入会

マイページ

ログアウト

  1. Home
  2. 特集
  3. 市役所の管理栄養士が作ったオンライン食育 24本の手作り動画で市民の不安を解消したい

市役所の管理栄養士が作ったオンライン食育 24本の手作り動画で市民の不安を解消したい

withコロナ 管理栄養士の現場 ♯02

土井しのぶさん(東松島市保健福祉部健康推進課予防健診係、管理栄養士)

20201002_1.jpg

 新型コロナウイルス感染症のまん延によって、人々が接する機会はできるだけ少なくすることが必要になっています。そのような状況のなかで、ニーズが高まっているのがインターネットを使ったオンラインでのやりとり。学校の授業や講演会など、これまで対面で行われてきたさまざまなものが、動画配信やビデオシステムによって実施されています。

 行政で働く管理栄養士の中にも、市民の健康づくりを「オンラインを利用して支援できるのではないか?」と考え、このコロナ禍でYouTubeに初挑戦した人たちがいます。宮城県東松島市の管理栄養士、土井しのぶさんをはじめとする健康推進課のメンバーです。
 手作り動画は、現在24本が公開されています。
 動画は市の公式キャラクター「イートくん」を主役として作成されており、その内容は、早寝・早起き・朝ごはんの習慣に関するものや、ご飯の炊き方、だしの作り方、飲み物に含まれる砂糖の量をテーマにした食育に関するもの、ジャンプタッチやおしり歩きといった自宅でできる簡単な運動、歯磨きの仕方や口のまわりの筋肉をトレーニングするものなど、どれも2〜5分程度にまとめられ、家族で楽しめる動画になっています。
 土井さんは、「自宅で自粛生活を余儀なくされている市民の皆さんに向けて、私たち管理栄養士が『ステイホームではこうしましょう』と先生ぶって伝えるのは、あまりにも癒しにならないと思い、わがまちのゆるキャライートくんを主役にしました。東日本大震災のとき避難所で不安そうにしていた市民の皆さんの顔を思い出して、できるだけやわらかい雰囲気で、楽しめる動画に仕上げました」と話します。

20201002_2.png

イ〜ナちゃん「おにいちゃん、ソーシャルディスタンスってなぁに?」
イートくん「人と人との距離を保って、感染を防ぐことだよ。だいたい1〜2メートルくらいあけるといいらしいよ」
イ〜ナちゃん「そっかぁ。でもイ〜ナ、1メートルとかわからなーい」
イートくん「じゃあ、身近なもので教えてあげるよ。傘、だいたい1メートルだよ。学校で使っている縄跳び、だいたい2メートルなんだ。もっとわかりやすく教えてあげるよ。東松島市の特産品のねぎ、1本、2本、3本。これくらいの距離だね」

 ゆったりとした語り口のイートくんとイ〜ナちゃんが、コロナ禍で新しく浮上してきた「新しい生活様式」を市民の身近なものや地元の食材を使って解説する動画は、ほのぼのとした親近感があります。そこに目をつけたのが、地元のミヤギテレビのディレクター。夕方に生放送されている報道番組「OH!バンデス」です。「みやぎのユーチューバー」の一人としてイートくんが紹介され、イートくんが感染予防策や健康づくりの秘訣を教えてくれる様子が全県に放映されました。
 県庁所在地・仙台から車で40分程度、ベッドタウンでもある東松島市は、移住してくる人や市に長く定住する人を増やすための施策を行っており、健康推進課のこの取り組みも、東松島市の熱意をアピールする絶好の機会となりました。

市民に直接伝えられない葛藤を動画に託す

 市役所の管理栄養士は、市民の健康を維持・向上させるための具体的な施策を考え、実行する役割を担っています。新年度が始まる4月、全国に緊急事態宣言が出されました。東松島市の健康推進課では、今年度の市民の胃がん検診をスタートさせたばかりでしたが、検診で使うバス車内で「三密(密閉・密集・密接)」の状態が避けられないことから中止となりました。乳幼児健診や離乳食講座など、市民を集めて実施する健康増進のための企画もことごとく開催できなくなってしまいました。
 「今までに経験のない新型コロナウイルスの広がりと『自粛』という生活スタイルに、市民の皆さんの不安は日に日に高まっていたはずです。感染症の予防には食事・運動・睡眠がとても大事なのに、私たちはそれを市民に伝えることができないという葛藤が生じました」
 そこで、YouTubeを使った動画配信を思いついたのですが、土井さんたちにとっては動画の撮影自体が初めてのこと。ネックは、撮影した動画の編集作業でした。誰か動画編集に詳しい人がいないか探していたところ、地域外の人がその地域のために協力的な活動をしてくれる「地域おこし協力隊」のメンバーが思い浮かび、打診して、協力してもらえることになりました。動画の企画と撮影は土井さんたちで担い、編集はお任せすることに。「イートくんとステイホーム」や「イートくんとできるかな?」の掛け声で始まるオープニング動画は地域おこし協力隊の伊藤克哉さんの力作で、東松島の青空と広い里山の風景がアニメーションで描かれています。

