医療分野での仕事を論文にまとめるということ
PDCAを回して見えた"在り方"とは?
2016/12/27
トップランナーたちの仕事の中身#008
土井悦子さん(国家公務員共済組合連合会虎の門病院分院栄養部科長)
平成28(2016)年、論文「長期血液透析患者の栄養状態と栄養素等摂取の検討」が日本透析医学会雑誌に採択された土井悦子さん。勤務時間中にはできないデータ収集などのために、休みの日に病院のカルテ保管倉庫に行って、20年以上前の紙カルテをハシゴに登って取り出すところから、論文執筆の1歩が始まったといいます。
土井さんは、大学卒業後から勤務している虎の門病院で、当時栄養部部長だった本田佳子先生(現:女子栄養大学教授)から「年に1回以上は学会発表などをして、管理栄養士の仕事を形に残し、社会へアウトプットするように」と指導を受けてきました。そのため、日本栄養改善学会、日本病態栄養学会、共済医学会、神奈川腎研究会などでこれまで20回以上、臨床栄養管理や給食管理についてまとめ報告してきました。一方で、論文執筆による報告は初めてでした。
「腎センターの諏訪部達也医師に、私が以前に神奈川腎研究会で発表した内容を論文にしたらどうかと勧められ、挑戦することにしました。透析期間が長期になるほど患者さんは慢性的な消耗状態にあり、日常生活動作(ADL)の低下や体調不良で通院が難しくなる方もいます。透析療法の進歩で生存期間が長くなる中で、患者さんの生活の質を維持できるサポート方法を見つけ、報告できればと思いました」
虎の門病院分院では透析期間が20年以上に及ぶ患者が3割近くを占めることから、土井さんは透析導入後の長期生存に重要な要因を検討するため、透析期間が21年以上の長期群、11年以上20年以下の中期群、10年以下の短期群に分けて栄養関連指標を比較。同時に、食物摂取頻度調査票を用いて透析患者の現在の栄養素等の摂取量を一人ずつ聞き出し、「慢性腎臓病の食事療法基準2014年版」と比較、さらに長期透析患者の過去20年間の経年変化も検討しました。
その結果、透析期間が21年以上の長期透析患者は、同年代の透析期間20年以下の透析患者に劣らない栄養状態を維持していること、食事療法基準に不足のない食事を摂取していることが明らかになり、透析導入後の長期生存にはBMIを一定に保つことが重要な要因の1つであると導き出しました。
「学会発表でもそうですが、自分で様々な情報を収集・集計し、そこから結論を導き出すことで、これまでの経験による感覚的なものが、根拠に基づいて自信を持って伝えられる情報になります。論文を完成させることができたときの達成感は、今後の自分の仕事のパワーになってくれると思います」
自らの専門分野を探求しながら、後輩管理栄養士を育てていく
病院管理栄養士として18年目の土井さん。厨房での大量調理、食品管理、献立作成などの給食管理業務から個人・集団栄養指導を経験したうえで、6年目より血液内科、肝臓科、腎センター、健康管理センター(人間ドック・特定保健指導)など、800床を超える総合病院勤務だからこそ多様な科を担当してきました。「これまで特定の領域を専門的に深く学び、自分の得意とする分野を持たないことに劣等感をいだくこともありました」と言います。
平成22(2010)年からは、神奈川県川崎市にある虎の門病院分院に異動し、栄養部の科長として責任者を務めています。腎センターへの関わりが多くなったことをきっかけとして、昨年、日本病態栄養学会と日本栄養士会とで認定する「腎臓病病態栄養専門管理栄養士」を取得しました。これからは腎臓病患者の栄養管理のエキスパートになれるよう、研究者としての視点ももって業務に携わりたいと考えています。その一方で、今は「色々な業務に携わってきたことこそが自分の"強み"と言えるのかもしれない」と感じています。
「腎臓病病態栄養専門管理栄養士制度の準備に関わらせていただいた際に、全国各地の同世代の管理栄養士と話す機会があり、同じような立場にいる管理栄養士は、似たような悩みを抱いていることがわかりました。自分が特定の領域を探求することも大事だけれど、後輩を育てるという視点に立って考えると、様々な分野について知り、幅広い視野を持つ必要もあると気づきました」
虎の門病院は本院が868床のベッド数を有し給食管理業務を直営で行っているため、管理栄養士が10名以上であるのに対し、分院は300床で食事提供を全面委託していることもあり、病院雇用の管理栄養士は2人のみです。「分院は本院の3分の1の規模で、アットホームな感じがあり、どの部署の方とも日常的にコミュニケーションがとれるのが良い環境なのですが、その半面、栄養士1人が担う業務が広範囲に及びます」
給食管理業務は委託しているものの、献立、食材、調理、盛付け、配膳、下膳が適切か確認しなければなりません。機器類の故障対応や各業者とのやりとり、労務管理、書類の作成・処理など、管理栄養士としてというよりも、責任者としての業務の比重も大きいのです。部下にあたる後輩と土井さんの2人が、コミュニケーションをとって互いの状況を理解し、チームワークが良いと上手く仕事が進みます。「大所帯の本院でも、小規模の分院でも、栄養部全体として管理栄養士、栄養士、調理師、他スタッフの皆がモチベーションを高く仕事を続けるためにはどうしたらよいのか、方向性を考える力をつけていきたいです」
管理栄養士の私と話したいことは何か、患者さんの思いを知ることが大切
現在の管理栄養士業務では、腎センターの回診、リハビリテーション病棟と透析室のカンファレンスに参加するほか、栄養相談に多くの時間を費やしています。糖尿病、腎臓病、肝臓病、消化器術後、腎移植後、がん、摂食嚥下障害など患者さんの疾患も症状もさまざまです。長く管理栄養士を続けてきたからこそ、土井さんは「栄養相談で自分の無力感を味わうことも多いのです」と話します。
「食事療法を頑張ってきてもその甲斐なく透析を導入せざるを得ない方もいますし、高齢者では、厳しい食事療法を課すよりも生活の質(QOL)を最大限に守るためにすべきことはないか?と思い悩むことの連続です。だからこそ、栄養相談の時間は患者さんを主人公にして、患者さんが管理栄養士の私と何を話したいのかを感じながら、その思いをくみ取って話をするように心がけています」
治療としての食事となると、患者さんにとってはそれだけで苦手意識をもったり食べづらいと感じたりするものです。医師から処方された指示栄養量と患者さんの「食」への思いとをマッチングさせて具体的な方法を提案でき、それが患者さんの生活の一部として実践されていくときに、「良い仕事ができた!」と土井さんは喜べるのだそうです。
幼少期から児童会の役員をしたり、部活動の卓球部では県大会に出場したり、大学では学園祭実行委員会に所属したりと、行動的で努力家だった土井さん。管理栄養士であり栄養部科長である今は、患者さんを主役にし、後輩を後押ししながら、その存在感を発揮しています。
プロフィール:
平成10(1998)年、女子栄養大学栄養学部栄養学科実践栄養学専攻卒業。国家公務員共済組合連合会虎の門病院勤務。厨房での大量調理、献立作成、集団・個人栄養指導、血液内科での造血幹細胞移植患者の栄養管理、肝臓科・腎センターのカンファレンス参加、人間ドッグでの特定保健指導等を担当し、2008年より科長。2010年11月より虎の門病院分院栄養部勤務。2015年、腎臓病病態栄養専門管理栄養士取得。