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福祉の現場に笑顔を作る、課題解決型の栄養管理とは?

トップランナーたちの仕事の中身♯050

内海暁子さん(医療法人三慶会介護療養型老人保健施設びわの葉栄養科副主任、管理栄養士)

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7年のブランクを経て手にした、管理栄養士としての喜び

 内海さんの管理栄養士としてのキャリアは、「栄養学を学びたい」と大学に入学した頃に思い描いていたものそのものではありません。卒業後、総合病院に就職し約3年間勤務した後に退職。持病と子育てのために7年間程度、管理栄養士の現場から離れていました。長いブランクのため、管理栄養士としての復職に自信が無かった内海さんですが、地元の町の広報誌で特定保健指導のために地域の潜在管理栄養士を募集する記事を見かけ、「再教育制度あり」の言葉に背中を押されて復職を決めました。保健センターでの業務は特定保健指導に限らず、乳幼児健診や介護予防、精神保健等、様々な分野にわたっており、その中でも介護予防や高齢者支援の取り組みが自分に合っていると感じたことが、今のびわの葉での仕事につながっていると言います。
 「入所者の笑顔を直接見ることができ、ご本人のQOLに直結する支援ができる専門職としてやりがいを感じています。復職する際は自信がありませんでしたが、思い切って飛び込んでよかったです」。そう笑って振り返る内海さんが生み出す多彩なアイデアが今、関わる大勢の人たちの笑顔につながっています。

モットーは、「管理栄養士=おもしろい食の企画ができる人」

 内海さんが働くのは、介護療養型老人保健施設びわの葉。果実の名前がついた施設名のとおり、法人の敷地内にはさまざまな果樹が植えられています。
 内海さんは、それらの果実を利用して、介護療養型老人保健施設の機能の一つであるリハビリテーションを兼ねて、食に関するさまざまな企画を実施しています。
 例えば初夏、びわの実が成るころには、入所している高齢者の方たちと共にびわジャム作りを行います。施設の名称になっているびわの木は3本植えられていて、食べ頃になると法人内で働く他の職員ともに収穫します。
 入所者の方たちにはまず、手でびわの皮をむき、タネを取り出す作業を手伝ってもらいます。認知症などの症状によって徘徊される方や、落ち着かない様子の方でも、どこか懐かしさのあるこうした手作業のときには、集中して取り組みます。「昔はびわを取ってよく食べたなぁ」、「びわの木は家の前に植えちゃダメなんだよ」などと、かつての思い出をしみじみと語り出す人も。2020年はジャムへの加工も皆で行いました。出来上がったジャムはパンに挟んでびわジャムサンドイッチにしたり、噛む機能や飲み込む機能が低下した人には、杏仁豆腐のソースとしてびわジャムをトッピングしたりして、おやつの時間に味わってもらいます。
 レモンが収穫できれば、内海さんが薄切りにしたものを、入所者にさらにハサミで細かくしてもらって、レモネードに加工します。梅シロップ作りの際は、参加者を2チームに分けて、口の広い紙コップに梅と氷砂糖をそれぞれ入れ、バケツリレーのように運んでもらって、どちらのチームが速く梅と氷砂糖を順々に入れられるかを競う楽しさも味わってもらいました。さらには、梅と氷砂糖を詰めた瓶を転がす作業をしてもらうことで、腕のリハビリテーションにも活用しました。できあがったシロップは、水で割るとジュースとなり、貴重な水分補給になります。
 秋には、干し柿作りも行いました。作業療法士に相談した上で、包丁を安全に使うことができる入所者に声をかけ、柿の皮をむいてもらいました。ある90代の女性入所者は「(柿の)お尻のところの皮は残さないといけないんだよ」とほかの入所者にアドバイスをしたり、干すための柿の結び方についてもいくつものこだわりを語ってくれたりしました。干し柿作りに参加した入所者は皆女性だったため、その様子がまるで"女子会"のようだったと内海さんは振り返ります。
 「庭の果樹は、畑で育つ野菜と違って施設内からもよく見えるため、育っていく姿を見たり実際に食べたりすることで、より季節を感じることができます。また、レクリエーションの素材となり、リハビリテーションの面でもとても重宝しています。もっといろいろな食のイベントに活用できたらと思います」と、びわの葉での生活を入所者がより満喫できるように、常にアンテナを張って企画のタネを育てています。
 他職種からは、「内海さん、よくそんなにいろいろな企画が思いつくね!」と言われることもあるそう。内海さんは、「管理栄養士=おもしろい食の企画ができる人」をモットーとし、「入所者の方々の療養に少しでも楽しさが生まれるよう、現場の課題を掘り下げ、管理栄養士の視点から解決方法を提案できるよう心掛けています」と話します。

