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離島でただ1人の管理栄養士として 業務の枠を超えて地域に貢献

トップランナーたちの仕事の中身#091

今井亮太さん(社会福祉法人島寿会特別養護老人ホーム姫ヶ浜荘、管理栄養士)

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 高齢化率65%以上の島しょ部の特別養護老人ホームで施設利用者の栄養ケア・マネジメントを行いながら地域福祉にもアイデアと実行力を生かして貢献している今井亮太さん。島という特殊な環境下での工夫や困難の乗り越え方について伺いました。

悪天候、災害時への備えが必須

 管理栄養士の今井亮太さんが勤める特別養護老人ホーム姫ヶ浜荘(以下、姫ヶ浜荘)は、愛媛県松山市の高浜港から高速船で約30分、怱忽那諸島の1 つである中島にあります。中島は近年過疎化と高齢化率が65~67%と高く、かつて15,000人以上いた人口は現在3,000人ほどに減少しています。
 今井さんは、前職では、松山市内の病院の管理栄養士として急性期の患者への栄養管理業務にあたっており、医療職域から福祉職域への転職は、「いろいろな職域を経験して管理栄養士としての幅を広げたい」という気持ちからだったといいます。姫ヶ浜荘に勤めて3年半。松山市の自宅から、毎朝、船での通勤を続けていますが、運航数が限られているうえ悪天候や濃霧、災害の影響で運航が止まることも珍しくありません。
 「施設では、昼食と夕食は給食委託業者を頼んでいますが、朝は船の運航時間の関係で調理員が準備時間に間に合いません。そのため朝食は私が献立作成、食材の発注を行い、調理と配食は当直の施設スタッフが担当している状況です。不慣れなスタッフに負担がかからないように、できるだけ調理工程が少ない献立にしています。また、濃霧で船の運航が止まって私が出勤できない際は、電話で当直スタッフに指示を出して昼食、夕食の食事提供をしてもらうこともあります」

 姫ヶ浜荘は地域の住人の避難所にもなっているため、災害時に避難者に提供する備蓄食の管理も今井さんの仕事です。「前任者が退職してから、私が着任するまでの1年間は管理栄養士が不在だったため、備蓄食はほとんどない状態でした。通常業務の傍ら防災食について調べ、レトルト食品やアルファ米等を備蓄するようにしましたが、どのくらいの量を用意しておけばよいか等、試行錯誤の連続でした」
 台風が多発する季節はさらに負担が増します。「天気予報をチェックして台風が上陸する2 日前から施設に泊まり込み、委託業者に代わって入居者への食事提供に備えます。島で初めて台風を経験したときは島全体が閉鎖され、完全に孤立した状態を身をもって知り、心身ともに本当にきついものがありました。若い自分でさえそうなのですから島の独居高齢者は、さらにつらいと思います。非常時のよりどころとして役目を果たせるように防災にも気を配っていきたいと思います」

" 手づくりおやつレク" での学び

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 「姫ヶ浜荘の食事はクックチルを利用しています。これは食材入手が不安定なことが理由です。調理済み食品を急速冷凍しているため、揚げ物や焼き物は特有の香ばしさや食感とは相違があり、利用者から『これは揚げ物じゃない』と言われることも少なくありません」利用者にできたてのおいしさを味わってもらいたいという思いから始めたのが、手づくりのおやつを楽しんでもらう"手づくりおやつレク"です。
 「現在、週に1~2回の頻度で行っています。業務の隙間時間を利用しておやつをつくりますが、手のあいているスタッフがサポートしてくれるのでとても助かっています。"手づくりおやつレク"では、作業のできる利用者にはカップケーキに仕上げの生クリームを絞ってもらう、かしわ餅にあんこをはさむ等のレクリエーション性を持たせるようにしています。普段の食事の不満を解消するため揚げたての芋天やお好み焼き等も出していますが、甘くないおやつも大人気です」
 しかし、悔いが残る経験もしました。「少し焦げたパンケーキを妥協して提供してしまったことがありました。利用者のおひとりから『少し苦いね』と指摘をいただいた直後、病状が急変して亡くなられてしまい、焦げたパンケーキがその方の最後の食事になったことにいたたまれなくなりました。それ以降は、納得のいくものしか提供しないと心に決め、実行しています」

