2024年度森川賞、萩原賞受賞者インタビュー
2024/12/02
トップランナーたちの仕事の中身#097、098
佐久川 碧さん(株式会社薬正堂すこやか薬局、管理栄養士)
次田一代さん(香川短期大学生活文化学科食物栄養専攻教授、管理栄養士)
左:佐久川 碧さん 右:次田一代さん
2024年度の森川賞(栄養改善奨励賞)受賞者である佐久川 碧さん、萩原賞(栄養改善功労賞)受賞者の次田一代さんに、受賞の対象となった活動等について伺いました。
薬局の管理栄養士の機動力を生かし、地域の栄養ケアの充実を目指す
佐久川 碧さん
店舗に加え、訪問栄養相談を開始
管理栄養士の佐久川碧さんは、沖縄県で薬局をチェーン展開する株式会社薬正堂で栄養相談業務を担っています。
「栄養相談は自費サービスで行っています。管理栄養士が常駐しているのは5店舗のみですが、地域の皆さまがアクセスの良い店舗で相談できるよう、離島を除く40店舗で事前予約制の栄養相談を実施しています。小児科が近い店舗ではこどもの偏食、内科が近ければ生活習慣病の相談、高齢者の多い地域では食欲不振の相談が増えるというように、さまざまな年代の対象者、病状や悩みの深刻度に対応しなければなりません。管理栄養士としての技量が発揮できる手応えのある職場です」と佐久川さん。
また、薬剤師との協働にも力を入れています。「当薬局では、薬剤師が健康管理や服薬管理のサポートを行う訪問薬剤管理指導を行っています。その中で食事、栄養に課題があるケースが多いという報告をきっかけに、2016 年より管理栄養士が同行し、無料で食事の助言を行うようになりました」
店舗での栄養相談と同様、対象者は幅広くいらっしゃいます。「高齢者のパーキンソン病の方は嚥下機能の低下があり、低栄養が進んでいました。そこで、嚥下機能に適した食形態で栄養価を高める調理法を家族と介護ヘルパーに伝えることと並行して、薬剤師による服薬指導を徹底してもらいました。嚥下動作がスムーズになり、摂取栄養量が増え、貧血や低栄養に改善が見られました」
佐久川さんは慢性期の栄養相談において重要なのは、相談者の背景をくみ取り実現可能・継続可能な目標を設定することと考えています。「食事は知識や嗜好だけではなく、経済力や介護力、調理技術、食物の購入方法、価値観等さまざまな要因の影響を受けます。疾病や栄養面の評価とともにそうした背景を理解することで、より実現しやすい提案につながると思います。特に訪問栄養相談では、本音をいいやすい環境からか、提案に対して『できないよ』といわれることもあります。本音を伺いながらできることを探って提案することで暮らしと食事療法の両立を目指したいと考えています」
一人ひとりに寄り添った栄養相談は評判を呼び、管理栄養士が単独で行う自費サービスによる訪問栄養相談が2019年から開始されました。これは薬局への転職理由の1つが、訪問栄養相談に注力するためだった佐久川さんにとって喜びであり、夢の実現に気が引き締まる出来事でした。一方で、薬局の管理栄養士業務は活動範囲の確立や利用者の周知不足といった課題もあると考えています。
「薬局の管理栄養士への依頼は、『今日、明日の食事をどうしていいか分からない』というような切羽詰まったケースも多く、迅速に対応することを心掛けています。このスピード感は店舗スタッフの協力が得やすく、ある程度業務内容を融通できる薬局ならではです。こうした強みを生かすとともに、薬局の管理栄養士の活動を周知することで、栄養状態が悪化する前に介入できるようにしていきたいです」
認定栄養ケア・ステーションを立ち上げ
佐久川さんは訪問栄養相談だけでなく、認定栄養ケア・ステーション(以下、認定栄養CS)の立ち上げにも着手しました。
「当社は『創造と奉仕』の経営理念を掲げ、患者・地域貢献を目指しています。こうした背景もあり、会社の承認が得られ、2018年9月に責任者として沖縄県内で初めての認定栄養CSを立ち上げました。以来、受託業務として地域密着型特養栄養ケア・マネジメント、保育所献立調整、介護予防講話、行政総合事業における栄養評価等を行っています」
立ち上げ当初は、行政にアポイントを取り、栄養ケアのニーズの聞き取りや管理栄養士の職能をアピールする営業活動を行いました。徐々に口コミで依頼が増え、3年間の間に依頼件数は年間15件から77件、収益は9倍に増え、手応えを感じています。さらに会社の了承を得て、業務時間外に公益社団法人沖縄県栄養士会の活動もスタートさせました。
「2017年から地域ケア個別会議に助言者として参加しています。高齢者が住み慣れた地域で生活していくために必要な自立支援策を、介護支援専門員やリハビリ等各専門職と検討するとともに、地域の課題を洗い出していく会議です。今後も会社の業務と個人の活動のバランスを取りながら、地域のニーズに応える管理栄養士活動を続けていきたいと思います」
地域の適塩活動を通して、管理栄養士・栄養士の養成に尽力
次田一代さん
「弁当の日」から始まった適塩活動
香川短期大学(以下、短期大学)で教鞭をとる次田一代さんは学生、教職員と共に地域住民の健康増進につながる適塩活動を積極的に推進してきました。
