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市民一人ひとりの栄養管理を、病院管理栄養士が見据える地域の未来

トップランナーたちの仕事の中身♯053

福元聡史さん(トヨタ記念病院栄養科)

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 「当院の患者さんだけでなく地域の全ての方々へ、より良い栄養管理や栄養指導を提供したい」。対象者である患者さんや高齢者、ビジネスパーソン、子どもたちに接するたびにこのような思いを強くし、自己研鑽に励む、福元聡史さん。病院での管理栄養士業務を行う中で、この思いを常に持ち、大学院で学びを深めながら、院内だけでなく地域そして社会へとその活動範囲を広げています。

「栄養管理を極めたい」、飛び込んだ先で見えたもの

 今から17年前、大学を卒業した福元さんは老人保健施設に就職しました。クリニックを併設している施設だったことから、老人保健施設での業務だけでなく、糖尿病など生活習慣病で通院する患者さんの栄養指導を担当することもあり、高齢者の栄養管理と同時に、疾患に対する栄養療法について理解を深めていきました。
 就職して間もない頃、NST(Nutrition Support Team;栄養サポートチーム)が全国各地の病院で設立されるようになりました。当時、すでに米国や欧州で主流だった「栄養のスペシャリストによる栄養管理」が、日本でも広く行われようとしていたのです。「栄養管理で目の前の人の栄養状態や健康状態をよくすることに、もっと力を注ぎたい。管理栄養士として自分を成長させたい」と考えた福元さんは、急性期病院であるトヨタ記念病院に転職しました。
 病院勤務になってから、「栄養管理を極める」ために福元さんが取り組んだことの1つに、研究活動を臨床業務と並行して進めていくことがあります。病院では何人もの医師と関わるようになり、医師が臨床と研究を両輪にして日々の業務にあたっている姿を目の当たりにしました。
 「たとえば栄養指導をしていて、教科書や文献などに書いてあるとおりに患者さんに伝えているとき、自分で説明しながらも、『この患者さんにも本当に当てはまるのかな?』、『自分は患者さんに正しいことを伝えているのかな?』と、ふと疑問を感じるときがあります。そのような場合は、教科書を鵜呑みにせず、自分で確かめてみる必要があると思います」

臨床研究を進めることによって得られた自信

 30歳になった福元さんが力を入れて取り組んだのは、妊娠糖尿病と診断された妊婦の妊娠前の体重や家族歴、血液検査等のデータを集め、「食事療法のみで血糖コントロールできる人」と「インスリン導入が必要な人」とでは何が違うのかを調べることでした。
 「2010年に妊娠糖尿病の診断基準が改定されて、多くの患者が診断されるようになりました。手探りで栄養指導を行っていたのですが、100例、200例と患者のデータをとり検討することで新しい発見があり『インスリン導入になる患者には傾向があるんだ』と確信でき、より自信を持って提案できるようになりました」
 福元さんは"日常業務で気になったことを検証する" という研究の基本を重ねることが日々の業務に必要不可欠だと実感したと言います。この経験から、臨床業務をしながら栄養管理に関する勉強・研究に力を入れ、公益社団法人日本栄養士会と一般社団法人日本病態栄養学会が共同で認定する「がん病態栄養専門管理栄養士」の他、各学会の資格も得て、キャリアアップをしてきました。

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 管理栄養士として経験を積んだ福元さんは、院内の後輩管理栄養士の育成においても、情報のアップデートや研究の大切さを常に伝え続けています。勉強や研究が大事だと知っていても、日々の業務を抱えながら、就業後や休日に自分の時間を設けて勉強し、研究をスタートさせることは、若手の管理栄養士にとっては難しいことと言えます。そこで福元さんは、1回30分限定で、後輩たちと疾患ごとのガイドラインを一緒に読む時間を設け、「なぜ、このように書かれているのか?」を共に考えたり、自身が経験した症例の話などを交えたりしながら、一緒に学びを深めています。
 このような取り組みから、福元さんは「管理栄養士・栄養士の業務は、学び、研究したことが、すぐに患者さんへの貢献につなげられる」と感じる一方、「他職種に比べて研究能力が十分に身についていない」とも感じたと言います。そこで、より研究能力を高めるため、2020年に名古屋学芸大学大学院栄養科学研究科に進学しました。
 「臨床現場に身を置き、学会発表に向けた研究を進めてきましたが、大学院に籍を置くことで、さまざまな研究手法を学び、よりよい形で成果を示すことができると考えました。臨床現場だけでの勉強では、私自身の成長が止まってしまうのではないかという危機感もありました」
 病院では、栄養管理計画書の作成や栄養指導、入退院支援室での患者さんのサポート、NST回診や各種の会議に参加し、後輩の育成をするなど、数多くの管理栄養士業務をこなす傍らで、大学院生としての通学や研究にも時間を費やす、二足のわらじ生活を行っています。