 一方で、予想を超えたうれしい変化もありました。「私を見かける度に『おやつをありがとう。またお願いね』と利用者に言われるようになり、認知症のある利用者の方に"おやつの人"として覚えてもらえました。管理栄養士というと緊張して『先生』と呼んで身構える利用者が多く、垣根をなくしたいと考えていた矢先の変化でした。これをきっかけに白衣の着用をやめ、普段着で仕事をすることにし、親しみやすく心を開いてもらえるように心がけています」

地域の高齢者ケア、地産地消の試み

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 今井さんは2 年前から姫ヶ浜荘のみならず、地域の高齢者へのケアにも取り組んでいます。「上司から地域にも目を向けてほしいという声掛けがきっかけでした。あらためて島の様子を観察すると施設外でも出会うのは高齢者ばかり、徘徊している人も多く、1 軒あるスーパーマーケットは営業時間が短く不便です。独居の高齢者も多く、小売店で買い物は菓子パンや即席めん、レトルト食品が中心なのが分かりました」と振り返ります。
 姫ヶ浜荘の利用者は約120人。管理栄養士1人では手一杯の仕事量だが「島の人口の減少による慢性的な人手不足等、中島の将来を考えると少しずつでもやれることをやって食い止めなければならない」と地域の仕事を引き受けました。今井さんが企画立案したのが"地産地消の食事イベント"だった。
「当初は栄養の話を盛り込んだ内容で企画し、チラシを配って募集しましたが、なんと参加者はゼロ。そこで『地域の食材を使った温かい食事を食べる』という内容に変更し、地域の集まりに顔を出して告知したところ、参加者が10人ほど集まるようになりました。こだわったのは"温かい食事"の無料提供です。普段、おなかを満たすだけの食事になりがちな高齢者に『食事っておいしいな』と思い出してもらいたかったからです」
 今井さんは、コロナ禍以来、高齢者と若い世代の交流が途絶えたことを危惧しています。「姫ヶ浜荘の業務が忙しいため、食事イベントは年に2回の開催が精いっぱいです。しかし、高齢者にとっては、イベントを手伝ってくれる施設スタッフと会って話すだけでも張り合いになると思います。高齢者のよりどころとなるように長く続けていくことが重要だと思っています」

 食事イベントの他、地産地消の1 つとして島の小売店との取引を始めています。「姫ヶ浜荘で使う食材は、これまで島外から船便で送ってもらっていましたが、中島の商店からの納品に切り替えました。これまで前日や当日に喫食数の変更があっても、すでに出荷されていてキャンセルできず、食材を無駄にすることが多くありました。島の小売店なら融通が利きますし、食品を多種類で少量ずつ選ぶことができるので、利用者の満足度も上がりました」
 今井さん自身が施設の外に出向き、地域ケアの宣伝や関係機関への働きかけを行って新しいつながりを増やすことで介護支援専門員に向けた研修講演を依頼されたり、地域高齢者の栄養に関する情報を提供してもらえるようになったりと、地域における今井さんの存在感は確実に広がっています。

 「島という環境のため、医療との連携が取りづらいですが、今後は病態別の食事の提供を実現したいですし、普段の食事で1 品は手づくりにしたいと考えています。一方で、管理栄養士として心境の変化もあります。管理栄養士としてスキルを身に着け、高めることは絶対に必要です。しかし、前職の病院で求められていた病態に合わせた栄養管理だけでなく、人が最後までおいしく楽しく食事を取ることへのケアも管理栄養士の大切な仕事なのではないかと思うようになりました。島という環境にいることを生かして、食事を通して人や地域がつながるきっかけとなる管理栄養士を目指していきます。

プロフィール:
2014年美作大学生活学部食物学科卒業。卒業後、病院の管理栄養士としての勤務を経て、2020年から社会福祉法人島寿会特別養護老人ホーム姫ヶ浜荘に勤務。愛媛県栄養士会所属。2023年度から愛媛県栄養士会福祉事業部部長を務める。

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