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「食べ物作り」で働きがいのある居場所を作る
障がい福祉の道を切り拓く管理栄養士

トップランナーたちの仕事の中身♯019

村上智洋さん(社会福祉法人章佑会 就労継続支援事業所たびだちの村・ふれあい通り「モンソレイユ」店長、管理栄養士、社会福祉士)

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 仕事とは、与えられたもの・決められたものを一生懸命にこなすこと。若いころから多くの人が経験します。一方で、新しく仕事を生み出し、それを仲間たちに分かち合うというような働き方をしている人もいます。こちらが経営者や店長といった人たち。今回のトップランナーである管理栄養士の村上智洋さんは、就労継続支援(B型)事業所たびだちの村・ふれあい通り「モンソレイユ」というパン屋の店長。店名には私の日差し、私の太陽という意味が込められていて、ベーグルが名物のパン屋です。
 就労継続支援(B型)事業所とは、通常の事業所に雇用されることが難しく、雇用契約に基づく就労が困難な人に対して、就労の機会と生産活動の機会を提供し、就労のための知識や能力の向上のために必要な訓練や支援を行う事業所のことをいいます。

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 村上さんは栄養士養成校を卒業後、千葉県市川市でベーグルが人気のベーカリーカフェに勤務。その後、栄養士養成校で栄養教諭の教育実習先だった特別支援学校の卒業生との再会から「知的障がいのために食生活を整えることが難しく栄養面でのリスクが大きい人たちがいる」と痛感し、障がい福祉の道に進路を変更。平成22(2010)年に社会福祉法人章佑会に栄養士兼パン作業担当支援員として就職しました。

 当時、章佑会で取り組もうとしていた就労継続支援事業所を立ち上げるため、「モンソレイユ」の新規開店のための店作りやプログラム作りを担い、現在も運営に力を尽くしています。自閉症や高次脳機能障がい、麻痺等の障がいを抱えている事業所の利用者を「パン屋の店員」として迎え入れ、彼女たちとともに働く喜びを分かち合っています。
 「障がいを持っているからと言って働く幸せを味わえなかったり、人として成長する機会が少なくなるのはさみしいですよね。また、働くための支援を必要としていてもずっと"訓練"の中で生きていくのは楽しくないはず。ここでは一人の社会人として『私、働いている!』という気持ちを持ってもらえるように心がけています」

 事業所の利用者である店員は現在12名、彼女たちをサポートする支援員である職員は5名(パートを含む)。村上さんは店長として、2つの約束事を皆に伝え続けています。1つは「与えられた仕事を大切に想うこと」、もう1つは「一緒に働く仲間を大切にすること」。働くうえで障がいがあってもなくても社会人。職務に対する誠実さを持ってほしいという村上さんの願いが込められています。
 毎朝、ホワイトボードに一日の作業を書き出して、その日の作業の段取りとチーム分けを示します。店員たちは自分たちで話し合い、所属するチームの中で誰がどれを担当するかを決めていきます。障がいによっては発語が難しかったり、手順を理解することが難しい場合もありますが、必ずチームごとにミーティングをして厨房とその周辺での作業に取りかかります。

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 モンソレイユの店員は20代の女性が多く、とてもにぎやか。それだけにおしゃべりもケンカも多発します。村上さんは製パン作業の指導だけでなく、管理栄養士として健康上の不安や悩みに応えたり、ケンカの仲裁に入ったり、障がいの程度にかかわらず望ましい人間関係ができるよう助言をしたりと、皆が気持ちよく働き続けられるように気を配ります。「もう辞めたい!」という店員には、あえて笑顔で「お疲れさま!」と手を振る村上さん。引き留めてほしくて「何なのそれー!」と村上さんの腕をつかんで訴える店員の姿。皆が、まさに和気あいあいと働いているのです。
 「開設して6年目。利用者である店員が増えて、店員たちのパン作りの技術も少しずつ上がってきています。支援員の数も揃ってきたので、製パン作業については私自身の出番は減りつつありますね。自分ができるよりも、皆ができるようになるほうが何倍も嬉しいものです。店長ならではの幸せです」

