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外交官として赴任したフィンランドの環境・健康・子育ての取り組みを伝える管理栄養士

トップランナーたちの仕事の中身#069

染井順一郎さん(一般社団法人味の教室協会代表理事、管理栄養士)

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 2021年12月に開催された「東京栄養サミット2021」では、SDGsの達成に向けて栄養不良を撲滅することが唱えられ、持続可能な食環境を世界規模で構築することが求められています。環境の先進国と言えば北欧のフィンランドですが、全国の管理栄養士・栄養士の中に、かつて外交官としてフィンランドに赴任していた人がいます。現在は、京都市を中心に子ども達向けの食育活動をしている染井順一郎さんです。

フィンランドを支える健康政策と高い健康意識

 「フィンランドは人口550万人ほどの比較的小さい国です。南部に位置する首都ヘルシンキでも北緯60度で北海道より緯度が高く、森林と湖の多い国だということは皆さんもご存知でしょう。ヘルシンキの街でも森は近くにあり、秋になると長い冬の食料を得るために、皆で森に入ってベリー類やキノコを収穫し、保存食にしています。フィンランドの人たちは生きていくために森と森の実りを大切にしているのです。また世界一の水質と言われる湖は、サウナ後に飛び込む水が汚れたら嫌、という生活感覚が、国民全体の共通認識となっています。これらの肌感覚に基づく理解が、フィンランドを環境先進国としています。」
 染井さんは、国家公務員として26年間勤めた後に、早期退職をして、管理栄養士を養成する専門学校に進学。卒業と同時に管理栄養士国家試験に合格して、50歳を過ぎてから管理栄養士となった異色のキャリアの持ち主です。

 在フィンランド日本国大使館の一等書記官として勤務していたのは、国家公務員時代の1995年から1998年。当時はその後に自分が管理栄養士になることは想像すらしていなかったそうなのですが、フィンランドの健康政策や人々の健康意識にはとても感心させられると言います。
 その1つとして染井さんが挙げるのが、加工食品のパッケージに印刷された[ハートマーク]。患者団体と公的機関が共同で企画し、栄養バランス等の一定基準を満たす加工食品にマークが付与されるもので、全国に広まっています。ハートマークのロゴには、"PAREMPI VALINTA"と"BÄTTRE VAL"と書かれていて、フィンランド語・スウェーデン語でそれぞれ『より良い選択』という意味を示しています。
「ハートマークの付いたライ麦パンと、マークの無いライ麦パンが売られていたら、栄養バランスなどの基準が満たされているのはハートマークのあるライ麦パンだということが一目でわかるようになっています。フィンランドをはじめ北欧諸国は社会福祉制度が手厚いことで有名ですが、この制度を維持するために政府や企業、民間団体がより良い医療サービスや予防的な取り組みを常に模索し、実施しています。」
 ハートマークの付いた商品は国内だけでなく、EU諸国などの国外にも輸出されているものもあります。健康に配慮していると一目でわかる商品は、他国の人たちにも選ばれるようになり、輸出によって国が潤うことにもつながっているのです。

自分の考えを伝えられるようにする食育

20230425_2.jpeg北海道フィンランド協会での食育講演の様子(2023年2月開催) 

