住み慣れた場所で人生の最期まで穏やかに
管理栄養士が家族とともに伴走していく
2018/05/01
トップランナーたちの仕事の中身♯024
大野真美さん(社会福祉法人ひふみ会特別養護老人ホーム親光 栄養課課長、管理栄養士)
人生の最期をどこで迎えるか――。自分のことでも、大切に育ててくれた両親のことでも、頭を悩ます人はたくさんいます。できれば、自宅で。住み慣れた場所で。そう思っている人が多いにもかかわらず、医療が発達した現代では医療機関で亡くなる人の割合が約8割にも上ります(厚生労働省調査)。"終のすみか"ともいわれる特別養護老人ホームであっても、救命のために救急車で搬送されて病院で亡くなるケースが大半です。しかし、埼玉県川口市にある特別養護老人ホーム親光では、職員による"チーム"で看取りケアに取り組んできました。
そのチームの中心人物が、栄養課課長を務める管理栄養士の大野真美さんです。管理栄養士がなぜ"看取り"と関係があるのでしょうか。
「山﨑猛臣施設長から、入居されている高齢者の体重の変化や食事摂取量の変化を日々確認し、それに合った食事を提供している管理栄養士は、看取りケアを中心的に進めていくのに適任であると言われました。入居者様の食べられる量が徐々に減っていく姿を目の当たりにするのは誰しも辛いものですが、『また食べられるようになるかも』、『積極的な治療を考えたほうがいいかも』と思っている看護師や介護職員たちと、入居者様の食事量がだんだんと低下していることを確認しあうことから始まります。配置医からご家族に病状説明をしていただき、生活相談員と介護支援専門員、介護職員、看護師、機能訓練指導員、管理栄養士の私たちが医療以外でその方にできることをご家族に説明して、ご家族の気持ちに寄り添いながら、ターミナルへの道案内をすることが私の大切な仕事です」と、大野さんは説明します。
入居者の一人Yさんは、体調が悪化すると病院へ入院し、改善すると特別養護老人ホーム親光に戻ってきて過ごすという生活を繰り返していました。平成29(2017)年6月に、「最期のときを親光で過ごさせてあげたい」という家族の希望から、病院での点滴を中止して親光で過ごすことになりました。当時は、親光での食事は1日に水分をひと口、ふた口程度でした。それが、9か月経過した平成30(2018)年3月時点で、朝食と夕食は高栄養食品を、昼食は親光の調理師が作ったミキサーで混ぜた食事を食べられるまでに改善しています。Yさんに限らず、「看取りの契約書」を家族と交わした入居者でも悪化することなく3年以上を過ごしている方もいるのです。
「死期が近づいているように見えても、無理のない食事量で臓器に負担をかけずに、穏やかに過ごしているのが良いのかもしれません。管理栄養士は1日○kcal、野菜を○g食べましょうというイメージが強いかもしれませんが、特別養護老人ホームでの管理栄養士はお一人おひとりに向き合って、その方にとっての最善の栄養ケアを優先しています」
特別養護老人ホーム親光には、100人の方が10人ずつ10ユニットに分かれて暮らしています。平均年齢は85.0歳(男性79.3歳、女性86.6歳)ですが、50代、60代の比較的若い世代で介護が必要な方も暮らしています。そのなかで、管理栄養士は大野さん一人。一人で100人分の栄養管理を担っているわけですが、各ユニットの職員と協力し合いながら仕事を進めています。
栄養管理をしていくなかで大切なことの1つに、日ごろの体重の変化に気をつけることがあります。1日3食の食事で食べられる量が減っていくと、当然ながら体重も落ちていきます。また、体重が落ちていなくても排泄がうまく機能せずにむくんでしまっている可能性もあり、病気の兆しに気づくこともあります。体重は大切な指標なのです。しかし、介護が必要な方はほとんどの場合、自分で体重計に乗ることができません。大野さんは、各ユニットの介護職員に毎月10日までに全員分の体重を計測してもらうようにお願いしています。先月の記録との差が大きい場合には、大野さん自身が計り直して再度確認することもあります。
また、毎日3食、入居者の方々が食事をどのくらい食べることができたのか、介護職員に10段階で評価してもらい、記録をつけてもらっています。大野さんは、入居者の昼食時に全部のユニットをまわり(ミールラウンドをして)、入居者の食べている様子を観察するとともに、食べられる量や水分の摂取量が極端に減ってしまっている人はいないかどうかを記録で確認し、気がかりな入居者がいる場合には、介護職員や看護師との見守りや食事介助を手厚くしたり、料理をやわらかくしたり飲み込みやすくしたりしてより食べやすい食事形態に変更するかどうかを話し合うなど、可能な対応策を決めています。食事の形態や量を変更する場合には、大野さんが厨房に出向き、調理を任せている委託栄養士や調理師にその理由を説明して、次の食事から対応をしてもらうようにしています。
このように特別養護老人ホームの中で管理栄養士が大野さん一人であっても、生活相談員、介護支援専門員、看護師、介護職員、機能訓練指導員や給食委託会社の栄養士、調理師と協力し合い、「管理栄養士=コーディネーター」として動くことで、入居している100人すべての方に適切な食事と栄養を届けることが可能になるのです。
買い物イベントも「食べる」につながる
特別養護老人ホーム親光は開設して9年目。オープン当初から入居している方もおり、当時は必要な介護が少なかった方でも年を重ねるごとに老化が進み、要介護度が上がってきている方もいます。1日3食の食事が"楽しみ"の一つとはいっても、飽きがきてしまうこともあります。大野さんは、特別養護老人ホームは生活の場であることから、介護職員たちとともに生活感のあるイベントを企画して実施しています。それが、「やおいち」と「パン販売」。それぞれ隔月で月1回ずつ開催しています。
やおいちは、1階のフロアで果物やお菓子、梅干し、佃煮、季節によっては焼き芋やとうもろこしなども販売します。入居するまで主婦をしていた女性は、「果物を買って、ユニットのみんなに分けてあげたいの」と、やおいちでの買い物をとても喜んでいます。面会に来てくれる家族のためにお菓子を買っておく人もいます。
パン販売も同じく1階のフロアで、近所のパン屋さんに依頼した数種類のパンを販売します。日ごろの食事は飲み込みやすいムース状のものしか食べられない人であっても、クリームパンを購入し、中のクリームを味わっています。入居者は普段は用意された食事を食べる日々ですが、「自分で選べる」買い物イベントは、食べたいという意欲の向上にもつながります。
こうした取り組みは、ほかの特別養護老人ホームなどで実施しているのを大野さんや介護職員たちが聞いてきて、スタッフで話し合い、「親光でもやってみよう!」と実行に移していきます。大野さんは同じ川口市内にある特別養護老人ホームの管理栄養士たちとLINE(スマートフォンの無料のチャット機能)でグループを作り、イベント時の写真やお花見などの季節に合わせた食事の写真をお互いに見せ合うことで、自分たちの仕事に新しい視点を取り入れる工夫もしています。
人生の最終章を迎える特別養護老人ホームですが、大野さんをはじめ介護職員や看護師などスタッフ皆の力で、いつも明るく新しい風が吹いているのです。
プロフィール:
ブルドックソース(株)研究所検査科に勤務後、服部栄養専門学校へ入学。卒業後は同校栄養指導研究室の助手として勤務。学生指導、食事調査や保育園給食の研究に携わる。平成9(1997)年から板橋区医師会病院に勤務し、栄養管理、栄養指導の他、病診連携における栄養指導、生活習慣病予防健診における学童期の食生活状況等の研究も。その後クリニック勤務を経て、平成22年より現職。管理栄養士。