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命の現場で必要とされる管理栄養士でありたい
そんな管理栄養士を育てたい

トップランナーたちの仕事の中身♯028

田中智美さん(医療法人渓仁会手稲渓仁会病院栄養部部長、管理栄養士)

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 北海道の最大都市、札幌市の北西部に手稲渓仁会病院はあります。ベッド数は670床、手術室は15室もあり、手術件数は道内最多の規模。大都市に暮らす住民たちの急性期医療、高度医療を担っています。
 近年は、医療費削減を目指す国の指針により手術をする患者さんの入院期間が短くなっています。手術前に必要な検査や投薬は自宅から何度か通院しながら受けて、体調管理も自宅で行うといった流れのため、患者さん側からすると、医師や看護師の事前説明が一回では理解しづらかったり、「手術の後はご飯やお風呂はどうなるのだろう?」といった小さな不安、疑問をなかなか解消できないまま、手術直前の入院を迎えることになります。
 手稲渓仁会病院ではそのような心配事を抱えた患者さんを支援するため、「患者サポートセンター」を平成28(2016)年から稼働させました。ここには、プライバシーを守るための個室のカウンセリングブースが10部屋あり、看護師、薬剤師、医療ソーシャルワーカー、そして管理栄養士も配属されています。

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 栄養部部長で管理栄養士の田中智美さんはこの日、患者サポートセンターで婦人科系がん治療の手術を予定している30代女性の栄養相談を担当していました。現在の栄養状態評価、心配や不安で食事量が減っていないかどうか、食物アレルギーの有無等を聞き取り、同時に入院中の「ERAS食」について説明しました。

 ERAS(イーラス)とは、Enhanced Recovery After Surgeryの頭文字を取ったもので、手術後の回復力強化を意味します。従来、手術前後には食事を食べない「絶食」期間を数日間設けること、体もできるだけ動かさない等の対応が習慣的に行われていましたが、ERASは医学的な根拠に基づいて、手術の前後には食事をしっかりととり、早めに体を動かし、早期回復につなげるというプログラムです。1990年代にヨーロッパで広まり、同院では全国でも早い時期の平成23(2011)年からERASの取り組みを始め、栄養部の管理栄養士は外科・婦人科・麻酔科の医師、看護師等とともに、手術前後の食事を見直し、新たに「ERAS食」を開発しました。この女性のケースでは、手術後当日の夜から経口補水液や乳酸菌飲料、手作りのスープ等で構成される「スープ食」を提供し、体調の回復を見て3日目には「全粥食」、そして一般的な食事「常食」へと食事内容を早めに日常に戻していきます。

 「手術前後の絶食の期間をできるだけ短くして、手術後には早めにスープ食を開始することが、患者さんの体力の維持につながり、退院までの日数も短くなります。それにより医療費の削減につながるという病院にとっての大きな利点がありますが、それよりも患者さんの安心感、満足度が大事です。食事も治療の一部ですので、患者さんが栄養を摂る必要性を理解・納得して治療と向き合えるよう支援することが大切だと考えています。患者サポートセンターの管理栄養士は、入院前に手術前後のERAS食を説明し、患者さんの手術後、そして退院後の食事の不安や疑問に答え寄り添う大切な使命があります。」
 田中さんとの栄養相談を終えた女性は、不安を1つ取り除けたようで笑顔を見せました。

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総勢18人の管理栄養士が病棟で活躍

 手稲渓仁会病院には、田中さんを含めて管理栄養士が18人も揃います。1つの病院にこれだけの数の管理栄養士が在籍していることは稀。18人の管理栄養士は、患者サポートセンターのみならず、消化器病センター、心臓血管センター、泌尿器・腎センター、小児センター、産科・婦人科、耳鼻咽喉科、脳神経外科、歯科口腔外科、総合内科、ICU、救急救命センター等、病院内のさまざまな病棟に配属されています。
 田中さんが大学卒業後に病院栄養士となった平成12(2000)年頃から、同院では管理栄養士が病棟担当制で"命の現場"に関わってきました。しかし、「当時はまだ管理栄養士が病棟で看護師たちと肩を並べて堂々と仕事をするにはほど遠かった」と田中さんは振り返ります。

