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教育者、研究者として、未来を担う人と情報を生み出す

トップランナーたちの仕事の中身#093

今井絵理さん(滋賀県立大学人間文化学部生活栄養学科、管理栄養士)

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 滋賀県立大学で教育者として、基礎力と応用力を併せ持つ管理栄養士養成に取り組む一方、研究者として高いスキルを持つ統計解析を生かし、地元、滋賀県の健康づくりにエビデンスのある情報を提供する今井絵理さん。現在の仕事と未来への抱負を伺いました。

前職のキャリアを大学の授業に生かす

 管理栄養士の今井絵理さんは、母校である滋賀県立大学の准教授として管理栄養士養成課程の学生に向けた指導と、自身の学術研究にと忙しい日々を送っています。 「大学3年の頃までは、大学を卒業したら病院に就職しようと考えていました。ところが、研究室で大学院生が研究をしている姿を見るにつけ、『カッコイイ!』とあこがれが募り、研究を続けるのも楽しそうだと考えが変わり、大学院進学を決意しました。この決断が今につながっています」と今井さん。
 現在、今井さんは大学2年生に応用栄養学を、3年生に公衆栄養学と栄養疫学論を教えています。「応用栄養学は新生児から高齢者までの幅広い世代における栄養アセスメントを行う科目です。ライフステージ栄養学とも呼ばれ、各ライフステージの健康の保持・増進、生活習慣病の予防、高齢者の低栄養やフレイル予防への栄養アセスメントには、『日本人の食事摂取基準の科学的根拠について十分理解することが必要です。当校では2年生で応用栄養学Ⅰと応用栄養学Ⅱを履修しますが、応用栄養学Ⅰでは『日本人の食事摂取基準』についての講義を15回設け、徹底的に教えます。ここまで時間を割く養成校は珍しいかもしれません」

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 こうした充実したカリキュラムが実現できるのは、今井さんのキャリアも関係しています。
 「大学院を修了後、独立行政法人国立健康・栄養研究所の食事摂取基準研究室で食事摂取基準の調査のとりまとめを担当した後、国民健康・栄養調査研究室で国民健康・栄養調査を担当しました。これらの仕事には集団を対象とした統計解析を行うためのプログラムのスキルが必須でしたが、就職時にはほとんどできませんでした。そこで、わからないことは上司や先輩に聞きながら、独学で修得しました。統計解析を使いこなせるようになったことで、詳細な情報分析が可能になり、研究者としての幅が広がり、今の自分の強みになっていると思います」
 食事摂取基準を深く知る今井さんでも「食事摂取基準を正確に理解して活用するのは非常に難しいこと」だといいます。「例えば食事摂取基準には推定平均必要量(特定の集団に属する人びとの50パーセントが必要量を満たすと推定される1 日の摂取量)や、推奨量〔ある集団の属する人びとのほとんど(97~98パーセント)が1 日の必要量を満たすと推定される1 日の摂取量〕が記載されています。授業では、朝の天気予報を引き合いにして『降水確率50パーセントのとき、傘を持って出かける?』等と問いかけることからはじめて、確率をイメージ化できるよう工夫しています」
 授業終了後は毎回、学生全員にレスポンスシートを提出してもらって授業の理解度を確認します。「分かりやすく説明したつもりでも『よく分からなかった』等、厳しい意見が返ってきてへこむこともあります。ですが、1人の学生も置いてきぼりにしないように工夫を続けていきたいと思います」

