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宇宙飛行士のミッション達成を支える管理栄養士

トップランナーたちの仕事の中身♯054

港屋ますみさん(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構 有人宇宙技術部門 宇宙飛行士運用技術ユニット宇宙飛行士健康管理グループ、管理栄養士、公認スポーツ栄養士)

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国際宇宙ステーションに滞在する日本人宇宙飛行士への初めての介入

 港屋さんは、2021年5月2日(日)に宇宙から地球に帰還した、野口聡一宇宙飛行士の国際宇宙ステーション(ISS)滞在中の栄養管理を担当しました。日本人宇宙飛行士の宇宙滞在時の栄養管理を、日本人の管理栄養士が任されるのは初めてのことです。
 港屋さんは国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)に勤務する傍ら、スポーツ栄養の専門家である「公認スポーツ栄養士」としてもフリーランスで活動しています。公認スポーツ栄養士は公益社団法人日本栄養士会と公益財団法人日本スポーツ協会が共同で認定しており、認定者はアスリートや各種スポーツチームを栄養面でサポートし、健康管理や競技力の向上、パフォーマンスの最大化等のニーズに的確に応えることができます。
 アスリートも宇宙飛行士も、日々トレーニングを積んで鍛えた身体を持ち、健康そのものに見えます。それでも専門家の栄養サポートを必要とするのは、活動する場が特殊環境であるからです。強度の高い運動を行う場合や宇宙空間という環境においては、消費するエネルギー量や必要となる栄養素のバランスが日常生活とは異なるため、それらを適切にコントロールしなければ、筋力や体力を維持・向上することが難しく、活動のパフォーマンスが落ちてしまいます。管理栄養士が介入すればこのようなことを防ぐことができ、「ベストパフォーマンスを発揮したい」、「業務で結果を残したい」といった、一人ひとりが背負うミッションを支えることができます。
 ISSが完成して約10年が経ち、宇宙飛行士は長期にわたって宇宙に滞在するようになりました。将来的には、月や火星にも探査が進む予定で、宇宙飛行士はより長く宇宙に滞在するようになることが予想されます。宇宙空間では重力による負荷がかからないため、栄養摂取や運動を適切に行わないと筋肉量や骨量が落ちてしまいます。一方、ある日本人宇宙飛行士は、NASA(アメリカ航空宇宙局)の計画通りに宇宙で食事をしていたところ、逆に体重が増えてしまったというケースもありました。港屋さんは、日本人宇宙飛行士が、宇宙滞在中にパフォーマンスを落とさずにミッションを全うできるように、日本人に合った栄養管理を実践する役割を担っています。

スピード感と慎重さの中で、楽しみの提供まで実現する

 野口宇宙飛行士がISSに滞在していたのは、約5カ月半。その間、港屋さんは週に一度NASAから送られてくる野口宇宙飛行士の食事時刻や内容・量のデータと、月に一度送られてくる体重をもとに現状を解析・評価し、食事摂取についてアドバイスすることを業務としていました。これらの情報のやりとりはNASAにいるフライトサージャン(FS)と呼ばれる宇宙飛行士専任の医師を通して行われますが、港屋さん自身はアメリカではなく日本で業務を行っていました。NASAのあるヒューストンとは14時間の時差があり、連絡が入るのは日本時間で未明から明け方のことが多いため、朝起きるとすぐに専用のメールを確認して、届いたデータから、野口宇宙飛行士の1週間の栄養の過不足を分析、評価して、FSにフィードバックします。FSの仕事に合わせたスピード感が求められますが、誤りがなく適切な連絡をするという慎重さも求められる任務です。
 宇宙飛行士がISS滞在中に食べるものは「宇宙食」と呼ばれ、基本的にはNASAとロシアが用意する「標準食」が食事の主体となります。それに加えて、「ボーナス食」と呼ばれる個別に用意できる食事があり、JAXAでは、食品メーカーの各社が開発した宇宙食を「宇宙日本食」として認証し、日本人宇宙飛行士のボーナス食にしています。
 宇宙日本食では、ご飯、お粥、うどん、ポークカレー、さばのみそ煮、いわしのトマトソース煮、お吸い物などの主食、主菜、汁物だけでなく、ようかんや緑茶、ケチャップやマヨネーズなども用意されています。これらは缶詰や真空パック、フリーズドライなど長期に保存できる加工が施されており、宇宙飛行士はそれらを温めたりお湯を注いだりすることで食べています。ご飯には山菜ご飯や赤飯もあり、実験がうまくいったときには、日本人宇宙飛行士が他国の宇宙飛行士とともに赤飯でお祝いをしたというエピソードもあります。ISSという宇宙空間の閉鎖された環境で業務にあたる宇宙飛行士にとって、食事は精神的な重圧から解放される日々の楽しみにもなっています(その様子はJAXAのYouTubeで見ることができます)。

