【緊急特集】災害に備えた体制の構築と人材育成(前編)
2024/01/18
このたびの令和6年能登半島地震により、亡くなられた方々に謹んでお悔やみを申し上げますとともに、被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
日本栄養士会では、令和6年能登半島地震の発災にともない、2024年1月2日(火)より日本栄養士会災害支援チーム「JDA-DAT」の先遣隊が現地へ入り、支援活動を行っています。ここでは、日本栄養士会が取り組む災害支援をよりよくご理解いただくために、『日本栄養士会雑誌』2022年11月号に掲載された特集「災害に備えた体制の構築と人材育成」を掲載。全2回の特集記事でご紹介します。
写真は、令和6年能登半島地震での活動から。被災者の栄養問題の解決にあたることはもちろん、現地スタッフの一員として物資の運搬なども担う。
災害支援への取り組み ~今後の体制強化に向けて~
公益社団法人日本栄養士会は、2011年3月11日に発生した東日本大震災をきっかけに、大規模自然災害発生時に被災地での栄養・食生活支援活動を行うために「日本栄養士会災害支援チーム(JDA-DAT;The Japan Dietetic Association Assistance Team)」を設立した。
JDA-DATは、日本栄養士会が育成する「JDA-DATリーダー」(以下、リーダー)と、都道府県栄養士会が育成する「JDA-DATスタッフ」(以下、スタッフ)で構成されている。毎年のように発生する地震や豪雨等の自然災害に対して、全国の都道府県栄養士会の協力のもと各地から災害支援チームが派遣され、栄養・食生活支援活動を実施してきた(表1)。さらに、日本栄養士会は2022年7月1日より災害対策事業部を創設し、JDA-DATに係る事業を掌理することで更なる体制の強化を図っている(図1)。
表1 JDA-DATこれまでの主な災害支援活動
図1 JDA-DATの活動例
JDA-DATの設立以来、「平成27年(2015年)9月関東・東北豪雨」において茨城県常総市への支援チーム派遣を皮切りに、「平成28年(2016年)熊本地震」、西日本を中心に全国的に広い範囲で記録的な大雨となった「平成30年(2018年)7月豪雨」等、栄養・食生活支援を実施してきたが、令和に入ると豪雨や台風等による自然災害の発生状況は、局地的であり頻回であることに加え、新型コロナウイルス感染症のまん延防止による移動制限により、全国各地からの人的支援の展開が困難になる等、災害支援のあり方については新たな局面を迎えている。
このような状況を踏まえつつ、JDA-DATのこれまでの成果と今後の取り組みについてについて報告する。
被災地支援活動に欠かせない人材育成
JDA-DATは、日本国内外で大規模な地震、台風等の自然災害が発生した場合に、被災者の自立と心身の健康維持を目的とした支援活動を行っている。これらの活動を行うためには、迅速に被災地の医療・福祉・行政の栄養部門等と協力して、緊急栄養補給物資等の支援ならびに多種多様な状況に適切に対応できる専門的知識と技術の習得が必要となるため、人材育成は欠かせない。
各都道府県栄養士会においては、被災地支援に必要な基本的な知識と技術を身に付けたスタッフの育成を、日本栄養士会においてはこれらスタッフの中から、さらに高度な知識と技術を身に付けたリーダーを、講義と演習を交えた研修の開催によって毎年育成している。2011年度の「第1回リーダー育成研修」から2021年度まで11回の育成研修を開催するとともに、2016年度からは「リーダースキルアップ研修」を同時開催してきた。
第10回および第11回リーダー育成研修は、コロナ禍の影響によりオンライン開催となったが、パッククッキングの調理実習や、オンラインのグループワークによるケースメソッド方式の演習等を取り入れ、絶やすことなく人材育成を続けている。また、オンライン開催の利点を活かし、普段は研修会に参加することの少ない各都道府県栄養士会会長にもオブザーバーとして参加をお願いし、研修に参加した会員とともに災害対策・被災地支援について意見を交わすことで、各都道府県栄養士会の組織体制について見つめ直す機会にもなった。
各都道府県栄養士会によるスタッフ育成と日本栄養士会によるリーダー育成の継続により、2022年4月現在、全国に約4,500名のJDA-DATメンバーが活動している。
災害時の活動と平時の活動
特殊栄養食品ステーションの設置
これまでの被災地支援においてJDA-DATの活動のひとつとして実施してきたのは、食に関する要配慮者※1(高齢者、妊産婦、乳幼児、食物アレルギー患者、慢性疾患患者等)への栄養・食生活支援である。その中で、「特殊栄養食品ステーション」の設置は、大変重要な役割を占めている。
