食べる人の生命と安全を守る、衛生管理のスペシャリスト
2019/09/02
トップランナーたちの仕事の中身♯039
迎 英子さん(シダックス(株)品質管理・アレルギー対策室室長、管理栄養士)
管理栄養士・栄養士の仕事のイメージと言えば、学校や社員食堂の献立を栄養バランスがよくなるように考えたり、白衣を着て栄養相談をしたり、保健センターなどで新米ママたちに離乳食を教えたり――という姿を想像する人が多いでしょう。
そして、学校給食や社員食堂で"安全・安心な食事"が提供されて当たり前と思っている人も少なくありませんが、管理栄養士のもっとも重要な仕事の1つは、この安全で安心な食事を用意するための衛生管理という業務です。栄養相談や料理教室のように、その姿は一般の人々に目に見えるようなかたちで表には出てこないものの、非常に大事な仕事です。その衛生管理のスペシャリストとして、20年以上のキャリアを積んできたのが、シダックス(株)で品質管理・アレルギー対策室の室長を務める管理栄養士の迎 英子さんです。
社員食堂や病院、老人ホーム等での給食の提供の他、ホテルやレストラン、観光施設、公民館の運営等、ありとあらゆるサービス業務を幅広く展開している同社では、毎日、全国のあちこちで何十万食もの料理を提供しています。その1つひとつの食事の"安全・安心"を守る衛生管理・品質管理の最終的な責任者が、迎さんなのです。
「当社では、衛生管理をお客様の生命と安全を守る上で、もっとも重要なことと位置づけています」と、迎さんは話します。
食の安全・安心とは、具体的には何でしょうか?
一番に挙げられるのが、食中毒を起こさないことです。冬になると「老人ホームでノロウイルス発生」等のニュースが報道されることがありますが、こうした事故が起きないように徹底する業務が衛生管理です。
迎さんは管理栄養士養成校の1つである甲子園大学栄養学部を卒業したあとに、シダックスフードサービス(株)西日本支社に入社して、担当エリアにある証券会社や銀行の社員食堂30店舗ほどを担当し、毎日、厨房で働く調理スタッフたちに衛生指導をしてきました。
髪の毛を落とさないようにキャップをきれいに被ること、手指を洗うタイミング、アルコール消毒の必要性、調理中の料理の温度計測、使い終えた包丁やまな板の洗浄方法や適切な保管――。食中毒の原因となる細菌やウイルスを持ち込まない、つけない、そして、増やさない、やっつける。
そのためには調理前、調理中、調理後、1つひとつの作業にルールを決めています。迎さんは新卒のときから、当時は自分の母親ほど年上の調理スタッフにもこうした衛生管理の業務を徹底してもらうために、「現場で働く方たちの話を聞くこと」を優先した上で、指導にあたってきました。
迎さんが入社1年目の夏に、世間が大騒ぎとなる食中毒事故が発生しました。大阪府堺市の学校給食での腸管出血性大腸菌O157による食中毒事故で、児童と教員など9,523人が罹患して、3人が亡くなりました。社内で起きた事故ではありませんが、迎さんにも緊張感が走り、自らの仕事により責任を持つようになったと振り返ります。
「なぜ、このタイミングで、この衛生作業をしなければならないのか?」、「どうしたら今までの業務に、面倒を感じずにスムーズに取り入れることができるか?」。調理スタッフから思いや考えを言葉にしてもらって、具体的にどのように取り組むかを、それぞれの現場で決めていく。これが迎さんの長年の仕事となりました。
「私は会社の中で指導をしたり、監査したりする立場なので、甘くしようと思えば、甘くして大目に見ることができます。しかし、それでは、食べる方の命や安全を守り切ることができません。厳しく対応して、調理スタッフたちの"敵"になる必要もありませんが、"なぜ、この作業が必要か"を理解し合えるまで、話し合うことを大事にしてきました」