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                                       (©JAXA/NASA)

 宇宙食はバラエティーに富んでいるので、食品の組み合わせによって、栄養の摂取状況は変わってきます。港屋さんは、野口宇宙飛行士の食品選択の傾向から、特定の栄養素に過不足が生じないように、先回りをして、不足しそうな栄養素を補えるメニューや、摂りすぎが心配される栄養素が控えめなメニューを提案してきました。宇宙飛行士は搭載されている宇宙食の在庫までを把握する余裕はないため、港屋さんが在庫の状況を必ず確認して、今あるものでの適切な組み合わせを打診するようにしていました。このように、宇宙での任務を支えるものとして、FSなど他職種と連携した栄養管理が存在します。港屋さんは今後、日本人宇宙飛行士の栄養課題をまとめて、今後の宇宙日本食と栄養管理、そして日本人宇宙飛行士の栄養摂取基準の策定に活かしていきたいと考えています。
 なお、宇宙日本食は栄養面や衛生面、容器包装等に認証基準がありますが、その基準を満たす食品であれば認証申請を行うことは可能です。JAXAでは宇宙日本食の認証申請を随時募集しています。港屋さん自身、宇宙日本食業務にも携わっており、「食品メーカーに勤務するみなさんには、認証申請にぜひチャレンジしてほしいです」と話します。

道を切り開き、新しい仕事を作り出す

 港屋さんがJAXAで働き始めたのは2018年の秋から。若手の管理栄養士・栄養士や学生にJAXAでの仕事について話すと、「そんな仕事もあるんですね」と驚かれるといいます。その度に、「今は無い仕事でも、これは管理栄養士が関わるべき大切な仕事だと信じて、独り善がりにならずに突き進めば、必ず他職種にも認められる仕事になる」と伝えています。
 港屋さんの強みは、会話のネタの守備範囲が広いこと。管理栄養士や公認スポーツ栄養士という専門分野の視点から話すだけではなく、アスリートや宇宙飛行士、あるいは職場の他職種とのちょっとした会話を広げるのが得意なのです。栄養指導を行うとき、対象者が発信しているブログやSNS、YouTubeなどは必ずチェックして、彼らが何を大切にしていて、どんなことに興味を持ち、どんなことを考えて日々を過ごしているのか、目を通しています。そうすることで、港屋さん自身は関心がなかったことにも興味を持つようになり、自然と会話の幅が広がっていくのです。
 宇宙空間にいる宇宙飛行士の栄養管理をすることは、港屋さんの人生にとって突然のオファーでした。管理栄養士養成校時代の応用栄養学の教科書に「宇宙環境での栄養」という項目が数ページあった記憶はありますが、自分がそれを日本人管理栄養士の第一号として実践するとは夢にも思っていなかったといいます。着任が決まってからは、「宇宙航空医学入門」の本を頼りに勉強を始め、今は、NASAなどがこれまでに発表してきた英語の論文を自分で読んで、日本人宇宙飛行士に役立つ情報収集を積み重ねています。
 これからますます必要性が高まる、宇宙での栄養管理。後輩の管理栄養士たちが続々とこの道を歩めるように、港屋さんは新しい道を切り開いています。

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プロフィール:
2006年大妻女子大学家政学部食物学科卒業後、学校法人の関連企業に勤務。大学や高校の学生食堂運営に携わり、寮に住む運動部所属学生への食事提供をきっかけにスポーツ栄養に取り組むようになる。その後、保育園勤務を経て、アスリートやスポーツチームにコンディション指導を提供する企業に勤務後、フリーランスとして活動。2018年より現職。公認スポーツ栄養士

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