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 店内にはパンが焼きあがる香ばしい匂いが立ち込め、店員たちができあがったパンを並べていきます。国産小麦を使ったチョコベーグル、レモンベーグル、クルミベーグル、カボチャベーグル、木の実のパン、カンパーニュ、ツナのフォカッチャ、オリーブのフォカッチャ、デニッシュ、ライ麦食パンなどのさまざまなパン。季節によってラインナップも変わります。前職のベーカリーカフェの経験を活かし、村上さんは店員たちとともに、就労継続支援(B型)事業所であっても「パン屋」として成立するための品ぞろえを考え、皆で焼き上げる毎日です。

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店員がさらに"輝ける場"を作り出す

 店員たちの仕事は、パン作りだけではありません。モンソレイユから徒歩5分ほどの君津市役所のほか、図書館や公民館、福祉施設でのパン販売があります。村上さんはパンの販売機会をさらに増やすため、地域のイベントなどにも積極的に参加するようにしています。
 「お客さんと接してお金をいただくこと、計算することが好きな店員もいれば、会計の仕事は苦手でも袋詰めをしたりトレイを渡したりすることができたり、大きな声で『いらっしゃいませー』と言うのが得意な店員もいます。厨房の中だけでは見ることができない"接客"で輝く姿が見られます」
 日々の事業所では、昼食作りも仕事の一つ。毎週土曜日のミーティングの際に翌週に食べたい料理の希望を出し合い、村上さんが管理栄養士の視点でアドバイスを入れながら係の店員とともに1週間の献立を組み立て、主食・主菜・副菜(汁物)のメニューに調整します。すべての店員には週に1回この「給食作り」の仕事がまわってきて、パン作りの作業以上に楽しみにしている人も。この日のメニューは、めんたいことじゃがいものパスタ、レタスとパプリカのサラダ。高校生の実習生分も含めて18食を店員4人と職員2人で作りました。

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 制服のアイロンかけも重要な仕事です。パン屋の2階の作業部屋で、気持ちよくパン作りができるようにコックコートとエプロンに丁寧にアイロンをかけるのです。さらに、村上さんが栄養士養成校に通う以前に仕事としていた造園業の経験を生かし、店舗の周りを彩る花壇作りや野菜作りも店員たちと手掛けています。

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 村上さんはモンソレイユの開店準備・運営と並行して、社会福祉士の国家資格も取得しました。
 「障がい福祉の現場で働くようになり、食については専門でも福祉については"無免許運転"をしているような気がしたのです。対人援助についての学びを深めたくて勉強をするうちに、福祉や人権に対する見方など、自分の中の意識が少しずつ変わったように感じます」
 好奇心が旺盛で、常に何かを学び、それを周りで働く人たちに還元していく村上さん。現在は10数名に"働く幸せ、働く楽しさ"を提供していますが、もっともっとニーズがあると感じています。地域で暮らしている孤独になりがちな高齢者やひきこもりの人たち、食事に困っている子どもたち、過去に触法事件を起こしてしまった人たち......、彼らにも「食べること」や「食べ物作り」をとおして温かい気持ちになれる居場所を提供したいと考えているのです。村上さんが生み出したモンソレイユ流の福祉の輪が、これからどのように広がっていくでしょうか。期待が高まります。

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プロフィール:
平成14(2002)年、南九州大学園芸学部卒業。岩間造園(株)に就職して植栽管理業務に従事。1型糖尿病を発症し食事療法を経験したことから、栄養士の道を志す。平成20(2008)年、昭和学院短期大学ヘルスケア栄養学科卒業。OpenOvenでの勤務ののち、社会福祉法人章佑会に就職。就労継続支援事業所の立ち上げにかかわり、平成24(2012)年から現職。放送大学大学院修士課程修了。修士(学術)。管理栄養士。

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