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 田中さんは栄養部長として、「医療者としての誇りを持ち、命の現場で患者さんからも、医療者からも必要とされる管理栄養士でありたい。そして、そのような管理栄養士を育てたい」という思いがあります。そのために、部下たちが「管理栄養士という職業を心から楽しめるように」、「臨床の経験がたくさん積めるように」と、病院内外の環境を整えてきました。
 まずは、管理栄養士それぞれの給食管理、栄養指導、栄養管理等の技術・能力を伸ばすこと。栄養部長の田中さんの下に主任を3名揃え、各主任をトップにしたチーム体制で業務を進めています。笠井由季菜さん、菅野未希子さん、山下翠さんの主任3名は、自身もICU(集中治療室)や救命救急等の病棟を担当しながら、ほかの病棟を担当する後輩たちの指導や相談も担っています。

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 そして、管理栄養士一人ひとりが自分の技術・能力の向上を把握し、田中さんが部長として平等に評価をするために、田中さんは「管理栄養士教育ラダー(能力評価表)」を考案しました。管理栄養士としての技術だけでなく、職務態度(積極性や身だしなみ・健康管理等も含む)、ほかの職種との連携、教育・研究への態度を、レベルⅠ~Ⅴの5段階に分けて細かく項目を設定。各項目について管理栄養士それぞれが○・△・×で評価をして、部長の田中さんも同様に○・△・×で評価をするものです。半年に1回この「教育ラダー」を使って評価と面談を行い、今後どのように技術を高めて成長していくかを、管理栄養士一人ひとりに考えさせているのです。
 「管理栄養士養成校では、病態や薬剤について医師や看護師ほどのレベルで教えてもらう機会が少ないように感じます。臨床での実習期間も2週間と短いです。なので、病院に就職してから医療について必死に学ばなければならないのですが、仕事をしながら勉強をするのは容易ではありません。質問できる先輩がそばにいて、次に目指すレベルが分かる"教育ラダー"を用意することで、管理栄養士としての成長につなげています」

 こうした取り組みの成果もあり、「栄養部は離職率が極めて低い」と、副院長の大野和則医師は田中さんのリーダーシップ力を評価しています。実際に、栄養部の管理栄養士の半数近くは子どもを持つ母でもあり、結婚、妊娠、出産を経ても、再び管理栄養士として"命の現場"に復帰しているのです。

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 「田中さんは、栄養で患者さんを、そして病院をより良くしたいという情熱があり、とても明るい。トップが暗い顔をしていては、部署は盛り上がらない。ついていきたい気持ちにさせてくれる、そんなリーダーですね」(大野副院長)
 その人間力を買われて、田中さんは院内運営会議、TQM(Total Quality Management)推進室、品質管理委員会、災害拠点病院運営委員会等、病院内で9つの委員会を掛け持ちして、栄養部の業務にとどまらず、病院全体の運営を任されています。
 「栄養や食品という管理栄養士の専門分野にとらわれることなく、医療全体に視野を広げてグローバルに物事を考えるようにしています。そのためには、医療と徹底的に向き合う覚悟を持ち、医師、看護師、薬剤師、医療ソーシャルワーカーなど多くの職種とコミュニケーションをとり、得た知識を臆することなくどんどん現場で使っていくことを心がけています」

 田中さん自身も、小学生の男の子2人のお母さんです。1日当たり1500食(約70食種)×365日提供し続ける病院給食の責任者であり、医療の質を向上させるブランドマネージャー的な存在でもあり、母でもある。常に自分自身も研鑽を積み重ねつつ、栄養部の後輩たち、そして子どもたちに、医療人として仕事をし続ける素晴らしさをその背中で伝えています。

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プロフィール:
昭和63年(1998)年、天使女子短期大学食物栄養学科卒業。平成12(2000)年、藤女子大学人間生活学部食物栄養学科卒業。同年、(医)渓仁会手稲渓仁会病院に入職。結婚を機に退職するが、長男出産後の2007年から天使大学看護栄養学部栄養学科助手として働く。平成22(2010)年、手稲渓仁会病院に再入職。平成25(2013)年から栄養部副部長、平成28(2016)年より現職。管理栄養士。

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