介護老人保健施設から認定栄養ケア・ステーションへ 地域に密着した栄養ケアの実践
2022/12/26
トップランナーたちの仕事の中身♯060
潮田直子さん(医療法人アスムス 認定栄養ケア・ステーションぱくぱく運営責任者、管理栄養士)
栃木県小山市に、2019年秋に開設された認定栄養ケア・ステーションぱくぱく(以下、ぱくぱく)。管理栄養士の潮田直子さんが運営責任者を務めています。
潮田さんは商業高校に通い、簿記の資格等を取得して、将来は金融機関で働こうと思っていました。しかし、定時制の学生向けの食堂で働く栄養士と親しくなり、栄養のことをもっと知りたい、自分も栄養士になって人びとの健康に役立ちたいと思い、進路変更。栄養士養成課程のある短期大学に進学して栄養士資格を取り、卒業後、医療法人アスムスの介護老人保健施設で働きながら管理栄養士免許を取得。入職以来、20年近くの経験を積んできました。
2019年、長年、在宅医療分野に取り組んできた医療法人アスムスの太田秀樹理事長が在宅療養者への栄養ケアの推進を図るため認定栄養ケア・ステーションをスタート。潮田さんは、太田理事長に「在宅をやってみないか?」と背中を押され、20年ほど勤務していた介護老人保健施設から、同法人内に開設された、ぱくぱくの運営責任者となったのです。
地域に密着した栄養ケアを広めたい
管理栄養士として対象者の自宅を訪問するようになって、潮田さんは「見つけ上手」になったといいます。「介護老人保健施設で働いていたときは、調理器具や食材を事前にそろえることができるので、『飲み込みがしにくくなった〇〇さんでも、これなら食べられそう』と、準備を整えた上で食事を提供することができました。一方、各家庭を訪問する場合は、自宅にあるものを使わせてもらうので、その場にあるものだけで対応する臨機応変さや瞬発力が身についてきました」
在宅訪問栄養食事指導では、「好きなものを食べたい、食べてもらいたい」というご本人やご家族の思いを大切にしながら、病態や嚥下機能に合わせた食事内容を提案し、要望があれば実際に調理指導も行います。
安全性の観点から水分くらいしか口にすることが難しい状況であった高齢女性のケースでは「好きなものを食べてもらいたいが、どうしたらよいか分からない」と家族から潮田さんに相談がありました。果物や甘いものが好きだったその女性に、何か口に含んでもらうことができそうな食材がないか台所で探したところ、みかんの缶詰を見つけました。実を食べることは難しくても、シロップであれば潮田さんが持参した、とろみ剤を使って粘度を高めることで、女性も飲み込めるのではないかと考えました。
潮田さんはとろみを付けたみかんの缶詰のシロップを女性の口に近づけました。女性は口に含み、うっすらと涙を流しながら喜び、家族もその涙を見て、「潮田さんにお願いして良かったです」と満足してもらえたといいます。
「『もっと早く来てもらえば良かった』といわれることもたびたびあります。管理栄養士・栄養士と確実に会える場所と認知されはじめた認定栄養ケア・ステーションの道に進んでよかったと思います。それとともに、認定栄養ケア・ステーションの存在や、在宅訪問栄養食事指導というサービスをより多くの人に知ってもらうことが急務だと感じています」
家族の思いに寄り添い、負担を少なく
潮田さんが家庭を訪問する際に大切にしていることは、食事の面で負担を大きくしないようにすることです。そのため、訪問した家庭で介護食を教える際に使う食材は最小限に収めることが、潮田さんの中での決まりごと。在宅訪問栄養食事指導という名前こそついていますが、家族に指導するというよりも、「一緒に取り組んでみませんか?」 という提案の気持ちで声をかけるようにしているといいます。
ある家庭では、れんこんのきんぴらの作り置きがたくさんあったそうです。摂食嚥下機能が低下、低栄養状態であった70代女性。れんこんのきんぴらが好きだったとご家族から話を聞き、「どのように工夫したら、れんこんのきんぴらを食べてもらえるか?」を検討しました。
潮田さんが見つけて使った食材は、れんこんのきんぴらの他に、さといも、はんぺんでした。れんこんのきんぴらをさらに軟らかく煮てフードプロセッサーにかけ、はんぺんと茹でたさといもをつなぎとして加えて、れんこんの輪切りのような見た目に盛り付けをしました。さらに、れんこんのきんぴらの煮汁で作ったあんをかけ、女性に食べてもらうことに成功したのです。
「見た目で味の想像がつくと、心の準備ができるようで、食べてもらいやすくなります」と潮田さん。家庭に今ある材料で、その方に適した料理を、しかも家族にも分かりやすく手軽な方法で実践してみせ、対象者にも家族にも喜んでもらうこと。この一連のプロセスを、訪問している30分から1時間の間にやりきることは、容易なことではありません。
思い起こせば、幼稚園の頃から料理に興味があり、小学生や中学生の時には給食委員になり、ずっと食への関心が高かったという潮田さん。その好奇心が、介護老人保健施設で働いている際に実績を積んでさらに磨きがかかり、在宅訪問というフィールドでも発揮されています。
開業して半年ほどでコロナ禍となり、想定していたような活動ができないこともありながら、訪問の依頼は地域の介護支援専門員の口コミなどをきっかけに、増加し続けています。
経験を強みに、新たな取り組みへ
在宅訪問栄養食事指導を受けてみようと考え、ぱくぱくに依頼をする家庭は、元々、食や栄養への関心が高いケースが多いといいます。依頼を受けて出向くだけではなく、もっと広く取り組みができないかと考え、認定栄養ケア・ステーションとして、地域の介護予防事業なども請け負っています。現在、行政や地域包括支援センターから依頼を受け、高齢者を対象としたフレイル予防の教室の講師もしています。
また実際に、ぱくぱくに足を運んでもらうような活動も実施。毎月1回、地域の方を対象にした地域食堂も開催しています。夏には公益社団法人日本栄養士会の「栄養の日・栄養週間」に合わせて、介護食の作り方のポイントを掲示したり、実際に在宅訪問栄養食事指導をしている様子の写真を貼ったりして、管理栄養士・栄養士の仕事に興味を持ってもらい、食事面で困ったときには頼りになる存在であることを、イラストや文章を添えて理解してもらえるようにしました。
「施設で働いているときは、地域で暮らす方々に会う機会はあまりなかったのですが、認定栄養ケア・ステーションでの活動を通じて、地域の皆さんに気軽に食のお悩みを相談していただける顔なじみの管理栄養士になりたいという思いが強くなりました。コロナ禍で人が集うことは限られていますが、管理栄養士・栄養士と食が楽しめる居場所づくり目指していきたいと思っています。認定栄養ケア・ステーションという存在を少しでも多くの方に知っていただけるよう、在宅訪問栄養食事指導や介護予防の仕事に励んでいきます」
プロフィール
1997年国際学院埼玉短期大学食物栄養科卒業。企業で商品開発の仕事に従事し、2000年医療法人アスムスの介護老人保健施設に入職。2006年管理栄養士免許取得。2019年9月より認定栄養ケア・ステーションぱくぱくの運営責任者を務める。