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ご家族に会わせてあげられない心苦しさ 冷静な対策と、温かい眼差しを入居者に

withコロナ 管理栄養士の現場 ♯04

大野真美さん(社会福祉法人ひふみ会特別養護老人ホーム親光栄養課課長、管理栄養士)

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「ご家族に会わせてあげられないのが、とても心苦しくて...」

 オンラインでのインタビュー中に、大野さんは涙声で言葉を詰まらせてしまいました。大野さんが勤務するのは、埼玉県川口市にある特別養護老人ホーム親光。2月29日に、入所者の家族などの面会と外出を「禁止」としました(取材時7月末時点も面会・外出は自粛中)。厚生労働省も、「新型コロナウイルスの感染経路の遮断という観点から、緊急やむを得ない場合を除き、面会の制限」を求める文書を出しています。

 人と人との距離を保たなければならないソーシャルディスタンスは、施設に入居している人や入院中の患者さんにとっては、外部の人とは「まったく会えない」状況となってしまい、よりつらい境遇と言えるでしょう。

 入所定員は100人。全室個室のユニットケアで、10のユニットに10人ずつが過ごしています。管理栄養士は大野さん1人。すべての入居者の栄養管理、給食管理を任されており、食事の時間帯だけでなく、午前も午後もできるだけユニットをまわって、入居者に声をかけ、それぞれの健康状態を観察しています。
 入居している人によっては、「なんで家族が会いに来てくれないの?」と、不安な気持ちが強くなってしまう人もいました。認知機能の低下によって、感染症予防のために必要な対策であることが理解しづらいためです。大野さんは、テレビの報道番組などを一緒に見ながら、「こういう病気がはやっているから、お互いにうつらないようにしないといけなくて、みんな会いたくても会えないんだよね。ごめんね」と、寄り添う声かけをしてきました。
 さみしい思いを抱えているのは、入居している方だけではありません。1週間に2〜3回面会に来る家族や、毎週末必ず会いに来る家族は少なくありませんでした。「母が心配で心配で...。ちゃんと過ごせていますか?」という問い合わせの電話もありました。「でも、そういうお母さんに限って、家族の面会がないことをあまり気にせず、元気に過ごされているというケースもありましたね(笑)」と、大野さんは振り返ります。
 家族との面会ができない分、ZoomやFaceTimeなどのオンラインのビデオ通話システムを使って、家族との会話を楽しめるようにしています。入居者にも家族にも好評で、希望があれば常時実施していますが、こうした通話も、人によっては画面上で相手が動いていることや、話していることが不思議に感じて、理解しづらい場合がありました。
 そこで、玄関にあるガラス窓を使って、窓を隔てた外と中とで面会することを2組ほど試みました。家族の一人は「すごく、うれしいです」と、涙を流したそうです。
「窓ガラスを隔ててというのも推奨できることではないのかもしれませんが、画面越しではなく、目の前で動く相手に会えるというのは、ご本人にとってもご家族にとっても、かけがえのない時間なのだということを痛感しました。国内の感染状況が、面会ができるような状態に一早く戻ってほしいというのが、私たちの切実な願いです」
 施設内の努力だけではどうにも解決ができない課題を抱えて半年以上が経過した今も、大野さんたちの心苦しい日々は続いています。

