管理栄養士、研究者の知識を融合し、次世代の母子の健康を守りたい
2025/11/04
トップランナーたちの仕事の中身#108
金高有里さん(札幌保健医療大学保健医療学部栄養学科、管理栄養士)

母体の栄養状態が、次世代の母子の健康に影響を与えるDOHaD学説に出合い、管理栄養士の領域にとどまらず基礎研究、さらには実践活動へと取組を広げる金高有里さん。人を健康に幸せにすることを目指す管理栄養士像について伺いました。
入院生活で見つけた管理栄養士への道
札幌保健医療大学・大学院で教鞭をとる金高有里さん。現在は応用栄養学と形態機能学を担当する一方、研究者として周産期の母子栄養およびDOHaD(Developmental Origins of Health and Disease;以下、DOHaD)学説を専門テーマに研究を続けています。
「形態機能学は、生物の構造が生理的機能や行動に与える影響を研究する学問で解剖学と密接に関連しています。管理栄養士が担当するケースはめずらしいと思います」と金高さん。栄養学にとどまらず、学問分野を広げてきた理由は、管理栄養士を目指すことを決めた高校時代のできごとにさかのぼります。
金高さんは祖父母、父共に医師の家庭で育ちました。こどもの頃から医学に興味があったことから医学部進学を目指して猛勉強を続けていましたが受験の数カ月前に大病を患い、入院を余儀なくされました。入院生活は勉強一色だった生活とはかけ離れ、容体が落ち着くに伴い進路を考える時間が増えました。転機となったのは、以前から関心のあったホスピスに関する講演に、外出許可を取って聞きに行ったことでした。
「講演で、『その人の人生を振り返ったとき、身体も感情も嗜好も、その人が食べてきたものでできている』と聞き、胸に響くものがありました。体調を崩し、回復途中の自身と重ね合わせ、栄養・食は病気の予防、治療、健康の維持のすべてに関われると気付き、医師を継がなくても、人を健康に幸せにするというビジョンを達成できると思い至り、管理栄養士を目指すことを決めました」
衝撃だったDOHaD学説との出合い
管理栄養士養成校に進学し、順調に学ぶ中、大学3年時にNST(Nutrition Support Team;以下、NST)を知りました。
「チームによる栄養支援の実際を見学したいと思い、個人的に大阪大学医学部附属病院小児外科に電話をして交渉し、夏休みの10 日間NSTに同行させてもらいました。管理栄養士が医師、看護師、理学療法士等の多職種スタッフと連携して業務にあたる姿に感激するとともに、管理栄養士も代謝や生理機能といった人体のメカニズムを深く学ぶ必要性を感じました」
思い立ったら、即実行する金高さん。管理栄養士養成校の大学院に進学し、並行して昭和大学医学部解剖学教室の研究生として、解剖学の基礎研究、摂食調節や肥満のメカニズムの研究に携わりました。
「臓器の切片を顕微鏡で観察し、体内の生理変化を目で確認することは新鮮な経験であり、栄養・食が身体をつくっていることを改めて実感することができました」
修士修了後も肥満研究を進め、2009年、酪農学園大学農食環境学群の専任講師となりました。
「研究室を持つにあたり、管理栄養士としての栄養・食の知識と、基礎研究者として培った知識を連携させ、より良い栄養支援につなげられるテーマを探していたとき、現在の研究テーマであるDOHaD 学説の示された論文と出合いました」
DOHaD学説は、将来の健康や特定の病気へのかかりやすさは、胎児期や生後早期の環境の影響を強く受けて決定されるという概念です。要因となる環境は複数あり、その1つに食環境があります。母体にやせや低栄養があると胎児の身体はエネルギー不足に適応するため、エネルギーの消費を抑えて体内に貯め込むエネルギー倹約型に変化し、低出生体重となりやすく、将来、肥満や高血圧といった生活習慣病等のリスクを上昇させることが分かっています。
「栄養・食との関わり方が次世代の健康リスクにつながることに衝撃を受けると同時に、これまで学んできた栄養・食、人体のメカニズムの知識を融合させて、人を健康に幸せにするというビジョンを達成できる研究テーマだと確信しました」
研究室を飛び出し、実践活動へ

