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地元食材を生かした病院給食へ。患者も生産者も笑顔にする地産地消の姿

トップランナーたちの仕事の中身#068

粟村三枝さん(水清会グループ医療法人緑十字会笠岡中央病院栄養科科長、管理栄養士)

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 「地産地消」という言葉はすでに耳慣れたものになっています。その土地の食材を、その地域の人たちが率先して食べることで、より新鮮なものが食べられる、農畜水産業にかかわる地元の生産者を応援することができる、その土地特有の伝統的な食文化を守ることにつながる-など、たくさんのメリットが挙げられます。
 岡山県笠岡市で、患者だけでなく生産者も笑顔にする地産地消に取り組む管理栄養士が粟村三枝さんです。

「もっとおいしい食事を提供したい」が原点

 2012年に岡山県が定めた介護老人保健施設条例では、食事の提供について「介護老人保健施設では、地域で生産された旬の食材を活用し、季節、行事等に応じた食事を提供するよう努めなければならない」と記載されました。また、2013年からは「自分たちの住む地域で作られたものを、その地域で消費しよう」を合言葉に、地産地消県民運動が開始されました。
 
 岡山県にある笠岡中央病院では、県の地産地消県民運動をスタートしたのを機に、地元・笠岡市で生産されている食材を病院食で提供できるように、同僚の管理栄養士たちと取り組みを始めました。
 粟村さんたち笠岡中央病院栄養科が取り組む地産地消の強みは、「岡山県産」ではなく「笠岡市産」にこだわること。
 取り組みを始めた頃に、岡山県産の黄ニラ(光を遮断してニラを育てて収穫後に太陽に当てることで鮮やかな黄色になる)を使った料理を病院食で提供したところ、「これは何?」と患者さんたちの反応が薄かったことがありました。岡山県内の東部と西部では、食文化や生産物が多少異なるところがあり、笠岡中央病院が位置する広島県寄りの西部では、東部が主産地の黄ニラを食べたことがある人がほとんどいなかったためです。
「地産地消は県内のものなら何でも良いわけではないと痛感しました。患者さんに喜んで食べてもらわなければ意味がありません」
 取り組みを始めて10年ほどになる今では、米と卵は笠岡市産のものを常時使用し、ほかの食材もできるかぎり岡山県産、そして国産に切り替えています。さらに月1回は、笠岡市産の食材を可能な限り使う「地産地消御膳」も提供しています。笠岡市産の食材使用割合は10年かけて9割以上にもなりました。近年はコロナ禍の影響もあり使用割合が下がりましたが、それでも7割以上が笠岡市産の食材です。
 地産地消御膳では、市内のどの地域の誰が作ったものなのかを示す写真やイラスト、コメントを入れた地図を患者さんに配り、「○○さんの野菜かぁ!」や「この辺には親戚が住んでいるんだ」などと、食事の時間に盛り上がるそう。そのおかげで残菜率が減少、すなわち喫食率が上がり、地産地消だけでなく栄養管理にも貢献するという効果も見えています。

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自然豊かな日本を守るために

 粟村さんの地産地消の取り組みの一歩目は、地元の笠岡市でどんな食材が生産されているのかを調べることでした。笠岡市は瀬戸内海に面しており、離島が7つもあることから、農産物に限らず水産物も豊富です。海に近い干拓地では畜産業が盛んで、肉類や牛乳も手に入ります。市内には製麺加工所もあり、中華麺やうどんといった麺類も調達できます。
「調べてみるまで、市内でこれほど食材が豊富に生産されているとは知りませんでした」と、粟村さんは振り返ります。地産地消の取り組みを始める以前は、給食業務を委託している給食会社のカタログから食材を選んでいたからです。
 調べたその後は、同僚の管理栄養士たちと生産者や業者を訪ねることにしました。直接連絡を取って訪問・見学をさせてもらったところもあれば、笠岡市が主催する市民向けの生産者訪問ツアーに申し込んで参加することもありました。
 実際に生産者を訪問することで、畑で育てているさつまいもがイノシシの被害に遭ったり、台風の影響で作物が傷んでしまったり、船を出せなかったりして、献立の予定どおりに収穫・確保できないことを目の当たりにし、生産現場の人たちへの感謝が増したと粟村さんは言います。
 病院食で笠岡市産の食材をできる限り使いたいと思ったのは、患者さんや同法人の施設を利用する高齢者の人たちにおいしい給食を提供したいという思いと同時に、病院でも地元の食材を使って恩返しをしたいという思い、そして、市内で食材を消費することで環境への負荷を減らしたいという思いがありました。
「管理栄養士・栄養士は食のプロとして、環境にも配慮し、自然豊かな日本を守ることにも尽くす必要があると考えています。SDGsに関心をもった管理栄養士・栄養士が増えることを願っています」

