白衣姿の病院勤務から、拠点を地域に。身近な存在の"ちゃべちゃべ"な管理栄養士
2019/04/01
トップランナーたちの仕事の中身♯034
櫻井千佳さん(フリーランス管理栄養士)
健康な人でも、食事については「食べ過ぎかな?」、「子どもの食事はこれでいいの?」と、毎日の食事が適切なのかどうか、多少の不安や心配がつきものです。「ダイエットしたい!」、「もっとやせたほうがいいんだろうなぁ~」と体型の悩みも多くの人が抱えています。
"ちゃべちゃべ"とは、北陸地方で「おせっかいな」を意味する言葉。一家に1人とは言わなくても、地域に1人"ちゃべちゃべ"な管理栄養士・栄養士がいれば、多くの人の食事にまつわる悩みや不安はずいぶんと解消されるはずです。
石川県金沢市で「地域のおかかえ管理栄養士」として"ちゃべちゃべ"な活動をしているのが、櫻井千佳さんです。管理栄養士養成校を卒業後、地元の金沢大学附属病院で管理栄養士として20年近く働いていたのち、旦那さんの転勤で渡米。帰国後にまた金沢に戻り、フリーランスの管理栄養士として仕事をしています。
大学病院では、櫻井さんは患者さんの治療効果を高め早期回復を目指す栄養管理に力を入れてきました。自分が関わる栄養管理と栄養指導が適切だったかを確かめるために、日常的に患者さんに「お困りごとはありませんか?」と声を掛けながら、ベッドサイドをまわっていました。
「大学病院での仕事は大好きでしたが、患者さんの退院後の生活まではフォローができないので、患者さんやご家族のその後がいつも気掛かりでした。食事についてご夫婦でどうしても口論になってしまうお2人は退院後うまくいっているのかな、奥さんを亡くされたあのご主人はどうしているのかな、と」。
"人が好き"な櫻井さんだからこそ、病院勤務時代は栄養指導の後や、退院後までもが気掛りでした。その"ちゃべちゃべ"な性格が、フリーランスで地域活動管理栄養士となった今、発揮されています。
「入院中のおばあちゃんの誕生日に、料理を作って米寿のお祝いをしたい」。ある家族からその願いを聞いた櫻井さんは、家族と一緒に入院先の病院の管理栄養士に会いに行きました。嚥下(飲み込み)の力が落ちていて食が細くなっているため、どのような食形態なら適正なのかをヒアリングし、手作りの食事を持ち込んでもよいという許可を得て、当日に櫻井さんの自宅のキッチンスタジオで娘さんに指導をしながら、一緒に嚥下食のお祝い料理を作成。病院の小会議室を借りて、家族が開いた米寿のお祝い会に立ち会うことができました。
「『この柿、今日庭で採れたものだよ』などと、家族の皆さんが自宅でするような日常的な会話を聞いて、食は生活や人生の充実という点でとても重要だと改めて感じましたね」
櫻井さんの主な活動の場の1つが、「元ちゃんハウス」という名の、がん患者と家族を支援する施設です。看護師の秋山正子さんと元日本テレビ記者の鈴木美穂さんが共同代表を務める「マギーズ東京」が新聞やテレビでたびたび報道されていますが、同様の施設が金沢市内に「元ちゃんハウス」として存在します。
これらの施設は1990年代にイギリスで初めて創設された、がん患者を支援する施設「マギーズキャンサーケアリングセンター」が由来。がんを告知されて悲嘆にくれてしまう患者や家族、その友人たちが集える場所で、本来の自分を取り戻せるようなくつろげる空間が用意され、医療の専門職やピアサポーター(同じような悩みを抱える仲間)が常駐していて、話を聞いたり、相談事に対応してくれたりするところです。「病院と家庭の真ん中にある場所」とされ、金沢の元ちゃんハウスも、金沢大学附属病院と金沢医療センターといった、がん診療連携拠点病院の近くにあり、病院帰りの患者さんが立ち寄ることが多くあります。
