「先生」と呼ばれるにふさわしい「食育のプロ」を育てる人材育成
2017/10/03
トップランナーたちの仕事の中身♯017
田子美津子さん((株)ミールケア常務取締役・管理栄養士)
「子どもたちが豊かな人間性をはぐくみ、生きる力を身に付けていくためには、何よりも『食』が重要である――」。平成17(2005)年に食育基本法が制定されてから10年以上が経ちました。管理栄養士・栄養士が食育のプロフェッショナルである一方で、ちまたには食育アドバイザー、食育インストラクター、食育スペシャリストなど、さまざまな民間資格も登場し、子どもたちの生きる力を育てるために、さまざまな食育活動が繰り広げられています。
(株)ミールケア常務取締役で管理栄養士の田子美津子さんは、管理栄養士・栄養士が子どもたちから「先生!」と呼ばれるのにふさわしい人材になれるよう、社内での人材教育に力を入れてきました。同社は受託給食会社として長野県を中心に病院や高齢者施設、幼稚園・保育園などの給食業務を担当。また、レストランやパン屋などの一般向けの飲食業やイベントなども展開しており、田子さんは同社に約320人いる管理栄養士・栄養士たちのトップとして、企画・運営を任されています。
レストラン「みーるマ〜マ」は管理栄養士が考案した野菜を中心にしたメニューが数多く並ぶビュッフェレストラン。このレストランに訪れた幼稚園の園長先生が、「うちの園児たちにも、このような一汁三菜の食事を毎日食べさせたい」と、園の給食業務を委託するようになりました。瞬く間に幼児教育業界で口コミが広がり、ここ5年ほどで幼児向け給食の受託が右肩上がりに増加。長野県内だけでなく、福島県、東京都、山梨県、三重県、静岡県など10県以上で、幼稚園、保育園、こども園の給食を任されています。
「私たちは給食をとおして、日本の美しい食文化を未来に伝えたいと考え、国産の野菜、天然の素材のだしを中心とした料理で子どもたちの記憶に残るような和の食事を提供しています。ここで大事な役目をするのが、園に配置されている管理栄養士・栄養士。管理栄養士・栄養士は調理現場の給食管理が仕事の中心ですが、各園と取り決めをさせていただいて、昼食時に教室巡回をし、子どもたちの食べる量や速さ、好き嫌い、マナーなどを観察し、先生方と情報共有をして教育につなげています。なぜなら、食育の場において、先生方や子どもたちから『ミールケアさん』ではなく『先生~!』と呼ばれ、食育の指導者として存在や仕事を認められることが喜びになり、さらにより良い仕事をしようという励みになるからです」
そこで、田子さんが中心となって創設したのが、「考食師(こうしょくし)」という社内認定制度。食文化に関する知識が高く、かつ調理のスキルを持ち、それを分かりやすく伝えることができる人材を、考食師として認定しています。現在、社内には50人の考食師がおり、田子さんはその一人であり、先導役。考食師を育てる役割を担っています。
「食についての知識や経験をもとに自ら考えて伝えることができる伝道師という意味で『考食師』という名称にしました。相手にわかりやすく伝えられる、ことが大事なのです。それには、四季の移ろいや風景などの自然から感性を磨いて、人間力も身につけていることが大切です」
社内でこの制度を立ち上げた当初は、社員の中には冷ややかに様子をうかがっていた人たちがいたものの、研修を受けたメンバーが幼稚園や保育園で活躍している姿を社内報などで報告していくうちに、多くの社員が関心を持つように。同時に、幼稚園・保育園での給食受託が急増したこともあり、研修を積極的に受講する社員が増えていきました。田子さんが中心になって練り上げた研修内容は栄養学、幼児栄養学、調理技術のみならず、農業体験や農耕民族のあり方、日本と世界の食文化の違いなど多岐に及びます。そして、これらの知識・技術を伝えるためのプレゼン力も養成していくなど、管理栄養士・栄養士のスキルアップに大きく貢献しています。
