学校給食を教材に、視覚障害のある児童生徒に向けた食生活の自立を支援する
2025/01/06
トップランナーたちの仕事の中身#099
後藤純子さん(京都府立盲学校、管理栄養士)
盲学校の栄養教諭として、児童生徒の卒業後の将来を見据えて"自分でできる力"を身に付ける指導に取り組む後藤純子さん。児童生徒の自立する力と自信を育む、経験と細やかな工夫と配慮が施された指導内容について伺いました。
きめ細かい支援を目指し、盲学校に異動
栄養教諭の後藤さんが勤務する京都府立盲学校は、1878年に設立された日本で最も古い特別支援学校です。現在は幼稚部、小学部、中学部、高等部があり、高等部は普通科と、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師の資格取得に向けた教育を行う理療科等がある。後藤さんの業務は、幼児児童生徒と教職員が一堂に会する食堂での学校給食の給食管理と授業等での食に関する指導が中心です。
「生徒数は33人と少数ですが、校舎の敷地が2カ所に分かれ調理場が2つあるため、給食の準備が始まると自転車で片道8分ほどの距離を行ったり来たりする毎日です」 後藤さんは病院の栄養士としてスタートし、京都府公立学校の学校栄養職員への転身後、管理栄養士・栄養教諭の免許を習得し栄養教諭へ任用替えとなりました。その間も、小学校・中学校・学校給食センター・特別支援学校での勤務等、さまざまなキャリアを積んできました。
「学校勤務を通して個別的な相談指導が必要だと思われる生徒は少なくありませんでした。きめ細かい支援を必要とする場で働きたいと思い、特別支援学校への異動を希望し、京都府立盲学校への赴任が決まりました。当校の生徒は幼稚部から60歳代と年齢が幅広い上、視覚に障害があることから食べることへのさまざまな困難さがあります。また、糖尿病等の疾患を持つ生徒も在学しており、これまでの業務経験と知識が役立っています」
献立だよりが点字学習の教材に
後藤さんは生徒が社会参加の基盤となる自己管理力、食物の安全性を判断する力等を身に付け、将来、自立した生活を送れることを目指し、学級担任と連携して指導に取り組んでいます。こうした中、生きた教材として学校給食を重要視しています。
「生活体験が少なくなりがちであるため食育のテーマを設けた給食を年度ごとに複数設定し、それぞれ月1回の頻度で提供することで、多様な食文化に触れる機会を設けています。本年度は、旬を取り入れることを意識した『季節の行事食』、京都の郷土食や地場食材を取り入れた『ふるさと献立』、食材ロスをなくすことをテーマにした『ろすのん献立』、健康をテーマにした『骨貯金献立』等です。生徒は楽しみにしてくれ食への関心を深めるきっかけにもなっています。2年前からは『本を読むきっかけになってほしい』と図書室の司書の先生に呼びかけ、絵本で描かれている料理を給食で再現する『お話し給食』を月に1回のペースで行っています。当校に蔵書がない本は、点字ボランティアに協力いただき点訳本を用意します」
食に関して、視覚からの情報不足を補うことにも力を入れています。
「『ほんまもん』で学んでほしいという思いから、月に1回、給食で使う野菜、芋、果物等を生で丸ごとの状態で食堂前に展示しています。生徒は自由に触ったり、匂いをかいだりして料理前と後の形状の違いを知る機会となっています。教科として行う食育の授業でも同様に『ほんまもん』に触れる機会を設けていますが、生徒は興味津々で『ざらざらしてる』、『いい匂いがする』等、感 想をいい合って学びを深めます」
給食の食材や料理ばかりでなく、献立だよりは生徒たちが生活に必要な語彙を増やし、点字を学ぶための教材にもなっています。