20201002_3.jpg

 土井さんたちは、製作した動画をより多くの市民に見てもらえる仕掛けも展開しました。保育所をまわって保護者に動画を見てもらうためのポスターを掲示したり、休校中の学校の一斉メールで紹介してもらったり、マスコミの記者クラブにプレスリリースを送ったりしました。その結果、石巻かほく新聞では、「東松島市 健康な生活を送ってね ゆるキャライートくん 動画配信でPR」という記事が掲載されました。

 動画の再生回数は徐々に増えてはいるものの、「動画を製作して配信するという一方通行には、課題を感じています」と、土井さんは言います。緊急事態宣言が5月に解除されて以降、市役所を訪れた人や地域で会った方から「イートくんの動画を見たよ」という声を聞くと、「市民の方に届いているな、ネットで配信しても対面で感想をもらえるなんて嬉しいな。」と一安心できると話し、今後は市民から動画の感想をもらえる仕組みを検討することにしています。

住んでいるだけで健康な食を営める環境に

 東松島市では取材した7月末時点では、新型コロナウイルスの感染者は発生していませんでした。がん検診など成人を対象にした検診は秋以降に延期し、乳幼児健診は6月から順次再開をしているものの、離乳食講座をはじめ実際に「食」を体験してもらうような企画はいまだに再開の目処が立っていません。
 土井さんたちは、「イートくん おかゆづくりに挑戦!」というタイトルの動画も用意しており、離乳食として使えるお粥を、イートくん自らが作ってみせます。調理の際のイートくんは、エプロンや手袋も着用しており、衛生面への配慮も伝えます。
 動画のほかにも、料理レシピの検索サイト「クックパッド」へのレシピの投稿や、近隣の大学と共同開発した「食育アプリ」など、健康推進課では若い世代へのアプローチは従来から手厚く展開してきました。
 2020年11月末には、イートくんの動画は全部で42本になる予定です。というのも、健康推進課がメインで企画・運営している秋恒例の人気イベント「ひがしまつしま食べメッセ」の中止を決めたため、それに代わるような、食育と健康づくりのコンテンツを充実させるためです。
 「昨年は8,500人ほどの方が集まったのですが、子育て世帯と高齢の方が多く参加されるため、感染予防を第一に考え中止にしました。五感で体験するという、食べメッセのコンセプトをそのままに、今年は各家庭で動画を見ながら体験してもらう企画で準備を進めています。そのための土台として新規で「イートくんチャンネル」も作りました。」(土井さん)
 市民の健康の底上げを担うのが、市役所の管理栄養士の役割ですが、土井さんたちは市役所の職員だけでなく、食に関連する地域の人たちも巻き込んで施策を進めるのが得意です。新型コロナウイルスが発生する以前から、「住んでいるだけ、滞在しているだけで健康な食を営める環境」をスローガンとして、市内の飲食店3店でスマートミール(健康な食事・食環境コンソーシアムが主催する認証制度を受けた料理)を提供する環境整備をしてきました。これは、宮城県で初の試みでした。
 今年度は中食も強化しようと、飲食店と協力してお弁当の開発をしており、8月に5つのお弁当がスマートミールとして認証されました。図らずもテイクアウトの需要の高まりと重なる状況です。

20201002_4.png

 動画にしても、スマートミールにしても、初めての試みに、周囲の協力を得ながら挑戦してきた土井さん。東日本大震災での津波によって1,300戸もの家が流失するなど、市街地面積の65%が浸水被害となった東松島市で、食と健康の力で心豊かに過ごせる街の再建をめざしてきたその経験によって、土井さんはコロナ禍であっても決して悲嘆することなく、市民に貢献したい気持ちであふれています。

プロフィール:
宮城学院女子短期大学家政科食物専攻卒業後、1996年旧矢本町役場に入庁。2年間の実務経験を経て1998年に管理栄養士資格を取得。2005年の市町村合併により東松島市職員に。2011年より技術主任となる。2020年度から公益社団法人宮城県栄養士会理事・公衆衛生部長。

賛助会員からのお知らせ