金高さんは、周産期の母子栄養に関する調査等で多くの妊婦、子育て中の母親と話をする機会が度々ありますが、昼食を家族の食べ残しやスイーツ等で済ませるといったケースが多いことに驚き、当事者に正確な情報を届ける難しさを痛感することが続いたといいます。
基礎研究者が実践活動を行う例は少ないですが金高さんは迷いませんでした。母親の栄養状態が母親自身の健康状態、さらにはこどもの健康と将来の疾患リスクに栄養があることを一般の母親に伝え、食への気付きにつなげることを目的として「お母さんの栄養不足を救う栄養チャージカフェイベントnipocafe」(以下、nipocafe)の企画・開催を決意。2023年から札幌市内の生協、保育所、イベント施設を借り年間10~ 12回のペースで続けています。
「nipocafeは、nikoniko(ニコニコ)pokapoka(ポカポカ)cafe の略で、いつも子育てに頑張る妊婦から子育て中のお母さん方を食でニコニコ笑顔にすることが、こどもの笑顔につながり、親子で心がポカポカになるという意味、食でnipponをぬりca(か)えるという願いを込めています。札幌保健医療大学の有志の学生がスタッフとして参加し、学生が周産期から子育て中に必要な栄養が摂れて簡単に作れる献立や離乳食、幼児食を考案し、試作、原価計算、発注、当日の調理、料理提供とサービス、持ち帰り用のレシピや健康情報をまとめた資料の作成等を行います。nipocafeに来た母親がくつろげるよう、必ず保育士や助産師も参加して学生と託児を行うサービスも好評です」
札幌駅近くの保育所を借りて開催されたnipocafe に伺うと、12組の親子が参加していました。まずは保育士の指導を受けながら手遊びをしてリラックス。初対面の参加者同士が和やかになったところで、金高さんから周産期の母子栄養の大切さ、食生活のポイントの説明が始まりました。母親はもちろん、休日ということもあり一緒に参加している父親たちも真剣な表情で聞き入っています。その後、学生が考案・調理した離乳食が提供されると金高さんはテーブルを回って1組ずつ声を掛けていき、日頃の悩みや疑問を聞き出し丁寧に答えていました。離乳食を食べ終えると、こどもたちは託児室に移動し、保護者の食事時間となり、デザート、コーヒーまで団らんしながら楽しんでいました。
目指すのは、親とこどもの健康の専門家

「当事者とじかに接すると、具体的に困っていることや状況が分かりますし、もっと話を聞きたいという方には、『困ったことがあればいつでも連絡してください』と連絡先を伝え、管理栄養士としてできるだけフォローするよう心掛けています。研究者としてはnipocafeは、まさに実態調査の場であり、リアルを知ることで新たな研究課題を見つける場となっています。nipocafeを学術的な発展と社会貢献につなげていけるよう、これからもより良い形を模索しながら続けていきます」
nipocafeは学生たちの教育としても大きな役割を担っています。
「学生たちは未来の管理栄養士であり親になる可能性があります。nipocafeの運営から管理栄養士として対象者の目線に立つ大切さ、託児では子育ての一端を学んでほしいと思います。まさしく実践型のプレコンセプションケアにつなげたいと考えています」
当事者に情報を届けるには、食行動や食環境の理解が必要だと痛感した金高さんは、現職と並行し北海道大学医学部公衆衛生学教室の客員研究員として、周産期のヒト研究を学ぶことを決めました。
「親とこどもの健康の専門家として学びを深め、実践活動の場と仲間の環を広げ、管理栄養士の活躍の場の拡大にも貢献できればと思います」
プロフィール:
2011年共立女子大学大学院家政学研究科博士前期課程修了。酪農学園大学、十文字学園女子大学での勤務を経て、2021年より札幌保健医療大学保健医療学部栄養学科に勤務。准教授、学術博士。JDA-DATリーダー。一般社団法人日本DOHaD学会理事。北海道栄養士会所属。