「香川県は気候が良く作物が豊富な土地柄ですが、健康状況は糖尿病罹患率が高い等の問題を抱えています。本学は県内で唯一の栄養士養成校であり、健康づくりに役立つ食生活の提案をしたいと考えていました」
まず、次田さんが取り組んだのが「弁当の日」の実施です。「弁当の日」は香川県綾川町立滝宮小学校の竹下和男元校長が発案した食育で、こどもが自分のお弁当を献立づくり、買い出し、調理、弁当箱詰め、片付けまでを自分で行う日を設けるというものです。次田さんは、学生の調理技術の上達や調理の機会を増やすことを目的として2010年から短期大学の講義で、「野菜がとれる」等、健康にまつわるテーマを設定してコロナ禍まで毎年実施しました。
「適塩を『弁当の日』のテーマにしたのは2016年です。きっかけは2014年に公益社団法人香川県栄養士会法人化30周年記念事業での武庫川女子大学国際健康開発研究所の家森幸男所長の講演でした。24時間採尿による調査で自分が食べた食事の1日の塩分とカリウム摂取量が分かるという内容で、ぜひ学生に検査を経験させたいと思いました。家森所長のご厚意でキットを提供いただき、学生と教職員総出で離島を含めた地域住民234人を対象に24 時間採尿調査を実施しました。結果は予想どおり、塩分摂取量が多いというものでした」
そこで、短期大学に来訪できる対象者に、適塩に仕上げたおかずや汁物の試食会を行い、家庭で実践する塩加減の目安としてもらいました。3カ月後に2回目の調査を行うと、塩分摂取量に減少傾向が見られ、適塩おかずでも物足りなさを感じなくなった人が増える結果となりました。
「料理の塩分量を数字で示すことも大切ですが、実際に食べて適塩の味を覚えてもらう効果の大きさを再認識しました。こうした経験から『弁当の日』でも適塩をテーマにし、学生による適塩レシピの考案が始まりました」
「弁当の日」を実施して8年、考案してきた料理は『香川短期大学創立50周年記念レシピ集適塩レシピ&野菜レシピ』として刊行されました。このレシピ集は地域の保健センターや地域住民に配布し、地域住民の健康増進に役立てられています。
学生主導の活動「食を愛でる会」の広がり
次田さんにとって予想外の出来事だったのが2022年、学内同好会「食を愛でる会」の立ち上げでした。「これまで教員主導で進めてきた健康増進活動が、有志の学生2人の申し出で自発的に始まったことが、とてもうれしい」と次田さん。
以後、「食を愛でる会」は「適塩の食事を手軽に、実際に食べてもらう環境をつくる!」をテーマに、地域住民への24時間採尿調査の実施を含め、香川県民の健康課題、野菜の摂取不足、食塩摂取量過多を解決するための活動を進めてきました。活動の1つに地元生産者を訪問し、売り物にならない農産物の調査とそれらを用いた適塩レシピの作成があります。これらのレシピは1食の塩分を2g以下に調整した「適塩ランチ」として学生食堂で販売され、地域住民も喫食できるようにしました。
「月に1~2回、1回80食で実施しました。学生食堂以外に、附属幼稚園の公開保育に出席した保護者に、適塩でおいしく食べられる料理の工夫をまとめたチラシとともに『適塩ランチ』を販売しました。また、地域の『食生活改善推進員(ヘルスメイト)養成講座』の講師として適塩料理教室を行いました」
「食を愛でる会」のメンバーは、これらの活動をSNSで発信する他、「香川県栄養士会県民公開講座」、「香川短期大学大学祭」等で活動内容を展示し、適塩レシピを配付しました。さらに丸亀商工会議所との連携事業として、県内各地のJA産直「ふれあいまつり」に参加し、適塩のお惣菜と適塩レシピの配布を行いました。
「学生にとっては全てが初めての経験で準備は大変でしたが、参加者から『作りやすく参考になる』と好評をいただきました」
次田さんもメンバーも驚いたのが食と健康の関係について研究成果を発表する「第43回世界健康フォーラム」において、24時間採尿による調査が評価され、モナリザ賞を受賞し、翌年の同フォーラムにおいて成果を発表したことです。
「受賞は『食を愛でる会』メンバーの達成感と自信につながったようです。短期大学で学ぶ学生たちには、食生活に困っている人に対して専門職としてのアドバイスができることはもちろんですが、相手の事情をくみ取った上で一緒に改善策を考えられる管理栄養士・栄養士に育ってほしいと思います。そのためにも、生活者として食を楽しむ気持ちを忘れずに、広い視野を育んでほしいです」
佐久川 碧さん プロフィール:
2007年琉球大学教育学部生涯教育課程生涯健康教育コース卒業。配食事業所、沖縄県(保健所・病院)、総合病院、特別養護老人ホームで勤務後、2016年より現職。健康運動指導士、在宅訪問管理栄養士、国際中医薬膳師。沖縄県栄養士会所属。
次田一代さん プロフィール:
昭和女子大学家政学部生活科学科卒業。お茶の水女子大学大学院家政学研究科食物学専攻修士課程修了。1987年瀬戸内短期大学に入職、2006年より現職。一般社団法人全国栄養士養成施設協会協会理事長顕彰、栄養士養成功労者厚生労働大臣表彰。香川県栄養士会所属。