285人の園児たちの生きる力を育む
夢は30年先の日本の健康を創造すること
2016/10/19
トップランナーたちの仕事の中身#005
吉島佳那子さん(川崎市こども未来局子育て推進部運営管理課平間乳児保育園)
園庭から明るい陽ざしが差し込む保育室に給食が運ばれてくると、子どもたちが「やっと来た~」とおもわず笑顔になって、もじもじそわそわ。0歳児クラス、1歳児クラスに始まり5歳児クラスまで、6つの保育室を管理栄養士の吉島佳那子さんがまわっていきます。「きょうは卵焼きがあってうれしいな」、「ねえねえ、どれが、赤(たんぱく質)?」と、子どもたちが吉島さんに話しかけてきます。「あの子は今日も食べるのが早いけれど、朝ご飯をしっかり食べてきたのかな?」。吉島さんは子どもたちの声かけにニコニコと頷きながらも、一人ひとりに目を配ります。
献立作成から保護者へのフィードバックまで
保育園栄養士のPDCAサイクル
吉島さんは自身の保育園、小学校時代に給食がとてもおいしくて、「私も給食のメニューを作る人になりたい!」という純粋な気持ちを抱き続けて、管理栄養士の道を選びました。大学の講義で川崎市の管理栄養士から食育に力を入れているという話を聞き、試験を受けて川崎市に入庁。新卒から8年間は平保育園に勤務し、離乳食も含めて調理も経験しました。その後、異動で平間乳児保育園・平間保育園へ来て3年目です。現在は、この保育園のほかに、同じ川崎市中原区にある西宮内保育園、ごうじ保育園も兼務しており、4つの園を合わせると担当する園児数は285人に上ります。
幼少期の思いは今も変わらず、吉島さんは食事摂取基準をもとにした献立作成に力を入れています。献立は川崎市の保育園栄養士12名が2人1組で分担して作成し、統一献立となっていますが、それを担当する保育園ごと、クラスごとに、体格差に基づいて調整していきます。さらに、たとえば身体の小さい子には、保育士に「○○ちゃんは7割程度食べられれば十分なので、全部食べなさいと無理強いをしなくて大丈夫です」と伝達しておくなど個別にも対応しています。「こうしたPDCAサイクルは、保育園に栄養士が配置されているからこそ、できることです。私がしっかり見ていかないと」と、吉島さんは子どもたちの喫食状況のチェックに、笑顔のかたわらで目を光らせているのです。
保育園での子どもたちの喫食の様子は、毎月交換している食事ノートで保護者に伝えています。子どものお迎え時に、吉島さんに相談に来るお母さんも数多く、看護師で0歳児クラスの担任をしている鈴木了子さんは「吉島さんは見た目のかわいらしさと違って意外とさっぱりとしていますね(笑)。専門的な立場から『こうしたほうが食べられますよ』とハッキリと言ってくださるので、お母様たちからの信頼も厚いです」と話します。「私が栄養士になった10年前と違い、栄養士も保護者と会い、子どもの育ちを一緒に支えていく存在となってきました。責任も大きく、頑張りどころです」と吉島さんはやりがいを感じています。
保育士、看護師と連携して自分も楽しむことで子どもに伝わる
取材のこの日は、午前中に3~5歳児クラスで「健康集会」の集まりがありました。子どもたちの健康な体づくりを目的として保育士、看護師、栄養士の3つの専門職が連携し、1年間で5回にわたってイベントを行っています。この日のテーマは「うんちと健康」。保育士が巻物を使って快便のための「5つの術」を子どもたちに伝授し、看護師が紙芝居で胃や小腸、大腸の働きを伝えます。吉島さんが担当したのは「1、やさいでせんいの術」。
「やさいでせんいの術は、私が得意なんだよー」と言いながら吉島さんが登場すると、「え、そうなの~!」と驚く子どもたち。
「やさいってわかる?」と吉島さんが尋ねれば、「みどりのでしょ」、「はっぱでしょ!」とさまざまな声が飛んできます。子どもたちが活発に発言しやすいような質問を交えながら、吉島さんはエプロンシアターで食物繊維の働きを教えていきます。
園長の青木洋子さんは、「保育園は保育士だけでなく、用務員さんも含めてあらゆる大人が子どもの育ちにかかわっている場所。担任の保育士が生活習慣の大切さを口を酸っぱくして繰り返し伝えることも大事ですが、栄養士、看護師の専門職と連携してイベントにすることで、子どもたちにその重要性が響きます。最近は生活リズムが整わず、夜寝る時間が遅くて朝に排便をする余裕のない子どもたちが多いことが健康面での課題の1つです。子どもたちの興味をひきやすい"うんち"を題材にして生活リズムの大切さを呼びかけました」と話します。青木園長自ら子どもたちに「4、うんこたいむの術」を伝達するほどの力の入れ具合で、子どもたちはアハハと笑ったり、驚いた声をあげたり、踊ったりしながら45分間集中して聞き入っていました。
栄養士が保育園に常駐する社会をめざして
「楽しい集会で終わらせず、これから子どもたちの毎日の生活に定着させ、保護者の方にもフォローしていくことがより大事なんです」と吉島さん。子どもたちの今の生活習慣をよくすることで、大人になっても、親になっても健康を維持してほしいという長いスパンで考えているのです。
この健康集会は公開保育にしており、今回は区役所やほかの園から保育士、栄養士が見学に来ていました。高齢者施設や事業所などと同様に、保育園も栄養士は一人配置がほとんどのため、栄養士同士の"ヨコ"の連携の大切さを吉島さんは痛感しています。
吉島さんは新卒当時から職場(保育園)に栄養士が1人だったため、栄養士会の研修会に参加したり、地域の自主勉強会に行ったりして、学びの場に積極的に赴いてきました。なかでも、昨年の福祉事業部専門研修会で、ほかの施設の管理栄養士たちとほとんど徹夜にもかかわらず食事摂取基準の活用について活発な意見交換ができたことが得難い経験になったそうです。
吉島さんは「食事摂取基準は勉強すればするほど、おもしろい」と語ります。日本人の食事摂取基準(2015年版)策定検討会のメンバーである佐々木敏先生(東京大学大学院教授)の「日本人幼児の栄養摂取量と健康に関する研究」にも参加し、4人の子どもの3日間の食事内容を調査しました。惣菜のコロッケは保護者と同じスーパーに買いに行き、中身もくまなくチェック。調査に参加したことで、とりわけ子どもたちの塩分の摂りすぎが目に見えて分かったといいます。
「保育園栄養士もエビデンスに基づいて意見を述べることが不可欠です。子どもたちの食の問題はご両親も気がついていませんし、保育園の中だけの課題ではありません。私たちの対象は子どもですが、私たちは子どもの20年、30年と将来の健康を作っていくことができます。保育園に栄養士は必ずいるべきだと思うのですが、まだ社会にうまく伝わっていません。私たち保育園栄養士のヨコの連携を強化して、食育の効果をエビデンスをもって発信し、どこの保育園にも栄養士が必置になるように社会を動かしていきたいです」
プロフィール:
平成18(2006)年、川崎市入庁。同年、管理栄養士取得。川崎市こども未来局子育て推進部運営管理課所属。川崎市宮前区の平保育園に8年間勤務し、平成26(2014)年4月に同市中原区の平間乳児保育園に異動。併設された平間保育園と、区内の西宮内保育園、ごうじ保育園も兼務。保育園内にかぎらず、地域の子育て支援に関わり、離乳食講座や健康講座を担当。