良き仲間、他職種の視点を仕事の糧とする

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 介護療養型老人保健施設の管理栄養士には、上記のように日常生活の中で入所者の運動機能などを回復させていくリハビリテーションの視点が欠かせません。内海さんはびわの葉で働き始めてから間もなく6年になりますが、当初はその視点が不足していたと振り返ります。特別養護老人ホームでの勤務経験もありましたが、理学療法士や作業療法士、言語聴覚士といったリハスタッフが身近におらず、リハビリテーションの1つとしての食支援という発想がなかったと言います。
 入所者の食事の様子をどのように捉えたらよいか、どのように変えれば入所者にとってさらによい食事となるかを考え、1つ1つ学びながら実践するようにしました。また、他職種とどんな些細なことでも話し合える管理栄養士になれるよう、コミュニケーションを活発に行いました。現在は、介護報酬における経口維持加算、経口移行加算の算定に、リハスタッフや看護師とともにチームで積極的に取り組んでいます。
 内海さんにとっても、他職種にとっても、チームでかかわった入所者の中で強く印象に残っている人がいます。当時70代だった元スポーツ選手です。身体の機能が低下し、自力で動くことが徐々に難しくなっていたその男性は、ほぼ寝たきりの状態でした。本人は「介助されるのではなく、自分で食べたい」という思いが強いものの、厨房で手作りするミキサー粥(お粥をミキサーにかけてゲル化剤を添加しゼリー状にしたもの)はまとまりやすさや口の中への残りやすさ、かたさを毎回一定にすることが難しく、ゆるい出来上がりの時にはうまく口に運べず、こぼしてしまうことがありました。内海さんの元には、男性から「お粥を自分で食べたい。こぼさないように、もっと強くとろみをつけてほしい」と、震える手で書かれた手紙が届くようになりました。
 内海さんはその思いを受け止めて、言語聴覚士や介護支援専門員(ケアマネジャー)等の他職種と、ゲル化剤の量を変えたり、とろみを調整するためのとろみ調整食品をさらに添加したりした場合の性質を検討しました。特にゆるい出来上がりのミキサー粥にとろみ調整食品を加えた場合、ミキサー粥をこぼさずに口に運ぶことはできそうでも、口の中にはりつきやすくなり、食事時の危険が増すことがわかりました。
 男性にそう説明すると、今度は「売店で最中を買ってきてほしい。お粥の中に最中を砕いて入れて混ぜて、水分を吸わせて、すくいやすくなるよう自分で調整したいから」との返答。男性の提案に内海さんは驚きながらも、今こそが管理栄養士の出番だと、どの食材と合わせれば安全性を確保しながら自分で食べてもらえるかを検証することにしました。
 男性に言われたとおりにお粥に最中を潰して入れると、確かに水分が減って粘りはあるものの、最中の皮が口の中にはりついてしまいました。お粥にパン粉を混ぜてみると、粘度は増すものの粒が残って口の中で引っかかってしまいます。「落雁はどうか? 麩菓子はどうか?」内海さんはお粥の水分とうまくまとまってスプーンの上で安定するような食材を思いついては試し、食べてみました。あれこれ試してみて思い当たったのが、スーパーなどでもよく売られている棒状のスナック菓子です。
 このスナック菓子は個包装になっているため、男性が食事の時間までに自分で握り潰して細かくすることができ、手指の運動にもなります。さらにこの菓子は、チーズ味、コーンポタージュ味、めんたい味、牛タン塩味など、フレーバーも数多く揃っていて、お粥に合わせやすいという点も特徴でした。リハスタッフや看護師など多くの職種に試食をしてもらい安全性を確かめ、このスナック菓子を男性に提案することに決めました。内海さんは施設内に設置されている売店の職員に掛け合い、このスナック菓子を仕入れてもらうことにしました。実際にはこのスナック菓子だけでミキサー粥を完璧な状態に調整することは難しかったのですが、リハビリの一環として売店まで車椅子で行く、手指を使うなど自分に残る機能を使い続けることで、最後まで「自分で食べたい」というご本人の意思に寄り添うことができ、男性自身もとても満足されていたといいます。
 「多職種連携という言葉は固いイメージがありますが、多職種で何でも相談しながら決めていくという関係性ができれば、とても柔軟に動けます」と、内海さんは施設内のチームワークのよさを気に入っています。管理栄養士養成校の実習生を受け入れた際にも、「内海さんがいろいろな職種の人と楽しく話している姿がとてもよかったです」という感想があったとのこと。「良き仲間」は内海さんの仕事には欠かせない存在なのです。

プロフィール:
1996年女子栄養大学栄養学部栄養学科卒業。同年、新座志木中央総合病院に入職。2000年に退職し、専業主婦となり2人の子どもを育てる。2007年埼玉県入間郡三芳町の嘱託管理栄養士として地域住民の健康の維持増進と疾病発症予防のための支援事業に関わり、特に介護予防事業に重点を置き活動。2010年より特別養護老人ホームで勤務した後、2015年3月より現職。経口維持加算、経口移行加算等チームで活動をしている。

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