考食師は、受け手の期待を超えるような経験価値を提供しているサービスが表彰される「第1回 日本サービス大賞経済産業大臣賞」を受賞。これにより、社外からも注目が集まるようになりました。
「食育は特に幼少期においては重要性が高いにもかかわらず、ボランティアのようなイメージがあります。私たちが率先して、管理栄養士・栄養士における食育のビジネスモデルを作り上げようと試行錯誤をしているところです」
ビジネスと言っても、田子さんは利益だけを追求しているのではありません。食育が仕事の一つとして認知され、収入を得られるようになることで、自分の後に続く若い管理栄養士・栄養士たちが輝いて働ける社会を作り出したいのです。
畑で、劇場で、カフェで。
神出鬼没の管理栄養士
常務取締役として、管理栄養士たちのトップとして、会社の企画・運営の要の仕事をしている田子さんの行動範囲はとても広いのが特徴です。この日は、同社が運営するカフェ「おひさまカフェそよかぜ」で常連の女性客に声をかけ近況報告を聞いたのちに、農園「み~るんヴィレッジ」で畑作業担当のスタッフとともに大豆の生育状況を確認していました。
この畑はもともと耕作放棄地だった場所。手入れをして作物を育て、給食を受託している幼稚園・保育園の子どもたちや、食育体験をさせたい親子が、大豆やじゃがいもの苗植え・収穫にやってきます。ここで実際に子どもたちに指導するのは田子さんではなく、各幼稚園などに所属する管理栄養士・栄養士のメンバー。田子さんは、彼女たちが何をどのように子どもたちに伝えたらよいかの指導案を検討するのです。それをもとに、各園に配置されている管理栄養士・栄養士が、幼稚園教諭や保育士と食育の時間の構想を練り、実際に子どもたちへ指導をしていきます。
栄養教諭が小・中学校で担任の教諭とタッグを組んで食育を展開していくように、幼稚園や保育園に勤務する管理栄養士・栄養士も幼稚園教諭、保育士などと連携していくことが求められています。こうした取り組みを会社として積極的に進めることで、子どもたちが好き嫌いを減らして食べることの喜びを感じ、野菜や料理を作っている人たちへの感謝の気持ちを持つようになるだけでなく、「食事のマナーが身についた」、「箸の使い方が上手になった」といった声がそれぞれの現場から届いてきます。各園での管理栄養士・栄養士のイキイキとした仕事ぶりが、田子さんの何よりの励みになるそうです。
田子さんは、またあるときは社内メンバーで構成している「みーる劇団」の演劇の練習場へ。子どもたちが食べる楽しさや大切さを理解しやすいように、食育で伝えたい内容を演劇にしています。みーる劇団は、給食業務を受託している幼稚園や保育園に出張して演じるほか、県内各地の市民ホールなどでも上演。その披露の場を調整するのも田子さんの役目の一つです。食育劇を見たたくさんの子どもたちからの反応は、劇団メンバーの管理栄養士、栄養士、調理師の日々の仕事へのモチベーションにもつながっているのだそうです。
管理栄養士・栄養士をはじめ同社の社員がイキイキと働ける場を、次から次へと作り出し、皆と一緒になって楽しんで仕事をしている田子さん。その姿は社員のみならず、二人の娘さんたちにもしっかりと受け継がれ、上の娘さんは職場でリーダーシップをとり多くの人たちに笑顔を届ける仕事を、下の娘さんは田子さんがかつて憧れていた看護師として働いています。
「仕事を生み出し、それを若い世代につないでいき、女性が輝く社会をつくりたい」。田子さんが颯爽と懸命に歩き、ときに走っていく道のりで、多くの後輩たちがその姿を追いかけています。
プロフィール:
昭和62(1987)年、北里大学保健衛生専門学院卒業。一般企業へ就職し、結婚を機に退職。平成11(1999)年、乳業会社に栄養士として再就職。平成17(2005)年、管理栄養士の免許を取得し、(株)ミールケアに管理栄養士として入社。栄養管理部部長を経て、平成26(2014)年、常務取締役に就任。(公社)長野県栄養士会では理事を務める。