施設で感染者が出た場合を想定して

 新型コロナウイルス感染症は、高齢者や持病がある人が重症化しやすいことがわかっています。ウイルスを施設内に持ち込まないこと、これは職員の重要な使命の一つです。家族の面会を制限しているからこそ、なおさらです。
 これまでは「できるだけマスクをしない」で入居者に接するようにしてきました。マスクで相手の口元が見えず表情がわかりづらいことによって、不安を感じたり恐怖心を抱いたりする人がいるためです。感染症対策で職員が常時マスクを身につけるようになり、大野さんは、目元だけでもやさしさや思いやりが伝わるような表情づくりや声かけを心がけてきました。
 国内の感染者が急増し始めた4月上旬、万が一入居者が感染したらどうするかについて検討が行われました。当時、親光がある埼玉県は、患者数が急増する一方で、受け入れる病院のベッド数が足りないという報道が早くからなされていたからです。
 感染した入居者が病院に入院できない状況になった場合、「全ての居室がベランダに面しているため、担当職員は普段使用していない非常口やベランダを利用して、食事の提供や汚物の処理を行う。職員の防護具の着脱は、ベランダにつながる廊下の一部を使う」などのシミュレーションをしました。
 また、厨房のスタッフが感染した場合も想定し、対策を講じました。厨房で感染者が出た場合、数日間は消毒などのために厨房を使用することができなくなることが予想されました。また、厨房スタッフの中に濃厚接触者が多ければ、長期間にわたり食事を準備する人手が足りなくなる可能性もあります。大野さんは、近隣の弁当業者に相談したり、高齢者用の高栄養食品や災害時にも使える備蓄品を多めに確保したりして、万が一の場合に備えました。

高齢者施設での新しい生活様式に大切なこと

 親光では、希望者には最期の時まで病院に入院せずに施設で過ごしてもらい、ケアを提供しています。大野さんは、看取りのケアにおいても中心的な役割を果たしています。「日々の食事の摂取状況と体重の変化を細かく観察している管理栄養士が適任である」という施設長の考えから、任されているのです。
 新型コロナウイルスの影響で面会が制限されているこの半年間においても、ターミナル期を迎えた入居者が数名いました。厚生労働省も面会の制限を「緊急やむを得ない場合を除き」と明記しており、「いよいよかもしれない」という時には家族に連絡をして、面会時の人数や滞在時間を限定しながら来てもらうようにしています。しかし、ターミナル期になる前にも日頃から面会できる状態が望まれることは、言うまでもありません。
 家族の面会が制限され、ちょっとした散歩もできない。入居者のさみしさや鬱々とした気持ちが少しでも軽くなるようにと、大野さんは各ユニットの介護職員と相談して、恒例行事や日々のちょっとしたイベントを「新しい生活様式」に合わせて実施できるように、工夫しています。

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 毎年7月に開催している納涼祭は、家族も招待し、模擬店や職員の出し物などで盛り上がりますが、今年は「ミニミニ納涼祭」と題して、ユニットですいか割りや輪投げなどをして盛り上がりました。8月に行っている流しそうめんも1レーンに1人ずつ並んでもらい、少しずつ楽しんでもらうようにしました。また、少しでも外出した気分を味わえるようにと、ケーキバイキングを実施しておやつを自由に選んでもらったり、パン屋から仕入れた多種類のパンをユニットに並べて「パン屋さん」を開店したり。一人ひとりの間隔をあけてのカラオケ大会も行いました。また、日々の食事やおやつでも、季節感や日本の行事を感じられるよう工夫をされています。

 「ある職員が『ソーシャルディスタンスは必要でも、ハートディスタンスは縮められるようにしたいね』と話していて、まさにその通りだなと思っています。ご家族に会えないさみしさを、そのぽっかりと空いてしまっている穴を何とかして埋めてさしあげたい。何か楽しいことができないかなと、いつも探しています」(大野さん)
 幸いなことに、親光では入居者にも職員にも感染した人は出ていません(取材時7月末時点)。大野さんをはじめ介護職員たちの温かい声かけや、気持ちに寄り添ったケアの甲斐もあって、気分の落ち込みによって食事の摂取量が減ってしまった人もいません。「感染者を出さないように」という緊張感を持ち徹底した衛生管理をしているなかで、常にプラス思考で入居者のことを思いやる。大野さんたちのように冷静さと温かさの両方を兼ね備えていることが、新しい生活様式での大切な心構えと言えます。

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プロフィール:
ブルドックソース株式会社研究所検査科に勤務後、服部栄養専門学校へ入学。卒業後は同校栄養指導研究室の助手として勤務。学生指導、食事調査や保育園給食の研究に携わる。1997年から板橋区医師会病院に勤務し、栄養管理、栄養指導の他、病診連携における栄養指導、生活習慣病予防健診における学童期の食生活状況等の研究も。その後クリニック勤務を経て、2010年より現職。管理栄養士。

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