、管理栄養士による栄養管理の有無については診療報酬上で評価されていませんでした。
西岡さんが2012年に全国9施設の回復期リハ病棟を調査した研究では、入棟患者のうち64%に栄養障害が認められました。リハを行うことによって患者の運動量や活動量が増加するにもかかわらず、適切な栄養管理がなされていない可能性が浮き彫りになりました。このような状況のなかで、西岡さんが勤務する長崎リハビリテーション病院では、開院した2008年から、他職種と同様に管理栄養士を病棟に専属で配置して、栄養ケアを提供しています。「栄養ケアがリハの効果やADLの向上に寄与するものと考えてきました」と、西岡さんは話します。
入院当初から管理栄養士がリハ計画作成に参画し、栄養ケアを提供することで、低栄養患者のうち91%が栄養状態を改善でき、栄養状態の改善度が高いほどADLの向上の指標も高値を示したという論文も発表しています。このような成果が注目され、2018年診療報酬改定においては「回復期リハ病棟入院料1では、当該病棟に専任の常勤管理栄養士が1名以上配置されていることが望ましい(努力義務)」となり、管理栄養士がリハ実施計画書の作成に参画し、計画に基づいて栄養状態を定期的に評価し、計画を見直したりすることが要件化されました。
西岡さんは以降も、回復期リハ病棟に管理栄養士を配置する意義や栄養ケアの効果について継続的に検証し、論文にまとめることを続けています。取り組みの結果(アウトカム)を論文にして、公に明らかにすることは、現在の管理栄養士・栄養士に求められている使命の一つです。西岡さんは、「全国の回復期リハ病棟で管理栄養士が配置されて栄養ケアを提供できるように、この受賞を励みにして検証を続けていきたい」と、さらなる意気込みを語りました。
以上3名の発表からわかるように、栄養障害の二重負荷は、管理栄養士・栄養士が在籍している病院内にも、管理栄養士・栄養士の手がようやく届き始めている地域や在宅にも、そして若い世代がイキイキと働いているはずの職場にも発生していることが明らかです。
すべての管理栄養士・栄養士の身近なところに、栄養障害の二重負荷の対象となる人が存在しています。ということは、どの管理栄養士・栄養士も、栄養障害の二重負荷を解決へと導くことができる、と言えるのではないでしょうか。