「視覚に頼らなくても料理のイメージが湧くようにしたいと思い、料理名は『ほうれん草としめじのごまあえ』、『水菜とキャベツのレモンドレッシングサラダ』のように食材と調理法が分かるようにし、一口メモとして1食ごとに料理の由来や食材の特徴等を記してきました。献立だよりを見た教員たちから、『生徒にとって身近な内容であり、楽しく点字を学ぶのにぴったり』という声が上がり、現在は学級の朝の会で献立だよりの内容を読んだり話したりして学習しています。生徒の点字の習得状況に合わせて、作り分けているため、点訳専門の職員に作成を手伝ってもらっています」
教材としての楽しさに加え、学習後に実際に点字で学んだ給食を食べることから、家庭でも保護者と給食を話題にすることが多くなり自然に反復練習ができ、学習効果は上々だといいます。
" 自分でできる"を増やす工夫
「障害があっても、工夫すれば自分でできることがあり、生徒には1つでも多くのことを自分でできるようになってほしい」、「やってみてできないことがあれば、人に手伝いを頼み、しっかりとお礼を伝えるようになってほしい」と後藤さんは考えています。この思いからスタートしたのが給食のごはんと汁物を自分で配食する試みです。
「食堂の中央に配食コーナーを設け、ごはん茶わん、しゃもじ、ごはんを入れたおひつ、汁物を入れた鍋、汁わんを置いておきます。並び順は教員、調理員と一緒に安全で使いやすいように何度も検討して決定しました。生徒が慣れるためには、毎日、決まった位置に置くことが重要です。さらに、配食の順番待ち時の並び方もルール化し、配食時には必ず教員が見守っています」
実施にあたっては弱視の生徒がごはんの白色を認識しやすいように黒色のおひつ、しゃもじ、ごはん茶わんを用意しました。作業中に手が滑らないように、ごはん茶わんと汁わんは表面に何本も突起した横筋が刻まれている滑りにくいものに変え、慣れない作業で失敗しないように配慮しました。
「最初は戸惑っていた生徒がだんだん上手に盛れるようになる姿は頼もしさを感じるほどです。次の人に『お先です』、『ふた開けておきます』といった声掛けをする生徒も見受けられ、自分でやり切る満足感や他者への気遣いを学べているようです。食べるという営みは、自然に身に付けるには人のまねをしていくもので、『ごはんや汁をよそう』もそうですが、『箸で食べる』、『噛んで食べる』という動作もその一例です。視覚障害があると模倣が難しいため、教員が手を添え、言葉がけを繰り返しながら適切な動作を獲得できるよう指導していきます」
食べやすい器選び、盛り付けにも配慮しています。
「料理が判別しやすいように1つの器に料理は1品と決めています。器は料理を捉えやすいように胴は高く、立ち上がりが直角に近いものが基本です。食器の大きさが分かりやすいように縁を濃い色のラインで囲ったデザインを選びました。内側に絵柄があると食べ物が残っていると間違えてしまうことがあるので使用しません。1人分ずつト レーにのせて喫食しますが、ごはん、汁物、おかずの位置を和食の配膳にならってルール化し、家庭でもランチョンマットやお盆の上に同様にのせてもらうように保護者に協力いただいています。この配置に慣れると介助なしでも、器を倒したり、食べ残しをせずに食事ができるようになります」
スキルアップのため、小児栄養分野管理栄養士を取得
後藤さんは昨年、「さまざまな課題を持つ生徒に対応するには、これまでの知識に頼るだけでなく、引き出しを増やしておかなければ」という思いから小児栄養分野管理栄養士を取得しました。
「資格取得のための研修は、最新の情報が学べる専門的な内容で、知識は常にアップデートしていかなければいけないと再認識しました。今後は、インクルーシブ教育が進むことで、地域の学校でも視覚支援の指導方法が求められてくると思います。これまで行ってきた指導内容や成果をまとめるとともに、広く発信していきたいと考えます。これからも多職種との協働を大切にして、管理栄 養士、栄養教諭として努めていきます。」
プロフィール:
1987年京都女子大学短期大学部卒業。大阪医科大学附属病院(現 大阪医科薬科大学病院)、京都府内公立小学校・中学校、学校給食センター、特別支援学校、京都府教育庁(健康安全教育担当指導主事)等で勤務後、現職。京都府栄養士会所属。