入会

マイページ

ログアウト

  1. Home
  2. 特集
  3. 大人も子どもも増え続ける生活習慣病 より効果のある予防法の確立をめざす研究者

大人も子どもも増え続ける生活習慣病
より効果のある予防法の確立をめざす研究者

トップランナーたちの仕事の中身♯021

宮城栄重さん(金沢大学医薬保健研究域医学系公衆衛生学博士研究員、管理栄養士)

20180201_01.jpg

 私たちの身体は食べたものでできている――。そんな言葉を聞いたことがあるでしょう。でも、目の前のカレーライスやサラダ、オレンジジュースが、食べたあとに自分の身体の一部になることを、ピンと来る人は少ないものです。

 金沢大学で生活習慣病予防とそのための健康教育方法を研究している管理栄養士の宮城栄重さんは、栄養士になるための短期大学生時代に、普通の食事に比べてたんぱく質が少ない食事を与えたラット(実験に使うネズミ)の解剖実験をしたときに驚き、その衝撃がきっかけで研究者の道を歩んできました。

「本来赤いはずのラットの肝臓が、真っ白になっていたのです。脂肪肝の状態です。食べ物で内蔵の色や形がこんなに変わってしまうなんて!という驚きから、なぜ食べた物で身体が変化するのか、どのように変わるのかをもっと知りたい、そして身体が悪くならないための方法を見つけ出したいという気持ちが芽生え、研究を続けてきました」

20180201_02.jpg

 これまで宮城さんが特に力を入れてきたのが、腎臓病の予防や悪化を防ぐための食事(栄養)療法の研究です。腎臓の働きが悪化すると、体内の老廃物や毒素を尿から排泄する機能が弱ったり、血圧を適切にコントロールできなくなったり、身体の中の水分量や電解質のバランスを保ったりすることが難しくなります。その結果、身体がむくんだり吐き気や食欲不振、高血圧、貧血などの症状が現れ、心臓の動きが悪くなり、意識障害、呼吸困難、最悪の場合には死に至ることもあります。食事療法や薬を飲んでも腎臓の状態が安定しなくなった際に、腎臓の働きに代わって人工的に血液の余分な水分や老廃物を取り除くのが「透析療法」です。

 現在、この透析療法を受けている患者の数は全国で32万9,000人(平成28(2016)年12月末、日本透析医学会発表の速報値)にも上り、その数は増加の一途をたどっています。宮城さんは研究を続けてきたなかで、食事療法や薬による治療が遅れることであっという間に透析導入に移行してしまう人や、食事療法を実施するのが難しくて心不全や異所性石灰化(骨以外にカルシウムが沈着して臓器に障害が起こる病気)が進んでいく患者さんにたくさん関わってきました。

 「腎臓病の悪化を防ぐには食事療法が有効なのですが、同時に、腎臓病をはじめとする生活習慣病を早期に、または発症する前の段階でより的確に予防するための食生活を提示したいと考えています。たとえば、透析の前段階となる病気でもっとも多いのは糖尿病で、その糖尿病の重大な危険因子として知られているのは肥満です。しかし、日本の糖尿病患者さんやその予備軍の6~7割は非肥満者です。肥満の方と肥満ではない方では高血糖になるメカニズムが異なりますので、それぞれに適した対策が必要で、私はこのように個人それぞれにピタリと合う的確な予防方法を見つけ出したいのです」

 数年前までは、腎臓病の悪化を予防するためにたんぱく質を少なめにする食事「低たんぱく食」を勧めない医師が少なくありませんでした。というのも、「低たんぱく食」が有効であるというメカニズムが解明されておらず、低たんぱく食にしてしまうことで食事の量や摂取エネルギーが減り、患者さんが低栄養状態になってしまうのではないかと懸念する医師が多かったからです。宮城さんは、薬だけでなく食事でも腎臓病の悪化を防ぐことができることを証明したいと考え、低たんぱく食が腎臓の機能の低下を抑えるメカニズムを明らかにして、低たんぱく食の有効性を医師たち、患者さんたちに広めたいと考えました。
 宮城さんは研究の結果、ラットを使って細胞内で働き出すシグナルがたんぱく質を食べることによって腎臓の細胞内で余計に働いてしまい、腎臓の硬化が進むことを解明。論文にまとめて、低たんぱく食の有効性を公に発表したのです。