主観的健康感と健康行動スコア

 研究者としての今井さんは、滋賀県と連携して地域の健康づくりにも積極的に取り組んでいます。「前職の国立健康・栄養研究所で食事摂取基準策定にあたり、関連する論文をまとめる作業をしました。すると、高齢者の健康づくりをテーマにした論文は世界的に少なく、特に日本で非常に少ないことが分かってきました。日本の実態として、高齢化に伴いサルコペニアやフレイルが増える傾向があることからも高齢者の研究が必要であり、ぜひ取り組みたいと思いました」
 その1つがデータに基づいた滋賀県民の健康寿命延伸の要因を明らかにする研究です。滋賀県は6~7年おきに「滋賀の健康・栄養マップ調査」を実施しており、今井さんは「滋賀の健康・栄養マップ調査」検討会構成員として調査の企画、実施、集計分析に携わる一方、行政と連携して調査や論文作成を行っています。
 「日本の平均寿命は世界トップレベルであり、中でも滋賀県の平均寿命は延伸し続けていて令和4年では男性は82.73年で全国1位、女性は88.26年で全国2位です。要因を探るには食事だけでなく、生活習慣を踏まえた調査が必要だと考え、"健康行動スコア"という調査方法を考案しました」
 "健康行動スコア"は、食事、運動、喫煙、飲酒、睡眠の5 項目の健康行動に関連する要素を考慮してスコア化する。さらに、着目したのが主観的健康感です。

 「この2つを組み合わせて、滋賀県民における主観的健康感と生活習慣要因との関連を明らかにしようと考えました。平成27年度『滋賀の健康・栄養マップ調査』結果を用い、"主観的健康群"と"主観的非健康群"に分けて解析した結果、主観的健康観が良好という回答だと、病気を患っても予後が良く死亡率が低いこと、主観的健康感が悪いと死亡率が高くなる相関性が分かりました。この研究結果によって、主観的健康観が悪いと回答した人には、行政や医療機関を通じて早めにアプローチして、生活習慣・栄養改善等の啓発を行うことで県民の健康づくりに役立てていきたいと思います」
 この他、県民に向けた健康講座や、2021~2022年には滋賀県や滋賀県栄養士会からの要請で行政栄養士の災害時における役割等の講演や演習等を行う等、地域貢献を続けています。
 「具体的で実践で役立つ情報提供を心がけています。災害時における演習では、実際に起きた災害時の行政の対応事例の記録を時系列で検証していく手法を取り、事例ごとに対応の問題点、改善点を話し合いました。すると、参加者自身から、作っておくと良いマニュアルが提案されたり、すでにあるのに利用していなかったマニュアルを思い出したり等、必要なことが具体的になるようです。講演では災害が起きる前にすべきこと、起きた後にすべきことに分けてお話ししたところ好評いただきました」

健康に役立つ人材育成と情報発信を目指す

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 教育者、研究者として今井さんはこれから何を目指すのでしょうか。
 「学生には管理栄養士として必要な知識を丸暗記することがゴールではないことを理解してほしいと思います。栄養ケア・マネジメントにしても正解は1つではなく、対象者や生活環境に適した提案が求められます。教員としては基礎的な知識はしっかりと教育し、あとは学生一人ひとりが自分でロジカルに考える力を身に着けてほしいと思います。また、統計解析に通じた管理栄養士はまだ少数です。管理栄養士として働く現場にはさまざまなデータが存在しています。統計解析ができれば、それらのデータを分析して栄養ケア・マネジメントに取り入れる等、業務のレベルアップが図れるので、ぜひ身に着けてほしいです」

 研究者として、今、取り組んでいるのは「主食、主菜、副菜の食べ方」の研究だといいます。
 「主食、主菜、副菜は日本特有の食事の取り方で、『健康日本21(第三次)』でも推奨されています。しかし、健康への影響を示した論文は少ないのが現状で、調査と論文作成を進めています。同時進行で、たんぱく質のフレイル予防に対する効果についての研究も進めています。どちらの研究も長期的に調査を続けていき、将来的には日本特有の食事の健康効果や、フレイル予防に効果的なたんぱく質の供給源、摂取量等をエビデンスのある情報として明らかにしていくことを目指しています。こうした自分が手掛けた研究が、1人でも多くの人の健康づくりに役立てられる日がくるように、これからも真摯に研究に取り組みたいと思います」

プロフィール:
2011年滋賀県立大学大学院修了後、独立行政法人国立健康・栄養研究所の食事摂取基準研究室、国民健康・栄養調査研究室に勤務。2015年から滋賀県立大学人間文化学部生活栄養学科・食生活専攻 准教授。博士(学術)。滋賀県栄養士会所属。

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