被災地では、国からの災害時の物資支援(プッシュ型支援※2)による物資に加え、県の備蓄、企業からの支援等により多くの物資が搬送される。特殊栄養食品ステーションは、被災自治体との協力のもと、これらの支援物資の中から「一般食品」と「特殊栄養食品」を区別して、特殊栄養食品のみを管理し、必要とする要配慮者のもとへピンポイントで届ける取り組みである(図2)。
図2 「平成28年熊本地震」における特殊栄養食品ステーションの取り組み
*1 特殊栄養食品:母乳代替食品(粉ミルク、液体ミルク)、離乳食、低たんぱく質食品、アレルゲン除去食品、濃厚流動食(経腸栄養剤)、介護食、えん下困難者用食品、とろみ調整用食品等、管理栄養士が関わり要配慮者等へ提供されることが望ましい食品。
*2 特殊栄養食品ステーション:要配慮者が必要とする特殊栄養食品を提供するために被災地内に設置した拠点。
「平成28年熊本地震」においては、熊本県健康づくり推進課と日本栄養士会が熊本県庁内に特殊栄養食品ステーションを共同設置、また、御船保健所と阿蘇保健所には特殊栄養食品ステーションサテライトを設置した。
不足する食品は日本栄養士会を通じて、賛助会員企業やアレルギー関連団体から調達することにより運営し、必要な食品を必要な要配慮者に届ける役割を果たした。
特殊栄養食品の備蓄推進
日本栄養士会の2020年度事業として、各都道府県栄養士会に特殊栄養食品を送付した。これは、各都道府県における備蓄の推進を図ることで、支援物資が届くまでの急性期においても特殊栄養食品ステーションを設置し、要配慮者への対応ができるよう機動性の強化を目指した取り組みである。
2022年3月に厚生労働省は『アレルギー疾患対策の推進に関する基本的な指針』の一部を改正し、災害時の避難所等における食物アレルギー疾患を有する被災者への対応に関する指針を明記した。これにより、要配慮者であるアレルギー疾患を有する被災者への支援ニーズが今後一層高まることを見据え、自治体との協力のもと、アレルゲン除去食品を含む特殊栄養食品の備蓄推進が必要である。
JDA-DAT号(緊急災害支援車両)の配備
被災地への緊急支援物資の運搬、特殊栄養食品ステーションから避難所等への特殊栄養食品の配送に機動力を発揮するのが「JDA-DAT号(緊急災害支援車両)」である。日本栄養士会の名誉会員である河村和子氏からの寄付による「河村号」、賛助会員であるトーアス株式会社の寄付による「トーアスⅠ号」、「トーアスⅡ号」、「指揮車両(JDA-DAT Command Post Vehicle号)」の4台が、これまでの災害において被災地に赴き、JDA-DAT号としての役割を果たしてきた。また、指揮車両はガソリン満タン状態で、一般家庭10日分の電力をまかなえる発電能力を持った車両、プラグインハイブリッドカー(Plug-in Hybrid Electrical Vehicle;PHEV)であり、災害発生直後のライフライン途絶時であってもいち早く現地に向かい、指揮車両としての役割と緊急時の電源供給の役割を果たす。これらの車両に加え、2022年3月には「トーアスⅢ号」が、6月には「ニュートリション・エデュケーション・カー」が、いずれもトーアス株式会社の寄付により緊急災害支援車両に仲間入りして、合計6台が全国各地に分散配備(図3)され、災害時にはさらなる機動性の向上が期待されている。なお、新たな車両の導入に伴い九州に初めてJDA-DAT号が配備された。
図3 JDA-DAT号(緊急災害支援車両)所在地MAP
これらの車両は災害時のみに活躍するのではなく、平時においては全国で開催される防災啓発イベント等でも活用されている。河村号、トーアスⅠ号はキッチンボックス搭載車となっており、簡易シンク、家庭用カセット式ガスコンロ、電気式ポット、電磁調理器、電気式真空調理機器、炊飯器等の調理機器と、調理に必要な最低限の器具も搭載している。イベントでは災害時に有効な調理法であるパッククッキングの実演を屋外で行うこと等が、参加者の防災意識の啓発のために役立っている。
新たなコンセプトの緊急災害支援車両が始動
6台目となる緊急災害支援車両として2022年6月にデビューしたニュートリション・エデュケーション・カー(図4)は、戦後、日本の栄養改善を目的として1954年頃に活躍したキッチンカー(栄養指導車)を現代に蘇らせたもので、車内での簡易な調理が可能な設備に加え、体組成計や血圧計、非接触体温計等を搭載しており、栄養指導ができる機能をも兼ね備えた新たなコンセプトの緊急災害支援車両である。災害時には緊急災害支援車両としての役割を果たすとともに、平時には地域の栄養ケアを担う「動く栄養ケア・ステーション」としての活用が期待されている。2021年12月の『東京栄養サミット2021』のサブイベントでは、モデル車が展示され多くの来場者の注目を集めた。
図4 ニュートリション・エデュケーション・カー
「赤ちゃん防災プロジェクト」の推進
