新型コロナウイルスに感染した患者を受け入れた病院で管理栄養士が対応してきたこととは?
2020/09/01
withコロナ 管理栄養士の現場 ♯01
田中智美さん(医療法人渓仁会手稲渓仁会病院栄養部部長、管理栄養士)
新型コロナウイルス感染症が国内でも拡大したことによって、食と栄養の専門職である管理栄養士・栄養士の業務にもさまざまな影響がありました。特に、感染した患者さんを受け入れた病院の管理栄養士には、どれほどの危機感が募り、どのような対応をしてきたのでしょうか。今回は、北海道札幌市にある手稲渓仁会病院栄養部部長の田中智美さんに、この半年ほどを振り返っていただきました。
2020年2月前半、日本に停泊したクルーズ船内で感染者が急増したニュースが毎日のように伝えられ、人々に危機感が生じ始めました。また、同時期に北海道においても感染者数が日に日に増えていきました。この頃、病院内の緊張感が一気に高まったと田中さんは振り返ります。院内に対策本部が立ちあがり、細かな情報を共有することができていたので、院内の方針や危機意識をそのまま栄養部のスタッフとも共有するようにしていました。
「もともと2月はインフルエンザの流行期ということもあり、栄養部では手指衛生をはじめ感染対策を強化している時期だったので、厨房の運用を特に変更することはないと考えていました」(田中さん)
しかし、感染した人の入院が増えるにつれて、厨房で食器の洗浄を担当しているスタッフから恐怖や不安を訴える声が高まってきました。
「手袋をしていても、患者さんの食べ残しに触れるのが怖い」
「食器やスプーンを介して感染するかもしれないと思うと怖い」
当時は、首都圏などの他地域では感染者がそれほど多くはなく、テレビや新聞での情報も感染者の発生と増加が伝えられるばかりで、新型コロナウイルスとその対策についてはわからないことが多くありました。
「厨房のスタッフたちは日常生活の不安と合わせ、目に見えないウイルスという恐怖と向き合っており、急ぎの対策と心のケアが必要だ」と、田中さんは痛感したといいます。
そして、正論を押しつけるだけではなく、スタッフの不安や恐怖の声をよく聞き、どのようにしたら安心して働くことができるのかを共に考えました。正しい感染対策を再度厨房職員と共有した上で、病院の経営陣や看護部と交渉し、感染した患者さんが入院している病棟に限って、使い捨てディスポ食器で食事を提供することや、使用した食器と残飯は病棟で廃棄してもらえるよう2月下旬より運用開始し現在に至ります。
コロナ禍だからこそ栄養管理と栄養指導が必要
全国的な「緊急事態宣言」は4月に入ってからでしたが、北海道では2月28日に鈴木直道知事が緊急事態宣言を出し、外出を控えるように呼びかけました。
手稲渓仁会病院においても、緊急を要さない手術や検査などが延期や中止となり始めた頃、管理栄養士が担う外来での栄養指導や入院患者さんへの栄養管理なども、管理栄養士に感染のリスクが高まることから「中止したほうがよいのではないか」という声が一部の職員から挙がりました。
田中さんは「現状での栄養管理や栄養指導は不要不急のものなのか?」「スタッフを感染から守るということはどういうことなのか?」と、何度も自問自答したといいます。
栄養部には、管理栄養士が22名在籍しており、それぞれが病棟や外来を担当して、栄養管理や栄養指導にあたっています。「栄養指導や栄養管理が不要不急ということになると、管理栄養士は何のために臨床に存在するのか...我々の役割は何のか? いかなる時でも栄養・食は必要ではないのか?」。田中さんは、感染症の恐怖だけでなく、こうした憤りも感じたといいます。
そして、熟考した結果、「感染に関わらず患者さんは患者さん。必要な栄養介入は行う」「人々が不安や自粛によるストレスを抱えている状況だからこそ、感染症を踏まえた栄養管理や栄養指導を行なっていく必要がある」と判断。栄養部としてこれまでと同様に業務を進めていくことを決め、病院の上層部からも了解を得ました。
「他の病院の管理栄養士さんからも、『自粛期間中も栄養指導をしていますか?』という問い合わせを数件いただきましたが、一律に0か100かのような極論で『やる・やらない』を決めるのではなく、1~99の間にある、やるための方法を検討すればよいのだと思います。そのために正しい知識を身につけ『正しく恐れる』ことを意識して常に気持ちは引き締めるようにしています」