 染井さんは国家公務員として北海道開発庁、農林水産省、外務省、国土交通省で26年間働いた後に管理栄養士になりました。管理栄養士の道を進んだきっかけについて、「子どものころから食料の生産に興味を持ち、国家公務員として制度作りやその運用に関わってきました。その経験を積むうちに、食料を作り出すだけでなく、人びとにしっかり食べてもらうところまで関わりたいと思うようになりました」と語る染井さん。
 管理栄養士となり京都市内の医療機関で働き始めてからも、赴任時の経験と人脈を糧に、フィンランドを何度となく訪問してきました。「フィンランドは1970年代に開始した北カレリアプロジェクトで食生活の改善で心臓病疾患が激減することを示し、1990年代の糖尿病予防研究は日本の特定保健指導のモデルとなる等、食と健康の先進国でもあります。また、世界で初めて子どもたちへの給食を無償化した国でもあるのです。良い給食は未来への投資であると考えられています。そして子どもたちへの食育が、日本とは随分異なる方法で驚きました」
 フィンランドは共働き夫婦がほとんどのため、幼児の多くが幼稚園で長い時間を過ごしています。幼稚園の多くで実施されているのが『サペレメソッド』という食体験です。サペレとは、ラテン語で知る、味わうを意味する言葉です。子どもたちが食材に直に触れたり、においを嗅いだり、ちぎってみたりして、五感を使いながら食材・食品を知り、さらに子どもたちが感じたことを言葉にして表現する取り組みです。
 「フィンランドで教えてもらった食育は、子どもたちに食材に触れさせて、その感想を引き出すというもので、食材に自分ならではの興味・関心を持たせることで、食べる意欲を湧かせていくというやり方でした」
 食材に触れたり、味わったりした後の子どもたちの感想には、どれ1つ間違いはなく、「どうしてそう思ったのか?」までを自分の口で説明し、大人がそれを尊重することが大切です。子どもたちそれぞれに感想を述べさせるのを第一とするのは、フィンランドならではの教育だと染井さんは言います。比較的小さな国だからこそ、人々がそれぞれにコミュニケーションをとり、相手の意見を尊重していかなければ、孤立やいじめが起きやすく、国がまとまりにくくなってしまうという危機感が人々にあるからです。
 フィンランドでこの食育を主導してきたのが、栄養士で現在は国家栄養審議会の事務総長を務めるアルヤ・ルーティカイネンさん。今では国全体での取り組みにまで拡大深化させました。

食から健康と喜びを得るための食育を

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 染井さんはアルヤさんからサペレメソッドを教わり、その後、一般社団法人味の教室協会という団体を立ち上げて、京都市内を中心に幼稚園や保育園で実践活動を行っています。
 子どもたちに人気なのは、魚を使ったプログラム。子どもたちが普段あまり触れることのない魚を教材に使います。ある日は、北海道の漁師から直送されたマダラを子どもたちに見せ、「海の深い暗いところで泳いでいるから、ギョロッと目を開いて一生懸命に泳いでいるんだよ」と伝えます。会場の電気を消して暗くし、子どもたち自身もよく見ようとして目が大きく開くことを体感してもらうこともあります。
 子どもたちにはタラの口に指を入れて尖った歯や舌先の感触を確かめたり、ウロコを取ったり、ハサミでお腹を開けて、内臓を取り出したり骨を観察したりすることも体験してもらいます。集中し始めた子どもたちは「こわい!」とは言わなくなり、真剣そのもの。自分でさばいた魚には愛着を感じるようになり、「魚の目を持って帰って、お母さんに見せてあげてたい!」と言い出したり、「ぼく、骨を集めているからみんなちょうだい!」と呼びかける子や、卒園式で「将来はお魚屋さんになりたい」と発言する子も出てきます。
「この子はこんなことに熱中するんだと、今まで気がつかなかった子どもたちの感性が見えるようになるようで、先生たちの子どもへの声かけや寄り添い方など、全体的に保育の質が上がると言ってくださる園長先生もいます」と食育から始まる波及効果に手ごたえを感じています。

 染井さんは、子どもたちの五感を使った食育を食から健康と喜びを得るためのスキルを育む手法として活用していきたいと考え、現在は、京都医療センターの予防医学研究室に研究員としての籍を置き、食育実践活動の効果を論文や書籍にまとめることにも力を入れています。
「日本ではどの地域も保育園の利用率が急増しており、保護者も保育者もどちらも多忙です。その弊害として、子どもたちの食べる力を育む食育が手薄になっているという危機感があります。私たち管理栄養士・栄養士が率先してこの分野を担い、食を通じた健康と喜びを提供できる人材になりましょう!」と、同業の仲間たちに呼びかけます。
 国家公務員から管理栄養士に転向して、10年ほどの染井さん。これまでのキャリアとそこで蓄積されてきた人脈や幅広い視野が、日本のこれからの食育のあり方をも広げていってくれそうです。

プロフィール:
千葉大学園芸学部卒業後、国家公務員として勤務。2013年京都栄養医療専門学校管理栄養士科卒業、管理栄養士、栄養教諭を取得。同年より公益財団法人京都健康管理研究会中央診療所で栄養指導外来を担当、理事歴任。2014年食と健康の地域づくり研究会を立ち上げ、食育活動開始。2018年一般社団法人味の教室 協会を設立。2018年より独立行政法人国立病院機構京都医療センター臨床研究センター予防医学研究室研究員。公益社団法人京都府栄養士会所属。

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