この研究が社会に役立つはずだ!
ワクワクと情熱に生きる大学教授
2018/07/03
トップランナーたちの仕事の中身♯026
新井英一さん(静岡県立大学食品栄養科学部栄養生命科学科臨床栄養管理学研究室教授、管理栄養士)
大学の研究者、大学教授と聞くと、朝から夜遅くまで自分の研究室で研究に没頭していて、何だか近寄りがたいイメージがあるかもしれません。静岡県立大学教授の新井英一さんは、まったくの逆。人とのつながりを大切に、フットワーク軽くあちこちへ出向くタイプの研究者です。
そんな新井さんのもとには、卒業した元学生たちが顔を出したり、メールを送ってきたり。卒業生とのつながりもとても大切にしているのです。就職先で課題にぶつかった管理栄養士たちに悩みを打ち明けられることもしばしば。新井さんはまるで「止まり木」のように、羽ばたいて行った卒業生を少し休ませて話をしてヒントを与えて、また自分たちの道へと飛び立たせていく。それも教授という仕事の1つと考えています。
新井さんは静岡県立大学において食品栄養科学部栄養生命科学科の臨床栄養学の講義や、治療食実習で学生たちに実際に調理をしてもらう授業を受け持っています。
栄養生命科学科の中の「臨床栄養管理学研究室」。ここが新井さんの研究室です。4年生になると学生たちは研究室に所属するようになり、新井さんの臨床栄養管理学研究室には毎年1~3人がメンバーに加わります。大学4年で卒業をして社会人になる学生もいれば、その後に大学院に進学して新井さんとともに研究を進めていく学生もいます。
新井さんは学生たちに、臨床栄養に関する研究の指導をするだけでなく、管理栄養士の存在価値を実感する機会を作っています。
たとえば、県民が参加する「健康フェスタ」などのイベントにスタッフとして携わらせます。管理栄養士資格をすでに取得した大学院生には食事相談を担当してもらい、資格をまだ取得していない学生には会場スタッフとして一般の人たちと接する機会をつくります。管理栄養士が人々の役に立つ、その責任感と充実感を理解してもらうのが狙いです。
新井さんの研究室の卒業生の就職先は管理栄養士資格を活かせない職場に就職する学生もいます。それでも、管理栄養士がいればどんな場面でも食の安心・安全を確保し、健康に貢献できるという思いを持ち続けてほしいと考えているのです。新井さんが学生たちと進める研究も、管理栄養士が人々に貢献できることを実感できる内容になっています。
たとえば、「血液中の中性脂肪の値が高い患者さんに月1回、1年間継続して管理栄養士が栄養指導をしたらどのような効果があるか?」を調査したことがあります。管理栄養士資格を取得している大学院生が代々引き継ぎをしながら、近隣のクリニックで4年間に100人近い患者さんを栄養指導しました。それにより、「1年間栄養指導を受けた患者のうち6割の人は、中性脂肪の値が40%ほど低くなった」という結果を出すことができたのです。
「管理栄養士として実際に栄養指導を行い、結果を出せるという経験によって、のちに社会人になってからも管理栄養士の専門性に誇りを持って活動できると思うのです。学生だけでなく臨床に携わるすべての管理栄養士に必要な経験だと思います。データを集めて結果を導くという研究により、管理栄養士としての自分の仕事を評価することが重要です」
また、この研究では、治療中でもアルコールを飲み続けている人は栄養指導を受けても中性脂肪の値が低くなりにくいということや、栄養指導を受けずに薬の服用をするだけでは中性脂肪値は低下させるものの、体重減少にはつながらないという結果になりました。このような研究によって、管理栄養士が栄養指導をする意義や、指導のポイントも明らかになっていきます。
新井さんの研究室を巣立っていった管理栄養士たちは「学生のうちに研究を経験したことが、社会人になっても影響し続けている」と言います。研究室の壁には、「新井先生の研究室に来てから、新しい発見ばかりで自分の考え方がまるまる変わりました」、「新井先生と出会い、私は人生を生き抜く勇気と強さを授かりました」などの卒業生たちからのメッセージも飾られていて、新井さんが慕われ続けていることがわかります。
時間栄養学の研究で 管理栄養士も人々もラクになる
新井さんの研究魂は、「この研究が社会で役に立つかもしれない」というワクワクが源になっています。新井さん自身は病院で管理栄養士として働いた経験はありませんが、徳島大学で助手をしていたときに大学病院でNST(Nutrition Support Team:栄養サポートチーム)や、健康センターの立ち上げに病院勤務の管理栄養士とともに携わった経験があります。その経験から、「医療の現場では管理栄養士にどのような課題があり、管理栄養士がどのようにすれば医療や社会に貢献できるのか」という視点で物事をとらえられるようになったそうです。
新井さんが現在、力を入れている研究の1つが「リン」。リンは骨や歯の正常な発達に欠かせない栄養素ですが、ハムやインスタント麺、清涼飲料水などの加工食品に多く含まれているため、多くの人が過剰に摂りすぎている心配があります。
病院や学校給食では、一般的に「リンは摂りすぎないように」という栄養指導や食育がされていますが、新井さんの研究では「リンは日中から夕方までに摂ると尿から排泄できるが、夜遅くにとるとリンが血液中にとどまり翌朝も血液中に高濃度の状態のままで存在する」ことが明らかになりました。そこで、「リンは摂りすぎに注意」という漠然とした制限から、「リンを多く含む加工食品は夜遅くには食べないように」という食事の仕方のコツが生まれます。この考え方が時間栄養学であり、「どの時間帯にどのような食事をしたらよいか」が、新井さんをはじめとする栄養学の研究者によって近年明らかになってきています。
社会に役立つかもしれないというワクワクした気持ちから始まる新井さんの研究は、時間をかけて結果が導かれ、世の中に発表され、「へぇー!」、「そうなんだ!」と人々の知識になり、人々の健康に活かされていきます。
プロフィール:
平成7(1995)年、徳島大学医学部栄養学科卒業。同年、管理栄養士資格取得。平成12(2000)年、徳島大学大学院栄養学研究科博士後期課程修了(栄養学博士)。母校で助手として研究・教育に従事し、同大学附属病院でNSTの立ち上げや、臨床試験管理センターの業務に関わる。平成19(2007)年から静岡県立大学食品栄養科学部栄養生命科学科臨床栄養管理学研究室准教授。平成30(2018)年4月より現職。平成28(2016)年から(公社)静岡県栄養士会副会長。