福祉事業における管理栄養士の心得
キーワードは多職種連携と研修会!?
2016/06/30
トップランナーたちの仕事の中身#004
市川庸子さん(管理栄養士/介護支援専門員)
10年前は、神奈川県の病院で治療食の調理や給食管理を行っていたという市川庸子さん。現在、勤務している「特別養護老人ホーム 金沢弁天園」のオープンを機に地元である茨城県に戻り、現場での活躍はもちろん、福祉事業部の難易度の高い研修会や国の事業にも参加し、事業部のなかでも次世代エースとして期待が寄せられています。
市川さんが勤めている「特別養護老人ホーム 金沢弁天園」は、茨城県日立市の南部に位置し、冬でも過ごしやすく、夏は太平洋からの海風が気持ちよく拭き抜ける温暖な気候に恵まれています。入居定員が12ユニット100名で、ショートステイやデイサービス、地域包括支援センター、居宅介護支援事業所、託児所が併設されており、近くにはグループホームもあります。
"その人らしい生活を継続するため"の多職種連携の必要性
開設オープンから従事している市川さんに当時の話を聞いてみると、「全てが一からだったので本当に大変でした。栄養ケア・マネジメント業務以外に、厨房器具や食器の選定、食事の提供の仕方など、やる事がたくさんあったので......、胃腸炎にもなりました(笑)。そんな中、近隣施設スタッフや他職種スタッフ、施設利用者からの意見と協力もあり、コミュニケーションの大切さを知ることができました」と、笑みをこぼしながら、こう話し続けてくれました。「施設で最期まで過ごしたいと希望される入居者が増えたこともあり、平成23年6月より看取り介護を導入しました。現在は、平均介護度も平成18年3月開設時の"3.4"から"4.1"と重度化が進んでいます。また、平成27年12月より重度者の受け入れによる日常生活継続支援も開始しました。重度化しても、その人らしい生活を継続するために、「低栄養」や「疾病」などの重症化に陥らないよう、食事提供には個別対応が求められます。そのためには多職種連携が必要不可欠であると感じています」。では、食事面で直面している主な問題はどんなものなのでしょうか? 「①咀嚼力の低下などの摂食 ②誤嚥などの嚥下 ③多くなりつつある認知症 が挙げられます。特に、認知症は食事と認識できずに口を開かない、食べたことを忘れてご飯をもらっていないと怒る、毒が入っているなどの不信感による食事拒否、昼夜逆転などによる食事中の傾眠などがあります。他には、④嗜好 ⑤麻痺などの身体機能 ⑥うつなどの精神面等と問題は多くあります。また、終末期は徐々に食事が食べられなくなってきますので、状態に合わせ対応していく必要があります。このように、様々な問題に直面するのですが、食事面からどのように支援していくか、他の職種やご家族と相談しながら施設での食事内容を検討しています」。
「食事に関する多職種での検討の場は3種類あります」と話す市川さん。1つ目は、管理栄養士、看護師、介護スタッフの代表者が出席する月1回開催の栄養管理委員会。2つ目は、ケアマネジャー開催の会議。施設長をはじめ、ご家族や関係職種が出席する、サービス担当者会議や看取りカンファレンスがあります。3つ目は、"問題のある時に適宜話し合う"です。状態の変化や急変も多い高齢者が利用する福祉の現場だからこそ、関係スタッフとの報告・連絡・相談による対応を日々重ねながら、施設利用者にとってのより良いケアを目指しているのです。また、「医療面に関しては、嘱託医やナース、本人の嗜好についてはご家族から、普段の生活の情報はユニットリーダーや介護スタッフ、ケアマネジャーから、入居時や病院からの退院時の情報は生活相談員から、食事の提供方法については厨房から助言をもらっています」。と、各々の専門の角度からの意見をヒアリングして検討することも少なくないと言います。
施設利用者に食事の楽しみと季節感を感じてもらうため、各月ごとに誕生日食と季節の行事食を計画。
管理栄養士としてプラスになる中堅者研修
高齢化が急速で進んでいる中、在宅療養者・居宅要介護者の増加に伴い、在宅者への栄養ケアの必要性が増大することが予想される昨今。栄養指導を受ける機会のなかった在宅での療養者や要介護者に、適切な栄養・食事面での支援を行ない、低栄養、生活習慣病の重症化予防等を目的とした「栄養ケア活動支援整備事業(厚生労働省補助)」に、平成26、27年に参加したという市川さん。「簡易型自記式食事歴法質問票(BDHQ)を使用し、栄養指導を受ける機会のなかったクリニックの患者や通所サービス利用者に栄養食事指導を行いました。初めは自分に出来るか不安だったのですが、管理栄養士が介入することで、食事への意識が変化したり、行動変容が見られたりして、指導3ヶ月後の結果が改善された方もいらっしゃり手応えを感じることができました。指導の留意点としては、個人の食習慣や生活習慣に合わせた指導であること。改善すべき点が複数であった場合は優先順位や重要度を考えること。具体的な提案は、対象者と一緒に考え、より行動し易く、大きく改善できる内容とすること。注意点としては、一部の食事内容が変わると栄養素摂取量やエネルギー産生栄養素バランスも変わるため、食事内容の変化による栄養素の過不足があるかを確認することが大切だと思います。エビデンスに基づいた指導をするため、「日本人の食事摂取基準」や「疾病ガイドライン」などを理解しながら提案を考える......、それらを完璧に習得することは大変難しいと感じていますが、対象者のお役に立てるよう継続した勉強が必要だと思っています」。
福祉事業部の中堅者研修では、各自の食事アセスメントの個人結果帳票を用いた食習慣指導法をグループワークで行い、ロールプレイで発表し、受講生同士が質問・討議することで、対象者の食べ方に合わせた食習慣指導を習得できることやこの機会にしか得られない他者の考え方も多いそう。前述にある「日本人の食事摂取基準」の監修者である東京大学大学院・教授の佐々木敏先生、管理栄養士の教育ツール「TNT-D」(日本栄養士会)のアドバイザーを担当した武庫川女子大学・教授の雨海照祥先生が質問・討議に加わり、アドバイスしてくださるという貴重な体験ができることにおいても、「非常に贅沢な研修会だと思います」と話す市川さんの体験談には、ポジティブな意見や大変さを示唆する言葉もありました。
「福祉栄養士は施設に管理栄養士が一人ということも多いので、他の都道府県の管理栄養士とグループになり、交流が持てることも良い機会になると思います。業務時に自信を持って発言することが増え、今後、何を勉強すべきかということも示してくれるので、管理栄養士としてプラスになることが多い研修会だと思っています。ただ、楽な研修会ではないので、申し込むのには勇気が必要です(笑)」。
昨年10周年を迎え、今年11年目となる「特別養護老人ホーム 金沢弁天園」。「視野とネットワークを広げて、情報収集と経験を積んでほしい」と語る施設長の想いを胸に海外研修(オーストラリア)を控えている市川さんに、今後の展望について聞いてみました。「個々の状態に合わせた質の高い栄養ケア・マネジメントが実施できる管理栄養士であることを目指し、エビデンスに基づいた栄養の知識やコミュニケーション能力等を習得するため、自己研鑽を重ね、施設利用者や地域社会へ貢献できるように、自分自身も成長して行けたらと思っています」。国内に留まらず、海外へ飛び出して勉強と経験を重ねる市川さんの挑戦は、これからも続きます。
プロフィール:
管理栄養士。介護支援専門員。病院での給食管理を経て、平成18年3月より特別養護老人ホーム『金沢弁天園』勤務。