近年、"食の安全・安心"という側面でもう1つ重要な任務として挙げられているのが、食物アレルギー対策です。同社では、保育所や幼稚園の給食も請け負っており、「成長段階の子どもたちの食物アレルギー対応は、きめ細やかに行い、情報を常に更新し続けなければならない」と、迎さんは考えています。
例えば、夏が旬のメロン。1歳のA君はまだ離乳食のため、メロンを給食に出すことはありませんでした。しかし次の年の夏、2歳になると、家庭でメロンを食べたことがあるか、ないかをまず確認しなければなりません。家庭で食べたこと(喫食機会)がなければ、アレルギー反応を示すかどうかがわからないため、保育所で提供するわけにはいきません。1年前、半年前の情報では適切な判断をする材料にはなりません。
「保護者が仕事などで忙しくなっている影響なのか、最近の子どもたちは家庭で食べる食材の幅が狭まっていると感じます。子どもが一度も食べたことがない食材を保育所や幼稚園で出すことは、食物アレルギー反応を起こすリスクにつながるため、防止しなければなりません。保育士さんと連携して、給食で提供する予定の食材を食べたことがあるかどうかの確認を徹底して食物アレルギーによる事故を未然に防ぐとともに、家庭で食べる機会を作ってもらうように保護者にお願いすることも、現場の管理栄養士・栄養士の仕事と言えるでしょう」
迎さんが室長を務める品質管理・アレルギー対策室では、厚生労働省などから衛生管理に関する新しいマニュアルやガイドラインが発表されると、すぐに自社オリジナルのマニュアルを作成したり、改訂したりする作業をして、全国の事業所に配布しています。年配の調理スタッフにも読みやすいように文字を大きくしたり、最近増えてきた外国人スタッフにも理解しやすいように英語版を作成したりするなど、「わからない」、「読みたくない」と思わせないような工夫を重ねています。
迎さんの品質管理・アレルギー対策室の部下は約20人。東京の本社にいる4人以外は、全国の支店に配属されています。メールでのやり取りを中心に、彼らがどの現場を回って、どのような衛生管理やアレルギー対策をしているかについて相談や報告を受け、上司として的確な判断や指示を施します。室長となった今は、「従業員の健康が、お客様の健康につながる」という考えのもと、部下の労務管理、健康管理も仕事の1つです。
室長という肩書きの他、迎さんにはもう1つの顔があります。同社に約2,700人在籍している管理栄養士・栄養士の自主組織「シダックス栄養士会」の会長を務めています。シダックス栄養士会は、迎さんが入社する以前、約30年前に先輩社員の石関ウメさん(故人)が管理栄養士・栄養士の将来を考えて発足させた組織です。自ら学びたいと考える社員が自由に集まって、研究テーマを決めて研究活動をし、年に1回発表し合い、それぞれの業務改善や成果につなげています。
今年(2019年)6月に開催されたシダックス栄養士会のリーダー会議には、同社の志太勤一社長も顔を出し、「皆さんの自発性や創意工夫を、会社として応援していきたい」と管理栄養士・栄養士の社員にエールを送りました。
「管理栄養士・栄養士の勉強は、学校を卒業してからが本当の始まりだと思います。仲間たちが働きながら、学び、より向上していける環境を整えていくことが、室長という立場でも、シダックス栄養士会会長という立場でも、私の使命と感じています」丁寧で穏やかな雰囲気の迎さんですが、その一言一言には、揺るがない真っ直ぐな芯があり、大企業の管理職としての懐の深さが感じられます。
プロフィール:
1996年、甲子園大学栄養学部栄養学科卒業。同年、シダックスフードサービス(株)入社。エリアマネジャーとして約30の社員食堂の運営を担当する。2007年、シダックス(株)品質管理室(現・品質管理・アレルギー対策室)の立ち上げとともに異動。営業店舗への衛生教育・衛生巡回指導を担当。2015年より品質管理・アレルギー対策室室長。社内基準の制定等、衛生管理基準の基盤を構築する。管理栄養士。