集中治療領域の重症患者への早期栄養介入の実践と研究に取り組む
2025/05/01
トップランナーたちの仕事の中身#103
林 衛さん(日本赤十字社愛知医療センター名古屋第一病院医療技術部栄養課、管理栄養士)
集中治療室、救急センターで重症患者への栄養介入を担う林衛さん。栄養学の範囲を超え、医学、看護学の知識を必要とする現場に飛び込んだ背景と、スキルを高めるために取り入れた学び方、管理栄養士の地位向上を目指した研究活動について伺いました。
管理栄養士としての覚悟を決めた、血液内科での経験
管理栄養士の林 衛さんは、日本赤十字社愛知医療センター名古屋第一病院(以下、名古屋第一病院)で集中治療室(Intensive Care Unit;ICU)と救命救急センター(Emergency Intensive Care Unit;EICU)(以下、集中治療領域)に入院した重症患者への栄養管理業務を中心に担っています。前職の大学病院では給食業務を5年半ほど担当しましたが、もっと臨床栄養に携わりたいという思いが募り、現職に転職しました。名古屋第一病院で当初担当していたのは血液内科でした。
「白血病、悪性リンパ腫といった難治性血液疾患のための化学療法、造血幹細胞移植は副作用が強く、患者さんにとってつらさを伴う治療です。治療の特性上、高齢者だけでなく若い患者さんがつらさをこらえながら治療に向き合う姿に接し、自分の仕事への姿勢を見直すきっかけとなりました」
それまでハードルの高さを感じ学術活動に一歩踏み出せなかった林さんですが、他病院の先輩管理栄養士から「学会発表は日々の業務を振り返る手段」という言葉をもらったことに背中を押され、学会発表、論文投稿等の学術活動をスタートさせました。さらに、「学会や勉強会に出席した際は、必ず1つは質問すると力がつく」というアドバイスに従い、毎回、実践したといいます。
「血液内科を担当した5年間は、『管理栄養士として中途半端な仕事をしてはいけない』と覚悟を決め、人間として成長するための貴重な時間でもあったと思います」
自己学習で医学、看護学の知識、実践経験の少なさを挽回
血液内科から、現在の担当である集中治療領域への異動は林さんの希望でした。
「名古屋第一病院では、当時まで管理栄養士が集中治療領域に出向くことはなく、以前からそのことに疑問を覚えていました。いつか自分が配属されたいという気持ちと、自分で務まるだろうかという葛藤がある中、2016 年に日本集中治療医学会から『日本版重症患者の栄養療法ガイドライン』が発刊されたことをきっかけに、不安ばかりでしたが病棟に出向くようになりました」
林さんの業務は、毎朝、医師、薬剤師、看護師、臨床工学技士、理学療法士との多職種カンファレンスに参加して患者の全身状態を共有した後、医師に栄養管理プランを提案し、了承されればプランを実行し、毎日モニタリング、再評価を行うというものです。
管理栄養士として10年以上のキャリアを持つ林さんですが、配属当初、これまでの栄養管理とは異なる難しさをひしひしと感じたといいます。
「集中治療室に入室する患者さんは、循環動態や呼吸状態の不安定なことが多く、管理栄養士にもそれらを評価した栄養管理が求められます。そのためには、バイタルサイン、フィジカルアセスメント、IN/OUT バランス(水分出納)、血液生化学検査、排液バッグ、レントゲンやCT画像等を評価し、当日と今後の治療方針を踏まえた栄養管理プランを医師に提案しなければなりません。しかし、配属当初は即座に適切な提案をすることができず、いつも無力感を感じていました」
当初は、知識・経験不足から、緊張しては恥をかいての繰り返しばかりだったという林さん。だが、「挑戦したからこそ失敗があり、恥をかくことができる」と、前向きに取り組んできました。
多職種カンファレンスでは医学、看護学の知識やデータ評価のスキルが不可欠ですが、これらは管理栄養士・栄養士養成校では学ぶ時間は十分ではありません。知識と実践経験の少なさを痛感した林さんは、自己学習をスタートさせました。入院患者のデータから身体状況、栄養管理の方法を自分なりに分析し、医師や看護師の手が空いているときに聞いてもらうのです。
「最初は迷惑がられるのではないか、相手にされないのではと不安でしたが、質問すると間違いや気付かなかった視点について丁寧にアドバイスをもらい、深い学びとなりました。医師や看護師の皆さんに指導いただけることに本当に感謝しています。対話を増やすことで管理栄養士の役割、早期栄養介入の必要性への理解が広がったように感じています」
スキルアップを目指し、病院勤務と大学院進学を両立
2021年、林さんは集中治療領域を担当しながら大学院博士前期課程に進学しました。
「医師や看護師に栄養管理プランを提案する機会が増えたことで、自分の考えを伝えるスキルを磨くこと、独学で行っていた学術活動について大学院で学び直すことが目的でした。仕事をしながら授業や課題との両立は大変でしたが、上司や同僚、家族、多くの方に支えてもらい取り組むことができました。現在は後期課程に在籍していますが、大学院で学んだことや経験は臨床業務にも役立つことが多いと感じます」
林さんの主な研究テーマは、集中治療領域における早期栄養介入の効果です。
「集中治療領域において早期経腸栄養の意義は認識されていますが、管理栄養士による早期栄養介入の効果が十分に明らかになっていなかったため、介入前後の患者の栄養管理状況や合併症発生率について比較する研究を行いました。この研究について日本栄養士会から2022年度河村育英資金を支給していただき、本当に感謝しています」
同研究は、第26回日本病態栄養学会年次学術集会におけるYIA(若手研究奨励賞)セッションで独創賞を受賞し、後に英語論文として投稿されています。
診療報酬加算の根拠となる論文執筆を目指す
「この数年、集中治療領域で活躍する管理栄養士が増えてきている」と林さんは話します。背景には、2020年4月に診療報酬として新設された早期栄養介入管理加算の影響があります。この加算は1日最大400点、最長7日間と高い点数設定が特徴です。栄養部門の収益が増加すれば、管理栄養士の重要性を示す材料となり、採用人数を増やすきっかけにもなり得ます。また、重症患者の栄養管理を通じて管理栄養士が高度なスキルを習得できることも、この分野で活動する意義の一つです。
「集中治療領域の栄養管理はさまざまなスキルが求められますが、それだけにやりがいのある分野です。博士過程修了後も病院勤務と並行して臨床研究を続けていき、容易なことではないと思いますが、将来的には診療報酬の根拠となるような論文を執筆することを目指しています。これからも学び続け、新たな領域にも挑戦しながら、多職種間連携によるエビデンス構築にも取り組みたいと思います。そして、その成果を通じて管理栄養士のさらなる社会的地位向上に貢献したいと思います」
プロフィール:
2008年名古屋学芸大学管理栄養学部管理栄養学科卒業、2023年名古屋学芸大学大学院栄養科学研究科博士前期課程修了、2025年博士後期課程在学中。大学病院勤務を経て2013年から現職。愛知県栄養士会所属。