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ここに住む人びとは皆「オナカマ」地域で広がる仲間の輪

トップランナーたちの仕事の中身#071

時岡奈穂子さん(特定非営利活動法人はみんぐ南河内/機能強化型認定栄養ケア・ステーションからふる責任者、管理栄養士)

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 わが国では、将来、在宅医療者・居宅要介護者が増加し、栄養ケアサービスの需要も増大することが予想されています。厚生労働省では、在宅療養者に対する適切な栄養管理に基づく配食サービスを普及・推進していく仕組みづくりが重要であるとしており、栄養ケアの体制整備に向けた「栄養ケア活動支援整備事業」を実施しています。
 公益社団法人日本栄養士会では同事業として、管理栄養士・栄養士による健康支援型配食サービスの拡充事業の推進に向け、2019年、2022年の2回にわたり、栄養ケア・ステーションを主体とした事業の展開を行いました。

■令和4年度栄養ケア活動支援整備事業「栄養ケア・ステーションにおける健康支援型配食サービスを軸とした、地域共生社会に資する食環境づくり推進のための栄養ケア活動ガイド」」はこちら

 大阪府羽曳野市にある認定栄養ケア・ステーションにおいて健康支援型配食サービスを利用した食育講座を実施しているのが、今回ご紹介するトップランナー、機能強化型認定栄養ケア・ステーションからふるの責任者を務める管理栄養士の時岡奈穂子さんです。

「オナカマ」で広がる仲間の輪

 「同じ釜の飯を食う」とは、他人同士でも食事や生活を共にして苦楽を味わった親しい間柄を指す言葉です。管理栄養士の時岡奈穂子さんが責任者を務める機能強化型認定栄養ケア・ステーションからふるでは、"同じ釜" を略した「オナカマ食堂」のネーミングで、地域で暮らす高齢者を対象にした食育講座を開催しています。同じ地域で暮らす仲間たちで集まって、同じ釜の飯を食べようというわけです。
 食育講座であるとともに、高齢者の介護予防事業の1つでもあり、認定栄養ケア・ステーションからふるで自主開催をするほかに、大阪府の富田林市と河内長野市の介護予防事業としての開催も担当しています。
「人類学者の山極寿一先生の本を読んで、誰かと一緒に食べることはとても大事だと痛感しています。"共食"をしない理由は何もないと、オナカマ食堂を立ち上げました」と話す時岡さん。

 オナカマ食堂に集まった人たちが食べる「同じ釜の飯」は、厚生労働省が定めた「地域高齢者等の健康支援を推進する配食事業の栄養管理に関するガイドライン」に準じて配食サービス事業者が作ったお弁当。地域の保健所が作成した配食サービス事業者の一覧から、時岡さんたちからふるの管理栄養士が選んでいます。
 参加した高齢女性に「私にはこのお弁当は量が多いわぁ」と言われれば、時岡さんは「いつもそんなに少食なの? 前と比べて体重が減ってきていませんか? もし体重が減っていたら栄養が足りていないということなので、食事の量をもう少し増やしたほうがいいですね」と、健康管理をうながします。
 「味が薄くて口に合わない」と不満を言われれば、「健康を維持する基準に沿って作られているから、お弁当は悪くないのよ」と、時岡さんは冗談交じりに返します。コロナ禍ということもあって、皆と一緒には食べずに「お弁当を持ち帰りたい」という要望もあります。
「ときどき配食サービスのお弁当を食べることで、その日1日を元気に過ごせたり、自身の食事の偏りに気づくこともできますから、持ち帰ったとしても共食の効果はあると思います」
 オナカマ食堂では、ガイドラインに沿ったお弁当を配って食べてもらうだけでなく、食事の前にはレクリエーションや健康チェックなどもしながら楽しいひとときを作りだし、地域に「同じ釜の飯を食う」仲間の輪を広げているのです。

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地域の "親切" を配るフードパントリー

 「オナカマ食べようプロジェクト」も時岡さんが発案した地域を支援するイベントです。
 「コロナ禍の一斉休校で急に給食を食べる機会がなくなってしまい、食事が不安定になった子どもたちがいるという話を聞きました。同じように、給食がない夏休みのあとには体重が減っている子どもたちがいるというのも新聞やニュースでよく目にする話です。地域のみんなが食べていけるように、地域の店舗や組織と連携して、フードパントリーを始めました」
 フードパントリーは、企業や団体、農家からの寄付や、各家庭で食べずに残っている食品を集めて、食事に困っている人たちに無償で配布する取り組みです。
  