住民のみなさんの協力があるから研究できる

 研究者と聞くと、大学や研究所の室内に朝早くから夜遅くまでこもって、前述の宮城さんのようにラットの解剖をしたり、試験管を振ったり、椅子に座って考え込んだり......というイメージがあるかもしれません。しかし、研究者には"フィールド"と呼ばれる、研究テーマに即した場所に出向いて、対象となる人や動物、植物などを調査する、アウトドアな一面もあるのです。

20180201_03.jpg

 金沢大学での宮城さんの研究フィールドは、石川県の志賀町。金沢大学大学院先進予防医学研究科長の中村裕之教授のもとで、「スーパー予防医学検診」の開発を進めるために、宮城さんは能登半島の中央にある志賀町をたびたび訪れています。スーパー予防医学検診とは、従来の画一型の検診・保健指導プログラムとは異なる、個人の特性に応じた新しい検診・保健指導プログラムです。

20180201_04.jpg

 宮城さんの仕事の第一段階は、住民に研究への協力を募ること。志賀町と金沢大学医学部先進予防医学研究科は「健康づくり推進のための連携協定」を締結していて、町全体として研究に協力する体制はあるものの、実際には宮城さんたち研究員が各地域の区長や班長に集まってもらい、住民に血液検査、尿や便の検査や聞き取り調査に協力してもらうためのアイデアを募り、期日を決めて、実施につなげていきます。

 個人個人により効果のある"新しい"プログラムを生み出すには、検査や調査の項目、内容はさまざまで、研究は長期に及びます。そのため一部には、住民の協力が容易には得られない地域もあります。宮城さんは「みなさんにより健康になっていただくための研究であること」を丁寧に説明し、聞き取りやデータの収集のために各地を回ります。現在進行しているのは、住民一人ひとりに睡眠計を一週間身につけてもらい、寝室に温湿度計を設置して記録してもらうこと。その記録の結果から、日々の活動量と睡眠時間、部屋の環境などと病気の有無・種類、遺伝的な体質の関係を調べるのです。機器の使い方や記録のつけ方を、住民たちにわかりやすく解説し、疑問や負担を少なくして取り組んでもらうのも宮城さんの仕事です。
 中村教授は、「人の健康に携わる研究者に大切なのは、自分の研究に没頭できる能力とともに、調査対象となる住民のみなさんとかかわる人としてのコミュニケーション能力です」と言い切ります。宮城さんは研究者の実績とともに、管理栄養士として患者さんへの栄養指導や住民たちへの保健指導の経験も豊富。宮城さんのこれまでのキャリアすべてが、この「スーパー予防医学検診」の開発に活かされているのです。

20180201_05.jpg

 健康の研究をしている人なら質素な食生活をしていると思われがちですが、実は宮城さんはお菓子もジュースも好きだそう。だからこそ、人々に「制限に縛られすぎずに好きなものを食べて、満足して暮らしてほしい」という思いが強くあります。個人の遺伝的な体質や育った環境の違いによって、生活習慣病を"兆し"のその前から予防するためのピンポイントの方法を確立したい――。中村教授率いる宮城さんたちの研究報告が待ち遠しい人は少なくないはずです。

20180201_06.jpg

プロフィール:
静岡県立大学食品栄養科学部栄養学科卒業、同大学大学院食品栄養科学専攻修了。県立新潟女子短期大学食物栄養学科助手、米国エモリー大学医学研究所腎臓学博士研究員を経て、静岡県立大学食品栄養学部臨床栄養学教室助教等を務める。結婚後、腎臓専門クリニック、富山県舟橋村役場、協会けんぽなどで非常勤職員として勤務し、平成29(2017)年4月より現職。博士(食品栄養学)。

賛助会員からのお知らせ