入会

マイページ

ログアウト

  1. Home
  2. 特集
  3. 企業との連携やデジタルの活用を通じた、市民に受け入れられる健康づくりの推進へ

企業との連携やデジタルの活用を通じた、市民に受け入れられる健康づくりの推進へ

トップランナーたちの仕事の中身♯062

大泉千裕さん(新潟県三条市福祉保健部健康づくり課食育推進室主査、管理栄養士)

ohizumi_01_2.jpg

 新潟県三条市健康づくり課に2004年に設置された「食育推進室」。電話や市役所の窓口で、「この食材の調理の仕方を教えてほしい」、「離乳食の進め方がよく分からない」といった市民からの食事や健康についての相談に管理栄養士が日々、対応しています。同室には、現在7人の管理栄養士が配属されています。この食育推進室において、健康づくり事業の推進に努めているのが大泉千裕さん。「こっそり減塩作戦」など、市民に受け入れられやすい施策づくりに尽力しています。

市民調査から見えた減塩の必要性

 食育推進室において、大泉さんたちが数年かけて注力してきたのが「こっそり減塩作戦」です。
 高血圧症や脳血管疾患等の循環器疾患の増加の原因として、市民が食塩を過剰に摂取していることが考えられましたが、実際の摂取量は不明でした。そこで、三条市は市民を対象にした生活習慣のアンケート調査とともに尿中ナトリウム濃度の調査を行いました。その結果、30〜80歳代のほとんどの年代で、「日本人の食事摂取基準」に示された1日の目標量よりも5g以上も多く摂取していることがわかりました。この結果をもとに市民が減塩できるような取り組みを考え始めましたが、アンケート調査では「減塩に気をつけている」と答えた人でも実際の摂取量は多いということもあり、ただ「塩分を減らしましょう」、「薄味に慣れましょう」と呼びかけるだけでは効果は見込めそうにはありませんでした。

 そんな中、大泉さんは、たまたま見たテレビ番組で、イギリスでは市販のパンに含まれる食塩の量を少しずつ"こっそり"減らしていくことで、国民の食塩摂取量を減少させた、というニュースを見ました。
 「減塩への関心の有無にかかわらず、市内で食べられる外食や中食の料理に含まれる食塩の量をちょっとずつ減らしていけば、多くの人は味の変化には気がつかずにいられるので、この取り組みを長期間継続していけば、市民の皆さんが無意識のうちに減塩できているという理想的な生活環境を作ることができるのではないかと思いました」

こっそり減塩作戦「UMAMI SANJO」

ohizumi_02_1.jpg

 その環境を作るために食育推進室の管理栄養士で始めたことは、外食店や惣菜を売るスーパーマーケットなどに出向き、「こっそり減塩作戦」に協力してもらう依頼でした。すでにスーパーマーケットで商品として売られ、よく購入されている「きんぴら」や「ひじき煮」といった惣菜の塩分含有量を測ってみると、総量の1.4%程でした。大泉さんは、これをまずは1.2%にすることを目標に、食材や調理の工夫をしました。
 市内の保健センターの調理室で試作し、スーパーマーケットの社長や担当者に向けて、試食と「こっそり減塩作戦」についてプレゼンテーション。調味料の適正な使い方や計量の重要性も解説しました。参加者からは「多少コストはかかるものの、風味があっておいしい。市の取り組みにも賛成したい」と高い評価をもらい、商品化につながりました。
 一方、「塩分量を減らしたら味気がなくなって、メニューの人気がなくなるのではないか?」と心配する声も聞かれましたが、市の管理栄養士たちがうま味をいかしておいしさを損なわない方法を同じメニューで調理して試食してもらうことで、「こっそり減塩作戦」に協力する店舗が徐々に増えていったのです。
 取り組みを始めてから6年ほどが経過した今、こっそり減塩作戦に協力している市内の店は13店舗に、また、「健康な食事・食環境」を認証するスマートミールに登録されている店舗は14店舗となっています。協力している店舗からは、「売り上げを落とすことなく継続できている」という声や、「お客さんから味が変わったという批評を聞くことはなく、おいしさが担保できている」といった感想が届き、うれしい結果につながっています。

 三条市のこの取り組みは、厚生労働省が行う「第10回健康寿命をのばそう!アワード」の自治体部門で厚生労働省健康局長優良賞として評価されました。その選考理由として、世界中の研究結果で「消費者が選択する商品の食塩量を低減する方法が、消費者の意識を変えて行動変容を促す教育的な支援以上に効果的である」ことが明らかになっていて、その手法を、市と市内の企業や地元の栄養士会が一緒になって取り組んできたという実績が挙げられています。
 また、2022年1月には、一般財団法人自治体国際化協会が開催し、日英の地方自治体や関係機関の職員が参加する日英交流セミナーにおいて、「日本における食と栄養に関する行政の取り組み」について発表するなど、その取り組みは広く注目されています。
 今後は、実際の食塩摂取量が低下してきているかどうか、再び市民調査ができるように事業を計画しています。

健康情報を受け取る選択肢増へ

ohizumi_03.jpg

 大泉さんたち三条市の管理栄養士の取り組みは、いつも「こっそり」としているわけではありません。「こっそり」の一方で、「健康に配慮した料理」であることが一目でわかるように伝える方法も工夫しています。
 スーパーマーケットで売られている惣菜のパッケージに貼られた緑色のマーク。これが、「こっそり減塩作戦」の商品の目印です。しかし、どこにも「減塩」や「薄味」をアピールする文字はありません。人によっては「減塩=おいしくない」という思い込みがあり、逆に手に取ってもらえない可能性があるからです。このロゴマークはパッケージに貼られているほか、商品の近くやメニューの脇にプレートで掲示されていたりするので、市民の認知度も上がってきました。無意識のうちに減塩に慣れる環境をととのえると同時に、健康への意識が高い人には減塩メニューであることをはっきりと打ち出し、ヘルスリテラシーの異なる市民に対応できるようにしているのです。
 さらに、「こっそり」作戦と並行して、レシピ検索サイトやメッセージアプリなどのデジタルコンテンツを充実させて、積極的にアプローチをしていくように体制をととのえています。
 「市の方針の1つにデジタルコンテンツの充実があります。健康づくり課では、メッセージアプリのアカウントを作り、課内の医師、歯科医師、薬剤師、作業療法士などと定期的にコメントを発信しています。対象は50歳〜60歳台の高齢者やプレ高齢者で、フレイル予防や介護予防のコンテンツを充実させています。また、レシピ検索サイトでは『三条市のキッチン』でアカウントを作り、郷土料理や地産地消ができる料理、学校給食や保育所給食のレシピを載せたり、時期に合わせた離乳食も写真とともに掲載しています。モノクロ印刷のプリントで渡していたときに比べて、若い世代に重宝してもらえています。」
 「食育推進室」という「食育を通して健康をつくっていく」というイメージがしやすいこの名称は、大泉さんはじめとする管理栄養士らによる様々な取組を通じて、三条市民にすっかり定着。市民に親しまれやすい方法をいくつも事業化して、健康づくりにつなげています。

プロフィール:
2004年県立新潟女子短期大学(現 新潟県立大学)生活科学科食物栄養専攻卒業。同年、三条市へ臨時採用枠で入職。2007年より正規職員。2015年同市役所福祉保健部健康づくり課食育推進室主任を経て、2016年より現職。管理栄養士。

賛助会員からのお知らせ