スポーツ選手への栄養サポートと並行して
大学で管理栄養士を養成したい
2019/10/04
トップランナーたちの仕事の中身♯040
井上 瞳さん(高崎健康福祉大学大学院健康福祉学研究科食品栄養学専攻博士後期課程1年、管理栄養士、公認スポーツ栄養士)
東京オリンピック・パラリンピック開催まで1年を切り、マラソン代表を決めるマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)が行われたり、ラグビーワールドカップ2019が日本国内で催されたり、スポーツが話題になる日々が続いています。テレビ番組や新聞記事等の特集で、選手たちの食事や栄養補給がとりあげられ、裏方としてサポートをする管理栄養士・栄養士、公認スポーツ栄養士もこれまで以上に注目されています。
公認スポーツ栄養士は、監督やコーチ、トレーナー等と連携し、選手を栄養面からサポートをする専門家で、公益社団法人日本栄養士会と公益財団法人日本スポーツ協会が共同で認定している資格です。管理栄養士であり、スポーツ栄養指導の経験があり(または、その予定があり)、日本栄養士会と日本スポーツ協会が認めた人が、公認スポーツ栄養士養成講習会を受講して、共通科目と専門科目の検定試験を受け、合格すると「公認スポーツ栄養士」として認定されます。公認スポーツ栄養士の認定者数は374人で、年々増えているところです(2019年9月30日現在)。
高崎健康福祉大学大学院に所属する井上瞳さんは、昨年(2018年)、公認スポーツ栄養士の資格を取得しました。現在は、日本卓球協会にスポーツ医・科学委員としてかかわりジュニア選手の国際大会にも同行する他、群馬銀行グリーンウイングス(女子バレーボールチーム)、高崎健康福祉大学高崎高等学校男子サッカー部などで、ジュニアからトップアスリートまでの栄養サポートを担当しています。
公認スポーツ栄養士は、選手がベストな状態で試合や練習に臨むために、食事・栄養面で選手自身が自己管理できるようにサポートしていきます。全ての練習や試合、毎日の生活に公認スポーツ栄養士が同行することは難しいからです。取材の日は、群馬銀行グリーンウイングスの選手たち16人に、集団栄養指導を実施していました。同チームはVリーグ2部に所属し、11月以降のVリーグで1部昇格をめざしています。事前に、トレーナーの熊谷大志さんから今後の遠征の予定や選手個々の情報を聞き、打ち合わせをして、栄養指導で伝える内容を決めています。
井上さんはこの日、「たとえば、遠征先のホテルでこんな食事が出てきたら、どうしますか?」と、選手たちに考えさせる時間を設けました。同チームの選手は普段は寮生活をしており、委託している給食会社の管理栄養士が考案した内容で、寮母さんが用意した食事を食べています。井上さんは例として「寮の食事より野菜の量も、肉の量も少ない食事」の写真を見せ、遠征先でもコンディションを落とさずにいるために自分でできる工夫を選手たちに問い、ワークシートに書いてもらいました。
選手一人ひとりの回答を見て回ったあとで、「まず、この写真を見て、おかずが少ないということに気づいてください。おかずが少ないとご飯が進まず、全体のエネルギー量が減ってしまいます。対策としては、鮭フレークや牛丼のレトルトパック等たんぱく質のおかずを持参することで、自分でおかずを増やして、ご飯をしっかり食べられるようにすることができますね。野菜不足は、切干大根等の乾燥野菜やカットワカメをみそ汁の具に入れて補ったり、果物ゼリーや野菜100%ジュース等で補給したりすることもできます。こうしたものを遠征先の現地で購入できるかどうか、出発前にコンビニやスーパーを検索しておいたり、遠征前にあらかじめ買い出ししたりすることも必要です」と、アドバイスをしました。
グリーンウイングスの選手16人のうち、Vリーグでベンチ入りができるのは14人、スタメンで試合に出られるのは7人。チームメイトでありながら、選手たちはライバルでもあります。井上さんは、「皆、同じチームだから、出された同じ食事を食べていればいいというわけではないのです。こうした小さいことの積み重ねで、それぞれ差をつけることができます」と、選手たちの闘争心に火を点けました。
井上さん自身もスポーツが大好きで、今も大学院の教授や学部生たちとともにバスケットや卓球を楽しんでいます。小学2年生からバドミントンを続け、高校では寮生活をしながら競技に打ち込んできました。高校生のとき、ケガをしたりして思うような結果が出せず、「誰かがコンディションがよくなるような秘訣を教えてくれたらいいのに...」と思ったことが、栄養サポートができる管理栄養士をめざしたきっかけです。
管理栄養士養成校ではスポーツ栄養を研究するゼミに所属したものの、すぐにスポーツ関係で就職することは難しいと判断し、給食会社に就職しました。その後、地元の福井県の小学校で学校栄養士の臨時職員、病院で非常勤職員として働き、「実践報告をして論文を書き、管理栄養士の仕事を広く伝えていきたい」という思いが募り、母校の大学院に進学。今に至ります。「いつかスポーツ栄養の分野で仕事がしたい」という思いがあった井上さんは、臨時職員などで働いていた際にも、休日に地元の社会人サッカークラブの遠征に同行する等、栄養サポートをボランティアで引き受けていました。
「栄養サポートをする選手や、周りのスタッフの頭の中を想像しています。それぞれ何を課題と考えているのかを予測し、管理栄養士として、公認スポーツ栄養士として、何を提案したら効果的なのかを見出していきます。選手の役に立ちたい、その思いだけで、自分の力が湧いてくるのがわかります」
選手の体重の変化や、体脂肪率、除脂肪体重といった体組成データの情報だけでなく、実際にコートの脇に立って、選手の動き、筋肉のつき方、疲れにくさなどを目で見て、これまで自分が実施してきた栄養管理や栄養指導が適切かどうかを確認し、今後の方向性を調整していきます。
小柄で、ふんわりとした印象の井上さんですが、もともとのアスリート気質も備え、「管理栄養士としての向上心が強く、研究に対する姿勢を見ても熱いものを持っている」と、大学学部生時代からの恩師である木村典代教授も話します。ただし、それはあくまで内側の部分。井上さんは、「公認スポーツ栄養士は裏方。選手や監督が熱くなっている場面でも、私たちは心の中の情熱は見せずに、冷静に判断できるようにすることが大事だと思います」と、自分の立ち位置を明確にさせています。
井上さんは、木村教授のように「スポーツ現場での栄養サポートと管理栄養士育成」の2つを仕事にしていくことが目標。大学院に進学して博士前期課程の2年間で、査読付き論文1本、筆頭学会発表6回と、進学した目的「実践報告や論文を書き、管理栄養士の仕事を広く伝えていきたい」を果たしつつ、給食会社、学校、病院での勤務経験を活かして、学部の学生へのティーチングアシスタントもこなしています。
井上さんの仕事に欠かせない7つ道具は「笑顔、集中力、好奇心、心の中の情熱、妥協しない心、闘争心、体力」。"笑顔"を前面に、内に熱い思いを抱いて、チャレンジを積み重ねていく井上さんが、これからスポーツ現場と大学というフィールドでどのような活躍をしていくのか楽しみです。
プロフィール:
2009年、仁愛女子短期大学生活科学学科食物栄養専攻卒業後、高崎健康福祉大学健康福祉学部健康栄養学科に編入学。2011年に卒業。受託給食会社に勤務後、永平寺町立上志比小学校で学校栄養職員(臨時)、福井県立病院で非常勤職員として従事。2017年に高崎健康福祉大学大学院に進学。現在、博士後期課程に在籍。管理栄養士。公認スポーツ栄養士。