 現在も年に2〜3回の頻度で開催しているフードパントリーには、時岡さんたち管理栄養士だけでなく、看護師やケアマネジャーの専門職にも参加してもらい、参加者の中に医療や介護、生活の支援が必要そうだと思われれば適切な支援につなげるようにしています。また、ボランティアには学生も集め、この取り組みが地域に末長く根づくようにしています。
「ちょっとした親切は、本来であれば家族や近所の人たちの間で"お互いさま"でできればいいと思うのですが、核家族化やコロナ禍もあって、身近な人たちとのつながりも希薄になりつつあります。フードパントリーには、家庭で余った食材を使ってもらえてありがたいと言う人もいます。地域の栄養支援というには足りませんが、地域の親切を配ることはできていると思います」

 オナカマ食べようプロジェクトでは、地域の店舗と協力して食品の開発も手がけています。南河内地域の伝統料理である「あかねこもち」。小麦粉ともち米で作られた餅に砂糖を混ぜたきな粉をまぶしたもので、田植えが終わった感謝と豊作への祈りが込められていますが、糖尿病で血糖コントロールをしている人の中にはあかねこもちを食べたくても我慢をしている人がいます。
 時岡さんは在宅訪問栄養指導などの場面で、こうした食事の制限を強いられている人たちとかかわることもしばしばです。そこで、地域の和菓子店に話を持ちかけて、材料に発芽玄米を使用してもらい、食物繊維も多く摂取できるあかねこもちを開発したのです。その後、日持ちのするお菓子も欲しいという要望を受けて、おからサブレーも完成させました。
「管理栄養士が代わりになるお菓子を作っても意味がありません。地域の馴染みの店舗で売られている商品が食べられるからこそ、患者さんには喜ばれます。管理栄養士は、患者さんや高齢者たちの思いを地域につなげることもできるのです」
 地域の中に栄養支援をしている人や企業、すなわち「栄養資源」を増やすこと。自分たちだけ、仲間内だけで栄養支援の活動を留めずに、その輪を徐々にそして次々に地域の中で広げていくことが、時岡さんの手腕なのです。

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支援の「旬」を大切に

 時岡さんが管理栄養士として大切にしているのは、「常にプロフェッショナルとして自信が持てるように努力し続けること」、そして「業務には真摯に向き合うこと」。業務である在宅訪問栄養指導や上記のような地域の栄養支援をこなしていくのに必要なのは、まじめさとともに"明るさ" だと言います。生まれも育ちも大阪の時岡さんのまわりには、確かに朗らかな笑いがいつもあふれています。
 しかし、時岡さんにも管理栄養士として悩んだ時期がありました。在宅訪問栄養指導をメインの業務とする前には、地域の高齢者の生活課題を知るために管理栄養士の資格を持ちながらもホームヘルパーとして支援をしていました。
「老老介護で大変な状況で、限られた時間を好きに過ごしたいというお年寄りの方に、管理栄養士が介入してより良い食事をと課題や負担を増やしてしまうことには意味があるのか...と悩みすぎていた時期もありました」と振り返ります。
 それでも在宅訪問をして高齢者の生活支援だけでなく、食事や栄養の支援を続けていくなかで、「これを食べてもいいよ」、「大丈夫ですよ」と前向きな言葉をかけることができるのも、「おいしいね」と笑顔になってもらえるのも、食事の話ができる管理栄養士だからこそと実感できるようになったといいます。
「在宅や地域での栄養支援の場面では、その人が必要な栄養素と量を食材に置き換えて、身体や摂食機能に合わせた料理に展開し、支援する人にも負担が少なく調達や調理ができ、それを継続できるかどうかを、一瞬で考えて提案することが望まれます。『あとで調べて電話します』では、専門職として不安を与えてしまうことになります。望んでおられることをすぐに返せるように、支援の"旬"を大切にしています」

プロフィール:
社会人経験を経て1997年に大手前栄養文化学院に入学、1999年に栄養士、2002年に管理栄養士取得。2002年社会福祉法人ふれあい共生会食事サービス科に就職し、特別養護老人ホームでの栄養管理に従事。2014年任意団体はみんぐ南河内を設立、2016年には特定非営利活動法人となり、2019年に法人内に認定栄養ケア・ステーションからふるを立ち上げ、現在は機能強化型認定栄養ケア・ステーションとして活動。修士(生活科学)、在宅栄養専門管理栄養士。公益社団法人大阪府栄養士会所属。

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