田中さんは、密室になりがちな栄養指導室の一部を改装しました。これまではプライバシーの保護のために、栄養指導中は部屋の扉を閉めて使用していましたが、密閉しないようにロールカーテンを設置しました。また、患者さんと対面するテーブルにはアクリル板を置き、管理栄養士はマスクの着用と合わせて飛沫を防ぐゴーグルをかけることにしました。
感染防止策を整えた環境で実際に外来の栄養指導を実施したところ、外出自粛で買い物を控えていたために食事が質素になってしまった高齢の患者さんや、手術後に自宅にこもりきりで体力が落ちて体重も減少してしまった患者さんや、逆に食べ過ぎて体重が増えてしまった患者さんがいて、栄養指導を中止して管理栄養士が面会することがなかったら、栄養障害に陥っていた可能性がある患者さんを救うことができたといいます。
一方で、栄養部で病棟を担当している管理栄養士の中には、新型コロナウイルスに感染した患者さんの栄養管理を担うスタッフもいます。感染によって呼吸が安定していない患者さんは、口から食べることが難しいため、経腸栄養が実施される場合もあり、管理栄養士は注入する栄養剤の種類や投与量などを提案しています。また、食事ができる患者さんでも高齢の場合には嚥下機能に応じて食事の形態を調整する必要があり、管理栄養士が適切な食事形態を提案しています。感染した患者さんが入院している病棟では、出入りするスタッフの数が制限されているため、管理栄養士が頻繁にベッドサイドに立ち会うことはないものの、医師や看護師と連携をして、栄養管理が治療を下支えするように働きかけてきました。
どんな状況でも食事・栄養を途切れさせない
5月に緊急事態宣言が解除されてからも、病院の職員として、田中さんをはじめ栄養部のスタッフには常に緊張感があるといいます。田中さんは部下の管理栄養士たちに、「感染症や災害などは、いつでも起こりうるもの。もう"普通"という状況はないと考えよう」と呼びかけているのです。それは、どんな状況であっても食事・栄養は重要で、途切れさせてはいけないものであり、「管理栄養士は絶対に逃げてはいけない」と考えているからです。そして、管理栄養士がこうした意識をもって栄養管理・栄養指導にあたり医療に貢献しているということを、田中さんは病院にも理解してもらえるよう、日頃から伝えているそうです。
常に緊張感のある医療現場にいながらも、栄養部のスタッフたちには「みんなが大変なときだからこそ、周囲にも目を配ろう」という意識が高まっていて、お互いに「大丈夫?」とか「今日は早めに帰ったら?」と、やさしさや気遣いがこれまで以上に見られるようになったといいます。
田中さん自身も自粛期間を、「うまく楽しむことが大切」と感じていて、看護師などの子育て中の職員から「休校中の子どもたちに何を食べさせたらいいのか?」という相談を受けることも多く、栄養教諭の友人に「給食の人気レシピ」を聞いて紹介したり、自身の小学生のお子さんにも学校給食を再現しておうちご飯を楽しむようにしていたといいます。
「新型コロナウイルス感染症とその対策について、正しい情報を得て、管理栄養士の立場でどのように考え、どのように行動していくか、日々考えては実践していく半年間でした」と、田中さんは振り返ります。
現在は、学校現場で教育実習の受け入れが難しいように、医療現場においても管理栄養士養成校の学生の臨地実習を受け入れられない状況のため、田中さんはオンラインで医療現場の雰囲気や考え方が伝えられる仕組みを考えています。新型コロナウイルスという未知の不安や恐怖と共存しながら、田中さんは部下の管理栄養士たちだけでなく、管理栄養士の卵たちにも目を向けて、栄養が医療に貢献し続けられる体制を整えています。
プロフィール:
1998年、天使女子短期大学食物栄養学科卒業。2000年、藤女子大学人間生活学部食物栄養学科卒業。同年、手稲渓仁会病院に入職。結婚を機に退職するが、長男出産後の2007年から天使大学看護栄養学部栄養学科助手として働く。2010年、手稲渓仁会病院に再入職。2013年から栄養部副部長、2016年より現職。管理栄養士。