櫻井さんは、この元ちゃんハウスの創設者である外科医師の西村元一医師(故人)とは金沢大学附属病院で共に働いていました。「金沢にも、がん患者さんと家族や友人とが交流できる場を一緒に作らないか?」と誘われたのがきっかけで、現在は元ちゃんハウスを運営する認定NPO法人がんとむきあう会の理事を務めています。
理事の仕事として各種団体や行政からの助成金等の申請書や報告書の作成、問い合わせや見学者の応対といった裏方の仕事が多いものの、管理栄養士としてのこれまでのキャリアを活かして、元ちゃんハウスを訪れる患者さんや家族の話をじっくり聞き、アドバイスをしたり、料理教室のサポートをしたりもしています。
「手術後や抗がん剤治療の副作用で、食事の量が少ししか食べられなかったり、ゆっくりでしか食べられなかったり。闘病中の方は、周囲の目が気になって外食がなかなか楽しめません。喫茶店で病気の話をするのも気が引けてしまうものですが、元ちゃんハウスの中であれば、同じ病気を抱える仲間や医療専門職と、お茶を飲みながら、一緒に料理を作りながら、思う存分に語り合うことができるのです」
櫻井さんは大学病院での栄養管理や栄養指導の経験から、さらにそれを"生活"に落とし込んで話をするようにしています。抗がん剤治療中の女性から「副作用によって味覚異常があり、子どもたちのお弁当作りが難しい」と聞けば、味つけ方法や作り置きのコツなどいくつもの対策を提案し、女性の不安や負担を少しでも軽くしていきます。人はおいしいものを食べるとにっこりほほ笑むように、食事の不安を和らげることで笑顔を増やす。それが、元ちゃんハウスでの櫻井さんの使命です。
学生たちにもおせっかいな教員
櫻井さんの活動拠点は、元ちゃんハウスのほかに、小松ソフィア病院(栄養管理コンサルティング業務)、金沢学院短期大学や石川県歯科医師会立医療専門学校(非常勤講師)、そして自宅キッチンスタジオでの料理教室などがあります。
人が好きな櫻井さんは、学生も大好き。管理栄養士・栄養士の卵たちに、教科書には多く触れられていない在宅医療や在宅栄養管理についても教え、多職種連携の勉強会にも誘います。これまで培ってきた櫻井さん自身の人脈を活かして、「いろいろな職場の管理栄養士・栄養士や、社会人を見てほしい」と、学生とさまざまな人たちを結びつけることもあります。櫻井さんには「自分が誇りに思っている管理栄養士という仕事を選んでくれてありがとう!」という思いが強くあり、未来の管理栄養士・栄養士が活躍できるように待遇や職場環境の改善にも取り組んでいきたいと考えています。
「食は、世代を超え、地域や国境を越えて、人と人との距離を簡単に縮めて、あったかいつながりを作ってくれる最高のツール。ですから、食を専門とする管理栄養士・栄養士は、社会をより良くしていくために必要な資格だと私は思います」
20年近い病院管理栄養士のキャリアに比べれば、櫻井さんの地域での活動はまだ序盤。在宅医療が進展し、「地域にもっと管理栄養士・栄養士を!」の声が聞かれるなか、櫻井さんは管理栄養士仲間とともに地域活動をより盛り上げていくことでしょう。
プロフィール:
1993年、同志社女子大学家政学部食物学科管理栄養士専攻卒業。同年、金沢大学附属病院入職。2006年、栄養管理部栄養管理室室長。2012年、渡米してシカゴにて料理教室や離乳食講座等を実施。帰国後、フリーランスとして開業。現在は認定NPO法人がんとむきあう会理事、金沢学院短期大学食物栄養学科、石川県歯科医師会立歯科医療専門学校で非常勤講師、(医)愛康会栄養管理業務コンサルティング、食事の教室くでんの主宰等。