2018年11月19日、JDA-DATが主体となり、災害時の乳幼児支援を目的とした「赤ちゃん防災プロジェクト~JAPAN PROTECT BABY IN DISASTER PROJECT~」を発足した。災害時の乳幼児の栄養確保と保護の観点から、授乳婦や乳幼児に対する避難所の環境整備および、乳児用調製粉乳(粉ミルク)や乳児用調製液状乳(液体ミルク)などの母乳代替食品の備蓄、提供を目的とし、関係機関・団体等との連携のもと推進している。災害時には特殊栄養食品ステーションを通じた母乳代替食品の搬送や提供を行い、平時には各地域における災害対策活動において母乳代替食品の備蓄推奨を行っている。
プロジェクトの一環として、2020年には『災害時に乳幼児を守るための栄養ハンドブック』1)を作成し、自治体等を通じた周知や配布を行っている。
また、2019年より国内でも販売が開始された液体ミルクの自治体や施設、家庭におけるローリングストックに役立ててもらうため、2021年5月に『〈赤ちゃん防災プロジェクト〉乳児用液体ミルクを用いたレシピ集』2)を公開した。これは、各都道府県栄養士会の栄養ケア・ステーション、認定栄養ケア・ステーションから乳児用液体ミルクを用いたレシピを募集することで集まった、管理栄養士・栄養士のアイデアいっぱいのオリジナルレシピ105点をまとめたものである。
更なる体制強化に向けて
『災害時の栄養・食生活支援ガイド』
JDA-DAT10年の活動の集大成として、これまで作成してきたマニュアルと実際の栄養・食生活支援の経験や各都道府県で活動するリーダーやスタッフからの助言等から、日本栄養士会のJDA-DAT運営委員が中心となり、『災害時の栄養・食生活支援ガイド』3)を作成、2022年9月に公開した。
ガイドは、災害時の栄養・食生活支援の必要性とJDA-DATの基本事項を示した「総論」、災害時の活動と平時の備えを項目ごとに区分し、これまでの支援活動の成果や課題を踏まえ、日本栄養士会・都道府県栄養士会・JDA-DATが担うべき役割や実際に活動する際の着眼点等を整理した「各論」、ガイドに基づく栄養・食生活支援活動の行動手順を記載したアクションカード、避難所状況調査票等の各種様式、被災者や関係者に配布するリーフレット等啓発資料をまとめた「資料編」の3部構成となっている。資料編のアクションカードは、災害対策本部の立ち上げから支援活動の終了・撤収までを網羅した完全版となっている。災害が発生した場合に、日本栄養士会・都道府県栄養士会・JDA-DATが、速やかに栄養・食生活支援活動を行うためのツールとして、またさらなるスタッフ育成や体制整備の推進に向け、本ガイドを有効に活用いただくことを期待する。
誰一人取り残さない災害支援
2022年7月22日、厚生労働省から各都道府県知事に発出された『大規模災害時の保健医療福祉活動に係る体制の整備について』において、保健医療活動チームの1つとしてJDA-DATが追加された。同文書は、各都道府県における大規模災害時の保健医療福祉活動に係る体制の整備に当たっての留意事項を示すものである。この通知により、各都道府県自治体からの支援要請が迅速に行われることが予想されるとともに、保健医療活動チームとしての責任もより重大となるであろう。今後も「誰一人取り残さない災害時の栄養・食生活支援」の実現に向けて取り組みを続けていきたい。
用語解説
※1 要配慮者:2013年の『災害対策基本法』の改正に伴い、災害発生時における要配慮者は「高齢者、障害者、乳幼児その他の特に配慮を要する者」と定義された。なお、内閣府の『福祉避難所の確保・運営ガイドライン』において、「その他の特に配慮を要する者」は「妊産婦、傷病者、内部障害者、難病患者等が想定される」と記載されており、農林水産省の『要配慮者のための災害時に備えた食品ストックガイド』では、「乳幼児、妊産婦、高齢者、食べる機能が弱くなった方、慢性疾患の方、食物アレルギーの方」とされている。
※2 プッシュ型支援:発災当初において、被災自治体からの具体的な要請を待たずに必要不可欠と見込まれる物資(被災者の命と生活環境に不可欠な必需品)を、国が調達し被災地に緊急輸送するもの。東日本大震災等の経験・教訓から2012年に『災害対策基本法』を改正、「平成28年熊本地震」において初めて実施。
文献
1)公益社団法人日本栄養士会災害支援チーム(JDA-DAT):災害時に乳幼児を守るための栄養ハンドブック
2)公益社団法人日本栄養士会災害支援チーム(JDA-DAT):〈赤ちゃん防災プロジェクト〉乳児用液体ミルクを用いたレシピ集
3)公益社団法人日本栄養士会災害支援チーム(JDA-DAT):災害時の栄養・食生活支援ガイド
出典:『日本栄養士会雑誌』第65巻第11号(2022年11月1日発行)特集「災害に備えた体制の構築と人材育成」
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