生産者と調理担当の負担も少なく

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 粟村さんはこうも語ります。「地産地消活動は1人では成り立ちません。一緒に取り組んでくれる、給食会社の皆さん、生産者さん、病院内外で協力してくださる皆さんに、常に感謝の気持ちを伝えるようにしています」
 地元の生産者へ訪問した際に「その野菜を今度うちの病院に納品してください」と依頼しても、即OKというわけではありませんでした。kg単位で発注されても箱単位でしか渡せない、病院に個別に配達する時間がないなど、生産者にも初めてのことには戸惑いがあったのです。
 また、笠岡中央病院では、給食の調理業務は給食会社に委託していますが、重量が明確でカット済みのすぐに調理が可能だった輸入食材からの変更は大きさの揃わない地元の野菜を計量し、皮をむいたり、あく抜きをしたりという手間がかかるようになり、業務の負担が増えてしまいます。
 粟村さんは、生産者の負担や心配に対しては直売所を通すようにしたり、調理スタッフには負担が重い下処理が必要な食材は1日の献立で重複しないようにしたりして、相手の意見を聞き、双方にとってちょうどよい解決策を模索してきました。
 市内で作られているスイスチャードや、青パパイヤなど、病院給食ではほとんど見かけない食材も、管理栄養士たちで試作を繰り返して、患者さんが食べやすい形状や味付けにするなどの工夫を重ねてきました。
 さらに、輸入品から国産のものに切り替えることで食材費のコストが高くなるのではないかという懸念事項には、規格外のものを安く仕入れるようにして、社会的に課題となっている食品ロスの削減にも貢献するようにしました。

 粟村さんは、「生産者と給食現場をつなぐコーディネーター」が必要だと訴えます。
 笠岡中央病院栄養科でも、農林水産省の地産地消推進事業の1つである「地産地消コーディネーター派遣事業」を依頼して同院に来てもらい、専門的な視点からアドバイスをもらって、ここまで進めてきました。また、市内の生産者とのつながりを広げ、深めていく際には、市役所農政担当の職員にもとてもお世話になったといいます。
 現在では粟村さんも農林水産省の「地産地消コーディネーター」に任命されており、同院の「地産地消御膳」の見学・試食を受け入れたり、講演や現地指導を任されたりしています。遠くは、鹿児島県や新潟県からの訪問もあり、「病院の給食でここまでできるのか!」という驚きの声が上がるそうです。
 病院の地産地消の取り組みは、粟村さんたち自身でマスコミに情報提供をして、テレビや地元の新聞などに取り上げてもらってきました。また、病院内にも給食の料理写真や生産者の顔写真を掲示しているため、外来の患者さんからは「私たちは食べられなくて残念。入院するようになったら、ここがいいわ〜」という声もちらほら......。
 笠岡市内での食の循環は、笑顔の循環にもつながっています。

プロフィール:
2005年川崎医療福祉大学医療技術学部臨床栄養学科卒業、同年に医療法人緑十字会笠岡中央病院に入職し、外来栄養指導や入院患者の栄養管理に従事。
2011年に静脈経腸栄養(TNT-D)管理栄養士の認定を取得。2013年から地産地消の推進に取り組む。2019年農林水産省地産地消コーディネーター派遣事業の専門家に登録され、研修会の講師を担当。管理栄養士。公益社団法人岡山県栄養士会所属。

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