病院から在宅まで途切れることなく関わるために

 大学院での研究テーマは、栄養管理を医療の現場から在宅までつなげていく仕組み作りです。福元さんは、2011年から愛知県豊田市内の管理栄養士たちが集まって地域連携を深める「とよた嚥下食の○(輪)」を立ち上げ、代表世話人を務めています。この会を立ち上げたきっかけは、近隣の回復期病院の管理栄養士から「急性期病院で患者さんが食べていた嚥下調整食の情報を書類だけでなく、直接会って聞きたい」という連絡があったことです。
 「とよた嚥下食の○(輪)」では、まず各施設から嚥下調整食を持ち寄ってお互いに実際に見て・食べられる機会を設けることからはじめました。その後、嚥下調整食が一覧でわかる「食事形態早見表」を作成し、転院等で対応する管理栄養士・栄養士が変わっても同じようなかたさや形状の食事を提供できるように取り組んできました。

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 このおかげで、地域の病院や高齢者施設に勤務する管理栄養士・栄養士同士の連携は取りやすくなったものの、在宅医療への連携はまだまだ不十分でした。豊田市内では、在宅訪問栄養指導を実践している管理栄養士・栄養士がとても少なく、実践できるような仕組みもほとんどなかったためです。そこで福元さんは、在宅医療で管理栄養士・栄養士が広く頼られる存在となるシステムを構築したいと考えました。
 現在、大学院での研究を通じて、豊田市の協力のもと、市内で在宅医療に携わっているクリニックや訪問看護ステーション、居宅介護支援事業所、地域包括支援センター等にアンケート調査を実施し、他職種から在宅の場で求められる管理栄養士の役割を明確にしようとしています。また、このアンケートをもとに、訪問看護師、介護支援専門員等を対象に、栄養に関する研修会を複数回開く予定でいます。
 「在宅医療に関わる他職種に栄養教育をすると、管理栄養士・栄養士は不要になるのではないかと心配する人がいますが、私は逆だと思います。他職種が栄養のことも知ることで、在宅の患者さんに栄養面でもっとサポートが必要だと感じ、管理栄養士・栄養士が有する専門性へのニーズが増すはずです。もちろんその期待に応えられる管理栄養士でなければなりません」

長期的な視点を持ち、地域・社会課題を解決する

 現在、大学院で取り組んでいる研究のゴールは、栄養相談の窓口を明確にするために市内の主要な病院に栄養ケア・ステーションを設置し、管理栄養士・栄養士による在宅訪問栄養指導を普及して、地域で暮らす市民の栄養管理を管理栄養士が担えることとしています。1~2年で達成できる目標ではありませんが、現在着実にその歩を進めています。
 このように、福元さんは目の前の仕事や学びに情熱をかけて取り掛かる一方で、物事を長期的に進めていく力も備えています。「とよた嚥下食の○(輪)」も、活動初期は参加者を市内の病院管理栄養士に限定していましたが、高齢者施設の管理栄養士・栄養士にも声かけ、その後、施設・在宅にとらわれず、摂食嚥下に携わる全ての職種を対象として、地域連携の幅を広げていき、それが現在の研究・取り組みにつながっています。
 また、長期的な視点を持つためには社会問題への関心も欠かせないと言います。日本の少子高齢社会における人口減少、世界の人口の増加による食糧危機、食料自給率の問題、脱炭素社会への取り組みやSDGs(Sustainable Development Goals;持続可能な開発目標)の達成、Society5.0の到来等の社会の課題や変化をとらえて、「半歩先の未来」を想像し、その社会の中で管理栄養士・栄養士がどのように貢献できるかを考えなければ、長期的な目標を描けないからです。たとえば、病院の管理栄養士として、病院食の残食はもちろん、予備として用意した食事も提供されなければ、食品ロスの問題につながることを意識する必要があります。また、環境負荷への配慮から地産地消に取り組むことも重要です。
 研究も、地域への活動も、熱い思いで一人でグングンと開拓しているように見える福元さんですが、取材中には「今までもこれからも自分一人では何もできません。周りでサポートしてくださる皆さんがいるから、ここまで来ました」と何度も口にしていました。そして、「私の研究は、地域の土台づくりです」とも言います。
 後輩の育成も地域連携も在宅医療に関する研究も、全ては管理栄養士・栄養士が多くの患者さんや市民に食と栄養を通じて貢献し、人々が暮らしやすい社会を作るというゴールにつながっています。福元さん一人が栄養管理で関われる人の数は限られていますが、多くの管理栄養士や他職種を巻き込み、「病院から在宅へとつながる仕組み」という土台を構築すれば、より多くの人々が幸せに暮らせるようになるからです。福元さんが取り組む地域づくりによって、多くの管理栄養士・栄養士が輝き、多くの人々が笑顔になる社会が作られようとしています。

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プロフィール:
2004年徳島文理大学家政学部卒業後、医療法人同仁会鳥居クリニック入職。2006年よりトヨタ自動車株式会社トヨタ記念病院に勤務。2011 年より嚥下調整食の地域連携で世話人を務め、2019年から豊田市在宅医療・福祉連携推進会議の委員として、急性期病院から在宅医療までつながる食と栄養の連携を進めている。公益社団法人日本栄養士会Society5.0社会における管理栄養士・栄養士のあり方検討に関する事業ワーキンググループ委員(2020年度)。

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