会話型の食事管理アプリを開発
海外に展開して、世界中の健康を支えたい
2017/03/01
トップランナーたちの仕事の中身#010
佐々木由樹さん(株式会社リンクアンドコミュニケーション事業開発マネージャー、管理栄養士、公衆衛生学修士〈MPH〉)
「LINEのように、ユーザーが入力したら返事をくれる会話型の食事管理アプリってできないかな?」
株式会社リンクアンドコミュニケーション事業開発マネージャーで管理栄養士の佐々木由樹さんは、渡辺敏成社長からの急な提案に驚きを隠せなかったと言います。その一方で、0から1を生み出す、新しいものに挑戦したいという佐々木さん持ち前のクリエイター気質も騒ぎました。
ユーザーがスマートフォンで「ご飯(1膳・150g)、鶏肉の唐揚げ、温野菜を食べた」と入力をすると、管理栄養士のキャラクター"カロリーママ"が「カロリーコントロール、栄養バランスともに素晴らしいです!!」と大喜びのニコニコ顔で返事をしてくれる――。健康についてのアドバイスを毎日、毎食ごとにくれるスマートフォン向けアプリが、佐々木さんを中心に開発した「カロリーママ」です。平成28(2016)年4月に無料アプリとして開始して、約1年で累計ダウンロード数は10万近くに及びます。
渡辺社長から佐々木さんにこの提案があったのは平成26(2014)年の秋のこと。
「最初は社長の発言に「えっ⁉」という感じでしたが、食べたものや運動した結果を健康アプリに記録をしたら、みんな何かリアクションをしてほしいと思っているよねという社長のアイデアに共感しました。ユーザーが入力した食事や運動の内容に対して、管理栄養士のキャラクターがコメントをしていくためには、その発言がエビデンスに基づいている必要があります。私はまず、論文を検索して読み込み、この入力に対してはこのアドバイスをするというようにアルゴリズムを作り、プログラミングをしていきました」
用意したメニューは約10万。それぞれのメニューに対してカロリーと各栄養素がどれくらい入っているのかを設定し、メニューの組み合わせに対応する管理栄養士のコメントは約200万通りを用意したそうです。このアルゴリズムの制作におよそ1年をかけ、アプリにするために開発を始めたのが平成27(2015)年の9月。その半年後にリリースしました。
管理栄養士のキャラクター"カロリーママ"は、ユーザーの食事の入力に対してコメントするだけではなく、その食事のカロリーと含まれる栄養素から、次に何を食べたらよいのかという管理栄養士ならではの提案もしてくれます。入力をうっかり忘れていると、「朝ごはんは食べましたか?」というメッセージが送られてくる仕組みに。
「ユーザーの方が楽しく継続してアプリを楽しめるように、コメントの中身だけでなく、キャラクターの表情を含めたコミュニケーションを工夫しました。アプリの開発ではエンジニアと話すので、IT用語で話が進むと理解が追いつかないこともありましたね。ミーティングでわからない部分はすぐに質問するようにして、より良いサービスに仕上げていきました」
このアプリ「カロリーママ」をベースにして、ほかの企業ともコラボレーションをしています。キリン株式会社と共同開発した「お酒と食事の健康サポーター」は、お酒が好きな人向けのアプリ。お酒の入力を手軽にし、今日飲んだお酒が適量だったかどうか、直近3日間の飲酒量から「今日は控えめに!」などのアドバイスをする特徴があります。
「管理栄養士の私が開発に携わったアプリで、どこかで誰かが楽しみながらより健康になっていたらうれしいですね。スタートして1年経過するので、もっと使いやすいアプリにするために今は大きく改良しているところです」
管理栄養士社長として約10年
自分で考えたサービスの売却も
佐々木さんは同社に就職する以前は、大学卒業後に起業をして、株式会社創健ピーマップを立ち上げ、自分で事業を展開していました。母校の大学と共同で開発した管理栄養士国家試験対策プログラム(eラーニング)では、会員向けに毎日メールマガジンを送り、管理栄養士国家試験の過去問2問とその解説を提供。有料会員には佐々木さんが考案した3教科に分類する勉強法をパッケージにして販売していました。さらに、「管理栄養士になりたい人だけでなく、一般の人々にもサービスを提供したい」という思いから、ペンションの1室を借りて宿泊型ダイエット施設の運営も。
「ダイエット施設では2泊3日といった短期間だけでなく、1か月滞在してくれるお客様もいました。私はお客様の3食の献立作りと料理、運動のインストラクターをして、当然ながら施設の掃除も自分でやっていました。噂を聞きつけて、プロボクサーの方たちが試合前の減量期の合宿に利用してくださったこともあるんですよ」
この施設は千葉県と静岡県で運営していたため、東日本大震災で交通網に影響が出てしまい泣く泣く閉鎖を決めたという佐々木さん。上述のeラーニングは会員数の増加から佐々木さん一人では対応が難しくなり、平成20(2008)年に事業を売却。この事業を売却するという経験が大きな学びになったと言います。
「どの会社がこの国家試験向けのeラーニングサービスを購入して引き継いでくれるのかを考え、値段の付け方や価格の交渉も勉強になりました。管理栄養士になりたい栄養士がたくさんいる場所は給食会社かなと思いつき、まずは給食会社に手あたり次第に電話をして営業しました。営業先では、栄養士向けのセミナーの講師として依頼されるなど、新たな仕事に結びつくこともありましたね」
最終的に、人材派遣会社に事業を売却した佐々木さんは、その後、東京大学大学院に進学し、佐々木敏教授のもとで公衆衛生学の研究に励みます。大学院での学びから、管理栄養士のエビデンスレベルを高める必要性を痛感し、エビデンスに基づいた発信は今携わっているアプリ開発などにも活かしています。
カロリーママを使って
世界中の健康格差をなくしたい
「大学院でさまざまな専門家と出会ったことで、私も経営者としてではなく、スペシャリストとして1位になりたいと思いました」
根っからの負けず嫌いの佐々木さんは、大学院修了後はビジネスのプロと組んで、自分は管理栄養士の力を存分に発揮したいと考え、34歳で初めての就職。現在に至ります。
今年中にはカロリーママアプリを海外に展開して、ゆくゆくは世界中の健康格差をなくしていきたいという大志を抱いている佐々木さん。子どものころにテレビで見た発展途上国の子どもたちの飢えに苦しむ姿に衝撃を受けたことが忘れられないのだそうです。
「私たちは日本で生まれたというだけで餓死をする恐れがないのに、国が違うだけで生活の様子がこんなに違うなんて...とショックだったんですね。まずはカロリーママを先進国に広めて、使ったユーザーがポイントを貯められる仕組みにして途上国に寄付をするというようなシステムが作れたらいいなと考え中です」
佐々木さんの斬新なアイデアは、お風呂に入っているときや寝ている間に夢に出てきたりして、パッと浮かぶことが多いそうです。日ごろの社内でのミーティングや営業先での商談中、大好きなお酒の席での会話の中に、アイデアのヒントが隠れていることもあり、人とのコミュニケーションが佐々木さんの仕事の糧になっているのです。
プロフィール:
平成15(2003)年、女子栄養大学栄養学部卒業。卒業後は就職せずに個人で起業。平成17(2005)年、株式会社創健ピーマップ設立、代表取締役就任。eラーニング事業、宿泊型ダイエット施設事業等を立ち上げる。平成26(2014)年、東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻修了、公衆衛生学修士(MPH)取得。