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在宅高齢者を孤立させない 寄り添いの栄養ケアに臨む管理栄養士

トップランナーたちの仕事の中身♯044

奥村圭子さん(認定栄養ケア・ステーション 杉浦医院/地域ケアステーション はらぺこスパイス)

 愛知県大府市を拠点に、名古屋市、常滑市、果ては東日本大震災の被災者が暮らす宮城県気仙沼市の復興公営住宅へも足を運び、在宅訪問栄養食事指導や地域住民のもつ疾患の重症化予防に取り組む管理栄養士がいます。それが「認定栄養ケア・ステーション 杉浦医院/地域ケアステーション はらぺこスパイス」(以下、はらぺこスパイス)の奥村圭子さんです。

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 2016年に外来・訪問診療を行う杉浦医院内に「はらぺこスパイス」を立ち上げて以来、医師から依頼が入れば、自ら愛車のハンドルを握り、時には1日に100kmもの距離を移動して、患者の自宅へと向かいます。
 「はらぺこスパイス」は、(公社)日本栄養士会によって整備が進められている栄養ケア・ステーションの認定を受けた"認定栄養ケア・ステーション"です。地域住民が支援・指導を受けられる地域密着型の栄養ケアの拠点に相応しく、「はらぺこスパイス」では、"望む暮らしの中での食の支援"をコンセプトに、室長を務める奥村さんを筆頭に13人の管理栄養士で栄養支援を行っています。「はらぺこスパイス」という名前は、杉浦医院の森亮太院長から贈られたもの。「はらぺこはおいしさの一番のスパイス」、そんなメッセージが込められています。病気や心が落ち込んでいる時は、空腹感や"はらぺこ"になっている自分にも気がつかない人が多いと話す奥村さん。そんな人を一人でも多く、おいしい食事ができるように支援がしたいと笑顔を浮かべます。

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 奥村さんが在宅訪問に関わる際に軸としていることは、患者本人や家族が望む生き方を選択できる在宅医療や在宅福祉の現場だからこそ、最期の時、そして患者さんが亡くなった後に、本人や遺された家族の心を癒せる支援を目指すということです。「特に食はその方の人生に最も影響を与えている要素の1つであり、アイデンティティーの部分でもあります。患者さんが『たとえ窒息してしまうとしても、食べることが命を危うくするのだとしても、それでも最期まで口から食べ続けたい』と望まれるのであれば、私はあらゆる可能性を模索し、リスクに対してチームで検討を重ね、その想いには寄り添いたいのです」と奥村さん。

自らの足で救いの手を差し伸べるための「対話」に歩く

 今、奥村さんは地域住民を対象とした取り組みを新たにスタートさせています。 それが、三重県津市と愛知県大府市において行政からの「住民の低栄養やフレイルを予防したい」という声でスタートした、「栄養パトロール」です。
 栄養パトロールは、社会的背景等を考慮して、低栄養予防を目的に各地域の特性によって条件を変えながら実施されています。自治体の地域包括支援センター等と協働しながら、前述の条件に当てはまりそうな高齢者に対し、栄養パトローラーと呼んでいる医師や管理栄養士など多職種でアプローチをしていきます。このパトロールを通し、奥村さんは医師の指示のもとに行われる在宅訪問栄養食事指導では出会えない人、そして声なき声の中で助けを求めている人にも出会い、対話ができるのではないかと期待を寄せます。
 「自分では元気だと思っていても、1日1食しか取っていなかったり、生活習慣病に対する食事療法の知識が曖昧だったりと、健康を阻害するような食に関して何かしらの問題を抱えていることが少なくありません。また、地域には社会的孤独など医療の直接的な問題でない方で健康を阻害する方も多く、ご本人は問題視していなくても実際の栄養状態は、決して良い方ばかりではないのです」加えて、そういった方こそ専門職の目や支援の手は届きにくいため、取りこぼすことなく地域と結ぶのが自分の役目なのだと奥村さんは話します。

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 栄養パトロール実施の第一歩は、栄養に関するアンケートの回収から始まります。事前に、地域包括支援センター等の職員に対象地域の対象者全員にアンケートを郵送やポスティングをしてもらい、後日栄養パトローラーがご自宅まで取りに行きます。事前アンケートが難しければ、初回訪問時に奥村さんが聞き取りしながらアンケートをとることもあります。訪問をするといっても、求められるまでは支援や指導を行わず、そばで黙って見守り続けることが栄養パトローラーの鉄則だと奥村さんは言います。その人が本当にSOSを発した時に、救いの手を差し伸べるようにするための対話と信頼を築く段階だと考えているからです。
 "対話"と称するとおり、栄養パトロールでは単純にアンケートの回収・聞き取りだけをするのではありません。インターホンを鳴らしてからその方が玄関に出られるまでの時間や廊下の歩き方。それに、受け答えの際の反応や発声具合、手足のむくみ具合等を限られた時間の中、何気ない対話の中でその人の暮らしと栄養状態を理解していきます。これには、その方が現状のままの暮らしが"望む暮らし"なのかを見極める目的があります。なぜなら、在宅療養者の多くが、"人に迷惑をかけたくない""自分のことは自分でしたい"と考えているからだと奥村さんは話します。

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 専門職がエビデンスレベルや一般論などの客観的に見て一人で生活することは困難だと評価し、強制的に支援の手を入れることが必要な緊急事態の時もあります。しかし、本人が自覚していない段階であった場合や、あえてその暮らしが本人が望み、"誰にも迷惑をかけていない"暮らしだとしたら、私たちの支援は拒否につながり、地域との縁も切れてしまいます。「だからこそ、今の暮らしの継続から将来的な栄養障害のリスクを予見しておくことが大切なのです。その方が現状の生活を続けた先で、本人が望む暮らしが出来ないとSOSを求めそうなタイミングを予測し再び会いに行き、本人も気が付かないような声なきSOSの声を、在宅の栄養アセスメントから察し、私自身を含めた専門職につなげられるように努めているのです」
 栄養パトロールの対象者は、医療依存の比較的低い方がほとんどなのだそう。もし早い段階から、その方の生き方を理解してくれる管理栄養士と出会うことができたなら、この先、全身状態が悪化し、在宅訪問栄養食事指導の依頼になった時に本人が詳しく説明しなくとも希望に沿った食のフォローができるのではないかと、奥村さんは考えています。

 「食は人生と切り離せない密接なもので、本人だけでなく、遺された人たちの思い出にも残るものです。在宅に関わる管理栄養士として、その責任の重さを受け止めながら、地域の方々へ支援を続けたいと考えています。在宅医療や在宅福祉の一人ひとりの向き合い方に正解、ゴールはありません。だからこそ、本人や家族が迷いながらも自分の人生を歩けるように、自分の望む暮らしを思い描くことができるように手助けをし続けたいと考えています」

プロフィール:
1991年、愛知女子短期大学食物栄養科専攻卒業。(株)ミツカン中央研究所、受託給食会社、精神科病院、総合病院、特別養護老人ホーム、保健センター、在宅医療、訪問介護の現場等を経て、2016年より現職。2015年、名古屋学芸大学大学院栄養科学研究科修士課程修了。

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